第24話 風の向くまま(10)

 ライブ配信中、赤い髪の男は振り向いて運転席の黒メガネに声をかけた。

「すごいですねー!僕らのおかげで『黒いプラスチック』がトレンド入りしてますよ!黒メガネさん」

「…」

 黒メガネは、また黙って親指を立てて見せた。

「あはは、彼はしばらくああいうキャラで行くようです。さっき怖がらせちゃいましたからね」

 赤い髪の男がフォローを入れた。

 だが、乗客の視線は冷ややかだった。

 目の前で運転手を刺した男への愛嬌など、感じるわけがない。


「僕ら『黒いプラスチック』の目的は何なのか。

 簡単に言うとですね『貧困の解決』です」

『貧困の解決』

 乗客たちはその言葉にどう反応していいかわからず、静かになった。


 乗客の中から一人の男性が、ようやく声を絞り出す。

「バスジャックやらかして、運転手さん刺して、何を言うかと思ったら、貧困の解決…?本気で言ってる…?」

「おっ、質問ですね?お客さんの中から質問が出ました!

 その前にお尋ねします。ご職業は何を?」

 赤い髪の男は、その乗客に逆質問した。

「そんなの、あなたに関係ないだろ…」

 と言おうとして、質問した男性は黒メガネのほうの視線に気づいた。

 はっきりとは見えないが、銃を構えている。


「ぷ、プログラマー…です」

 男性は、吐き捨てるように言った。

 憮然と答える男性に、赤い髪の男が顔をほころばせた。

「お、いいですねー。代表的な社畜じゃないですか。ちなみに現在の給料はいかほど?」

 赤い髪の男は、人差し指と親指で下衆なサインを作った。

 尋ねられた男性は下を向いた。

「あ、生配信で聞くのは野暮でしたね」

 赤い髪の男は男性の席まで歩み寄り、耳をそばだてた。


「ふんふん、まあまあ暮らしていける額じゃないですか。ご結婚は?」

「してません」

「残業が多くて、ずっと仕事の勉強と考え事ばかりしてて、たまに休みが取れても高速バスで温泉に行くくらいしかすることがない。違いますか?」

「うるさいな!ほっとけよ!!」

 銃を向けられていることも忘れて男性は怒鳴った。大きな声を出すのに慣れていないようで、少し上擦っていた。


「まあまあ。おかしいですよね、あの業界も。どんどん技術のトレンドが変わっていって、そのたびに勉強してついて行かなきゃいけないのに、その時間は仕事にならない。出来なきゃ残業、出来ても他の手伝いで残業。転職するたびに友達も減って、息抜きもネットでするしかなくなって、そのうち健康状態も…」

 男性は顔を真っ赤にして赤い髪の男を睨んだ。

「知ったふうな口を利くなよ!」

「僕らの友達も、ずいぶん死にましたよ。な?」


「え…!?」

 赤い髪の男が振り返ると、黒メガネが大きく頷いた。

「あなたの昔の同僚なんかも、結構死んでるんじゃないですか」

「いやいや、そんなことないよ!辞めた連中も、新しい職場で元気にやってるよ!」

 プログラマーの男性は逆上し、立ち上がった。

 が、胸の辺りを押さえて顔をしかめ、シートに座りなおした。


「大丈夫ですか。不摂生してると、こういう時に急に動悸がしたりしますよね」

 気付くと、赤い髪の男が真剣な顔で男性を見つめていた。すべてを見透かしたかのような視線。

 赤い髪の男は話を続けた。

「今は業界も人手不足で、結構高齢になってからもプログラマーが重宝されるんですよね」 

「他の仕事に就くよりは収入もいいから、定年まで続けようと考える人も多い。特に独身男性はそうですよね。でも足元では、技術を継承してくれる若いプログラマーはどんどん減っている。データサイエンスやAIのスペシャリストを目指し、古いタイプのコーディングに見切りをつける人もいるけれど、実際に会社が売っているのはアプリケーション製品だから、誰かがやらないといけない」


「…そうだ」

 男性は胸を押さえて下を向いた。

「そうやって命を削ってプロジェクトを終わらせても、次のプロジェクトはさらに炎上している。家にいても、仕事のことが頭から離れない。まだ使いこなせていない新技術や、まったく見えない将来への不安に押しつぶされそうになる。

 だから、PCのない温泉に向かう」

「…そうだよ」

「気づいたんじゃないですか。

 あなたが、ずっと前から会社に殺されかけていたことに」

 男性は返事をしなかった。

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