3


 一斉掃射が始まる。

 毎分九百発の弾丸が五つの銃口から、暴風雨のように襲い掛かってくる。

 即死だ。鏖殺だ。まばたきの間に細切れだ。

 にもかかわらず。


「・・・生きてる」


「生きてるなァ?」


 発射された銃弾はことごとく“透明な何か”に阻まれて、こちらに届くことはなかった。


「そりゃ、まあアジトだしなァ。これくらいの仕掛けはしてるわなァ」


「なんだ?このブヨブヨした壁?」


「あァー、確か、ダイラダンダダン・・、とか言ったような、・・・まァ何だっていいだろォ」


 治安部隊は一瞬、面食らったようだったが、すぐに別の方法を試行し始めていた。


「もって二分てとこだなァ・・」


「二分!?それじゃ──んぐっ!!」


 全て言い終わる前に、僕の口には再び例の拳銃が突っ込まれていた。


「さァァァて、人質としての面目躍如だぜェ?リトルサム。このままお前を囮にして、オレだけが逃げるってのが一番安パイな選択なんだよなァ」


 僕は首を横に振って、自分の意思を伝える。

 死にたくない。死にたくない。


「おォ、おォ。何か言いたそうじゃねェか。必死に首振っちまって・・。だがよォ、さっきも言ったがお前は食われる側だ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。生き死にを決めるのはオレだァ」


「―――!!!」


 涙ぐんで情けなくもがく僕を見て、男は楽しそうに笑う。


「──だがなァ、オレは規範とかルールってやつが大ッッッ嫌いなんだわ。そんなものを守ったから、オレは今こんな身体になっちまってるわけだしなァ・・?理不尽で不条理が世界のルールなんだとしたら、そこに従うのも癪なんだよ」


 ずるん、と口から銃が引き抜かれる。涎が糸を引いて口の端に掛かった。


「そこでだ、ボォォォナスタイムと行こうじゃねェか、リトルサム」


「ハァ、ハァ、ボーナスタイム・・?」


「あァ、食われる側から食う側へ。幼虫から成虫へと脱皮する時間だァ」


 男は一丁をホルスターにしまい、腰からもう一丁の拳銃を取り出す。


「な、なにを・・?」


「これで、奴らを撃て」


「は、はぁぁ!?できるわけないだろ!第一、僕は人殺しなんかしたくない!!」


 こんな小さなピストルであんな重武装のやつらを倒せるわけがない。

 よしんば、出来たとしても。

 それはつまり自分が殺人者になることを意味している。

 そんなこと、認めるわけにはいかない。


「やめてくれ・・!なあ、もう許してくれよ・・ッ!!」


「ハァァァ、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ・・、よッ!!」


 衝撃。

 一瞬、意識が飛んだ。

 後から来た頬の痛みで、自分が殴られたことに気付いた。

 訳も分からない内、続けざまに胸倉をつかまれる。


「いいかァ、よく聞けクソッたれ。今からどうしたってテメェは死ぬんだ。あの日たまたま、あの銀行にいたせいで、テロリストとして、国家の敵として晒上げられて死ぬんだ。もう二度と大手を振って表は歩けねェ。だがな、クソだめの中で死んだように生きる道はまだ残されてる。。何をぶっ壊しても、誰をぶっ殺しても、生きる権利を奪い取り続けるってェ獣の道がな。正にしみったれて歪なボーナスタイムだ」


 継ぎはぎの男はクルリと銃を回して、柄を僕に向ける。


「Do or dieだぜ、リトルサム。なァ・・?死んだように生きようぜ。ゾンビみてぇに這いつくばって、腐りながら生きてやろうぜ」


 苦しく、恐ろしく、視界が狭まっていく。息が吸えない。

 体表に薄く膜が張ったように、窮屈で仕方がない。

 だが、身体の震えは止まっていた。


「・・・・クソ」


 勝手なこと言いやがって。

 僕が何をした?

 何もしてないだろ?

 捕まってからずっと考えていた。

 自分は何者で何をしてきたのか。

 どうやって生を重ねてきたのか。

 答えは、こうだ。

 ただ与えられた仕事をこなして。

 繰り返しの日々を過ごして。


──ただ、死んだように生きてただけだ。


「っ・・!ぅぅぐぅぁぁああああ!!」


 小指を。

 僕は自分の小指を嚙み千切った。

 生まれてからずっと世界と僕を繋いでいた小指を、今切り離した。

 唾と血と共に肉片を吐き出す。

 地面に転がったそれは、途端に陳腐な機械の部品になったように思えた。


「ククッ、ククフフッ、アハハハハハ!!!いィィィィィィじゃねェか、オイ!それだよ!!その眼だ!!食う奴の眼だ!!腐った奴の眼だ!!狂った奴の、いい眼だァァ!!!」


 差し出された銃を持つ。

 もう小指はないが、妙に手に馴染むような気がした。


「あぁ、クソっ、クソッ!これで僕も犯罪者の仲間入りだ・・ッ!」


「案外、悪くねェかもしれねェぞ?」


 気付けば男も銃を取り出し、臨戦態勢に突入している。


「・・・僕を囮にするんじゃなかったのか?」


「ハハァ・・!囮にするには高級すぎるかもなァ?」


「ケッ、調子のいい!」


「・・・ロッジだ」男が呟く。


「あ?」


「ロッジ・モーガン。オレの名前だァ」


「・・・ああ、そうか」


「テメェは?」


「43876」


「なんだそりゃ?」


「さあ?でも確かにこれが名前だったんだ」


「呼びづれェな・・」


「リトルサムでいい。その方が好きだ」


「ハッハァ!いいねェ」


 銃弾を防いでいた透明のベールの向こう側で、巨大な大砲のような武器が組みあがっていた。

 兵器に詳しくない僕でも、間違いなくこの一発で壁は破壊されると確信した。

 恐らく、次の呼吸で僕たちは向かい合うことになる。


「あ、そうだそうだ。こいつを聞き忘れてたァ」


「何だよ、こんなギリギリで」


 ロッジが僕に一瞥をくれる。

 口元には、狂った、笑みが。


「お前は、誰だ?何者で、何になる者だァ・・?」


 自分のことは自分じゃ見えないし、分からない。

 けれど、今回ばかりは自分がどんな顔をしているかが手に取るように分かった。

 目の前の男と瓜二つの笑顔をしているに違いない。


「・・・僕は、いや、僕たちは屍だ。死んだように生きて、死んで生きている怪物。つまるところ、アレだろ、アレ・・」


 ──ゾンビってやつだ。

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