第2話 イケおじ、落とし穴にハマる


「――要するに、君たちは隣の国から山をぶち抜いて不法に入国したという事だな?」


 トマスは、こめかみをピクピクさせながら、少女たちに凄んでいる。

 四十に差し掛かろうというトマスは、普段は中々のイケおじだ。そう、普段なら。


「おじさん、顔怖いよ? ていうかその体勢で凄まれてもねぇ? 悪気はなかったんだし、すぐ帰るからさー」


「これのどこが悪気がないと言うんだ!? どこからどう見てもお前たちが悪いだろう!?」


 イケおじのトマスは、すっぽり落とし穴に埋まっていて、鼻から上だけが地面に出ている状態である。

 狭い落とし穴なので、手を上に伸ばすことも出来ず、窮屈そうだ。


「ぷぷっ」


「あ、お兄さん笑ったね」


 つい笑ってしまった僕を見ておかしそうにしている少女は、アリサ。

 金髪碧眼で、活発な印象の子だ。


「い、いや、だって……この落とし穴、いつの間に用意したの?」


「ご、ご、ごめんなさいぃ。つい……」


 先程からずっと申し訳なさそうにもじもじしている少女は、ソフィア。

 深いフードを被っていて表情はよく見えないが、時折金色の瞳がフードから覗いている。

 どうやら、彼女が落とし穴をこしらえたようだ。


「ソフィア、謝んなくていいんだよ。ていうかそもそも、おじさんが突然刃物を出すからいけないんじゃないの」


「それはそうだろう! お前たちが爆発物を持っていないとも限らんのだから! それよりさっさとここから出せ!」


「えー、どうしよっかなー。ところでお兄さんたちはここで何してたの?」


「ああ、僕らは毒キノコの調査に」


「坊ちゃん! 呑気に喋ってないで助けて下さいよぉ」


「めっ。おじさんがいるとゆっくり話ができないでしょ」


 僕がアリサの質問に答えると、トマスは助けを求めて会話を遮った。

 だがアリサは、先程ナイフを突きつけられたことにおかんむりらしく、ビシッと指をさして問答無用で一蹴した。


「それで、君たちの出てきたこの穴は、隣国に入り口がある、『迷宮ダンジョン』というものに繋がっているんだね? それは一体?」


「うん、そうそう。迷宮ダンジョンはねぇ、魔物化しちゃった精霊が棲んでる場所だよ」


「……精霊?」


「アリサ。私たちの国と違って、この方達の住む王国には、精霊や魔物、魔法は存在しないんですよ」


 僕が聞き慣れない単語に眉をひそめると、ソフィアがそう補足する。


「あ、そっか。えーっとねぇ、精霊っていうのは、自然に息づき大いなる力を持つ存在だよ。その精霊から力を借りて発動する力が、魔法ね。で、魔物化ってのは、自我をなくして凶暴化して、誰彼構わず襲っちゃうようになること」


「うーん……まだいまいちピンと来ないんだけど、その大いなる存在が凶暴化して、この穴の先に棲んでるってこと?」


「そ。放っとくと周りの動植物もどんどん魔物化しちゃうから、迷宮ダンジョンの中心部にいる精霊を鎮めないといけないの。この辺りの毒キノコも、もしかしたら迷宮ダンジョンの影響かもしれないね」


「つまり、君たちはその精霊を鎮めに来たってことかい?」


「ご明答! 各地に存在する迷宮ダンジョンを一つ制覇するのが、私たちの学園の卒業試験なんだよ」


 えへん、と胸を張るアリサとは対照的に、ソフィアは深く被ったフードの中で、ため息をついている様子だった。

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