30 全ての解決の糸口

 セピアは黄色と紫色の縞模様が毒々しいサーカステントを前にしていた。

 サーカス団員となって一年も経てば見慣れるものだが、これほど胸が塞がる思いで見上げることになるとは考えもしなかった。


 ここで惨劇があった。信じがたいほど凄惨な。ホラー映画でしかお目にかかれない大量の血を見た。死の匂いを嗅いだ。


 テントを前に歩みを止めたセピアはいつも通りの猫背で胡乱気に物思いに耽ったが、やがてのそりと足を踏み出した。

 居酒屋の暖簾を潜るような気軽さでテントの幕を掻き分けた。


 つい先程の名ばかりの「作戦会議」で、友人の千晶がサーカス仲間の司馬和真に告げたことを何とはなしに思い出す。


 ――和真さん、危ないことしようとしないで。あの場所に戻るのはリスクが高すぎる。俺はもう目の前で親しい人を亡くすのはごめんだから――。


 弟の宣を喪ったばかりの千晶の言葉は酷く重かった。重いはずのその言葉はしかし、セピアには違って聞こえた。


 刹那的な思考で生きてきたセピアはこう考える。

 目の前で亡くすのがごめんなら、目の届かない遠くでリスクを負うのはセーフだろう。

 言葉を額面通りに受け取って失敗するのもセピアの悪癖だ。


 そうは言えどセピアとて死にたくはない。

 それでもカネ少年を置いてこの場所に戻ってきたのは、やはりどうしてもここに全ての解決の糸口がある気がしてならなかったからだ。

 だから「作戦会議」の休憩時間にこっそり学校を抜け出してここまで探索に来た。


 セピアの後ろには、自らついてきたいと申し出た中学生の男女がいた。二人とも中学生になりたてというような幼めの顔立ちだ。


 少女は子猫のような愛くるしさ、少年は子犬のようなあどけなさがあった。


 お揃いのチャック付きパーカーが眩しい。しかしパーカーの素材は綿でもポリエステルでもなさそうな近未来的なデザインだった。この日のためだけに二人で合わせて購入したような。

 もしかすると恋人同士でサーカスを観に来た夜、そのまま異世界に来ることになってしまったのかもしれない。


 少女は拘りに拘って、オシャレをとことん追求する今時の女子中学生っぽく見える。

 自分で自分が可愛いことを分かっているようなあざとさがあった。

 何と言うか、キャピキャピしている。死語だろうか。いや気にするまい。ちょっと自分の年齢に凹みそうになるが、気にするまい。


 長いツインテールの毛先を今風にくるんとカールさせて、顔はうっすら化粧もしているようだ。

 リボンで腰辺りを結ったワンピースの上からパーカーを羽織っている。この場にファッションに詳しい苺がいれば「カジュアルガーリーだね」と指摘することだろう。


 子猫のように大きく澄んだブラウンの瞳。 例えるなら長毛のスコティッシュフォールド。


 一方少年は、美容室で若手の美容師の勧めるままに流行りの髪形にしました、というようなマッシュヘアだ。

 捲し立てられれば断り切れない、主体性のない気弱さが滲む。


 だが、パーカーの中に着込んだブラウス風のYシャツとスラックスは上品でかなり値が張る物のように見えた。いいとこのお坊ちゃん、なのだろうか。


 彼は、セピアが見る限りはいつも、少女に寄り添うように立ち、半歩下がったところから忠犬のように少女を気遣う視線を送った。


 親愛に満ち、包み込むような優しげな眼差し。 例えるなら黒い豆柴だ。


 この少年少女はどう気付いたのか分からないがセピアが一人動こうとするのを知っていて声を掛けてきたのだ。


「僕らも連れてって!」


「僕たちも同行させて下さい!」


 一人称が少年少女共に「僕」だったのでセピアは目を白黒させた。

 ちなみにため口が少女で、敬語が少年だ。

 彼らは、彼らから見れば大柄な大人であるセピアの前で一生懸命に言い募った。


「長期戦にしたくない」


「きっと避難生活が続けば心が折れる人が増えていきます」


「役に立つか分かんないけど」


「皆が助かる可能性が上がるなら行きたいんです」


「吸骨種を憎んで、自分を呪って、身動き取れなくなんないように」 


「皆で無事脱出できるならそれが一番ですし、仮にその方法が見つからなくても吸骨種と共生できる方法を今のうちに見つけたいです」


 少年少女のその熱意をセピアは跳ね退けることができなかった。





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