第34話 風の向くまま(20)
翌日、忘木と相馬はミケとマタザブロー、それに将暉とナナを乗せて、新潟の村上市に向かっていた。新潟市からは高速道路を使って二時間といったところだ。昨晩の雪もやみ、高速道路は十分に除雪されていた。澄み渡る青空と雪のコントラストは、上越ならではの美しさだった。
昨夜はなぜか将暉やナナを交えての飲み会となり。遅くまで話が盛り上がった。相馬とミケが会話できていることに驚かされたものの、将暉といいナナといい、変わり者ばかりだったこともあり、相馬が彼らと打ち解けるまで時間はかからなかった。ビール数本がウイスキーのボトルとなり、やがて収拾がつかなくなった。結局、ホテルのフロントから苦情が来るまで飲み明かし、かろうじてナナだけは女性用に取った部屋に押し込んで、お開きとなった。
その飲み会の過程で、マタザブローの目指す場所の特徴を聞きだした相馬が、そこは恐らく村上市だろうと言い出した。街の軒先に、大きな魚がぶら下がっているとなれば、それは村上名産の鮭の塩引きだろう、という推理である。話しているうちに、「忘木の新潟刑務所での用事は相手の都合で夜になったので、その前に村上に行こう」という流れになり、こうして大移動と相成ったのである。
将暉とナナは、本当に何も考えずにノリだけでついてきた。忘木としても、警視庁の人間に目をつけられる前にこの二人を確保しておきたい、と考えていたので都合がよかった。
前日の酒が抜けているのかいないのか、道中でも彼らは大騒ぎだった。なかでも昨晩とうとうミケが白状した、彼が旅に出た理由に話題が集中した。
「しかし、なるほどねえ。妹が発情期で、毎晩誘惑してくると…」
「あぁー、もうこの話はいいだろ!」
ニヤニヤしながら聞いてくる相馬に、ミケはうんざりした様子で唸った。
「でも、中身が人間のお前にも、猫の誘惑が効くってのは意外だったわ。実際、どんな感じなんだ?色気ってあんの?」
「だからもういいって!俺が悩んでるのは、そういう話じゃないんだよ!」
「悩み?」
「だから、ほら…あるだろ、その…倫理的な」
マタザブローと将暉が顔を見合わせた。
「…ああ、近親相関!」
ナナがわざとなのか大きな声で言い、相馬が膝を打った。すると、ミケがますます体を小さく丸めた。
「キンシン…?」
将暉が首をかしげる。
「親兄弟とエッチすることよ」
ナナは下ネタにあまり抵抗がないタイプのようだ。
「だめなのか?猫はみんなしょっちゅうやってるぞ」
将暉の返事には何の照れもなかった。ナナはからかい甲斐がないと思ったのか、ため息をついた。
「ああ、そういえば、アンタ猫だったんだもんね…。ずっと浮世離れしたオッサンだとは思ってたけど、合点がいったわ」
将暉はきょとんとした目でナナを正面から見つめた。本当に猫のようだ。
「親や兄弟と交尾して、血が濃くなると、子供がまともに生まれてこないことがあるのよ」
そうなのか、と将暉が相馬のほうを見ると、相馬が遠慮がちに頷いた。
あー、とミケが声を上げ、まとめに入ろうとした。
「そういうわけで、妹のチャコには悪いが、しばらく距離を置こうと思ってさ。なあに、チャコはかわいいから、他にいくらでもいい相手が…」
話しながら、ミケは周囲の反応が予想より悪いのに気が付いた。
しばしの沈黙の後、ナナが言った。
「…うそ、ついてるね…?」
「何の話だ」
ミケが言うと、ナナは首を左右に振った。
「そもそも、アンタ三毛猫のオスよね?子供を作ろうと思ってもできないの、自分でわかってるでしょ」
ミケがびくり、と体を震わせた。
図星をつかれたな、と相馬は思った。
「言い訳じみた事言ってるけど、アンタ本当は、人間のくせに猫の誘惑が効いてるの、認めたくないだけなんじゃなーい?」
もはや相馬以外の眼にも、ミケの動揺は明らかだった。
「猫のセックスかあ。一度覚えたら、癖になるかもしれないものねえ…?」
ナナがスケベったらしい口調で水を向けると、ミケは激しく抵抗した。
「いや!いやいやいや!!子供が出来なかったとしてもだよ?倫理的な問題というか、俺の心の問題というか、やはり兄として…」
見苦しいミケの弁解を、将暉が遮った。
「いや、チャコの兄は俺だし」
「うぇっ!?」
変な声が出た。
「見せかけはともかく、お前はチャコとは他人だし、もし交尾しても子供はできない。何が問題なんだ?」
「お、お前はいいのかよ!妹の相手が、中身人間でも!?」
「本人同士が良ければ、いいんじゃないの。ダメなの?」
ミケの目がグルグルしている。世界一からかい甲斐のある猫だ、と忘木がニタついていると、助手席の相馬が振り向いて、ミケを指差して言った。
「ユー、ヤっちゃいなよ!」
うるせえ!とミケは怒鳴った。
「ヒトの社会では、近親相関は忌み嫌われているんだよ。猫だって、目が見えない子が生まれてきたりするだろう。悲しみが増えるだけだ!無責任じゃないか!」
「ヒトと違って、猫はたくさん生まれてたくさん死ぬからなあ」
ふと、これまで黙っていたマタザブローがつぶやいた。
「まともに生まれなかったら、死ぬだけだ。悲しくはあるけど、仕方ない。もっとたくさん産むだけだ」
マタザブローの横顔が、ミケには心なしか寂しげに見えた。
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