その悪女は、ツイている。
夕綾るか
第1話
目の前に置かれたスープ皿。
食事はまだ序盤。私は一気に気分を害された。
「こんなもの、食べられるわけないでしょ」
私は、皿を投げた。
スープが飛び散る。
「も、申し訳ございません。只今、代わりを……」
「もういらないわ」
すくっと席を立つと、部屋を後にする。
私は『悪女』。この世界の。
――ええ。もちろん前世の記憶がございますよ。だってそういう物語ですもの。『異世界の悪役令嬢に転生しちゃった』っていう、お話のね。……婚約破棄? 断罪? 国外追放? べつにどうってこともない。すれば? って感じ。
私は部屋に戻ると、お茶を用意させる。
(何なの? あのスープ。いつも言ってるのに!)
嫌いなオレンジの野菜。小さく浮かんでた。
(……最悪。本当に気分が悪い。嫌がらせなの? お肉、食べたかったのに! 本当に腹が立つ! 私は肉食なんだからね! この世界での私は見た目、細くてか弱い感じだけど……)
――コンコン。
私室に父が来た。
「リリ、大事ないか?」
「ええ」
「良かった……」
「え……?」
なぜか、父は大袈裟なほどにホッとした。
私は小さく首を傾げた。
「あれには毒虫が入っていたのだ」
「――は?」
「気がついて、驚き、投げたのだろう? リリが気づいていなければ、大変な事になっていた。本当に良かった」
父は私をぎゅうと抱き締めた。
「担当の者は解雇した。もう心配はいらないよ」
父はこの国の宰相で侯爵だ。
私は侯爵令嬢リリアナ・イストローズ。
一人娘で両親に溺愛されている。
「バーノン様、リリアナ様、お茶のご用意が整いました」
従者アルバートが恭しく礼をする。
彼は遠縁の伯爵アフェリクス家の次男で私と年が近いのだが、なぜかここで私の従者をしている。
そして、実は――彼も転生者なのだ。
それから私たちは、お互いにお互いを見張り合う関係になった。
彼が常に側にいるのも、私の『うっかり』が出て彼自身の身も危うくなることを避けるためだ。
私は、彼に信用されていない。
「それにしても……さすがお嬢様でございますね。
(顔が笑っているよ、アルバート。思ってもいないことを口に出すんじゃない。――この性悪男。私の嫌いなアレが入っているのに、気がついていたくせに……本当に嫌な奴!)
私はジロリとアルバートを睨み付けた。
彼は視線を外した。
私はツイている。
どんなに悪いことをしても、結局、悪くないように変換される。――しかし、私は『悪女』なのだ。そうあらねばならない。
よく考えてみれば、前世からツイていた。
子どもの頃、近所の商店街の福引きは、必ず末等以外の景品が当たった。まぁ……特賞とか一等とかではないのだが、それなりに『おっ、当たった! ラッキー』って程度の幸運。
お年玉付き年賀状も届く枚数にしては必ず切手は当選していたし、運動会などでも一位を走っていた子が転んでしまい、自分が一位を取ったり。
雨の日に持っていた折り畳み傘が折れてしまったが、偶然にも入れ替えようと持っていた新しい傘が鞄に入っていたり。
折れた傘を捨てる場所に困っていると、偶然にも近くにいた傘を持たない人にそれを押し付けることが出来たり。
突然の雨に降られれば、偶然にも隣に居合わせた人が傘を二本持っていたり。
些細な運の良さがあった。私はツイていたのだ。
「アルバート」
「はい。お嬢様」
「貴方にずっと聞きたかったことがあるのだけど」
「何なりと」
「――――――」
アルバートは驚き、そして、俯き、肩を揺らす。
私の発言に恐怖し、震えているのだろう。
なぜ、今、その言葉を口にしたのか、と。
私は――やっぱり『悪女』だ。
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