第20話 風の向くまま(6)
日が沈み、安達太良サービスエリアは夕食のために立ち寄る車で埋め尽くされた。
二匹はここで夜明かししそうなトラックが立ち寄るのを見張っていたが、一般車の帰宅ラッシュのさなかにそういうトラックは見当たらなかった。
代わりに駐車スペースに増えたのが、バスだった。観光バスや高速バスが休憩のために立ち寄るのだろう。乗客の数人が降りてトイレに向かい、15分ほどで戻ってきて発車する。
「あれはたくさん人が乗ってるね。うまいこと乗せてくれないかな」
マタザブローが白い息を吐きながら尋ねた。
「人間をたくさん乗せているからな。邪魔者扱いされてつまみ出されるのがオチだ」
ミケはそう答えながらも、行先がはっきりしていてわかりやすいバスのメリットについても考えていた。たった今到着した目の前のバスなど、フロントガラスの中に「新潟行き」としっかり表示されている。あれに潜り込めれば、数時間後には新潟だ。確かに合理的だ。
「へえ、あのクルマは、横が開くんだな」
言われてふと見ると、バスの運転手が乗客と一緒に、車体の左側のトランクルームを開けていた。
「大きな荷物は、あそこに入れるんだ。邪魔になるから…」
ミケに考えが浮かんだ。
「おい、マタザブロー。あそこに入るぞ」
「えっ」
トランクルームはそれなりに寒いだろうが、体を寄せ合えば、耐えられない寒さではないだろう。到着したときに見つかるリスクはあるが、仮に見つかっても乗客に迷惑はかからないはずだ。
ミケは思いついた勢いのまま、マタザブローに返事もせずにスタスタとバスに向けて歩き出した。扉を開けている間に、何とかして潜り込みたい。
その焦りがいけなかった。
カッ、とミケの横顔をヘッドライトが照らした。サービスエリアを出発する、ほかの乗用車の前に飛び出してしまっていたのだ。
ミケは体が硬直するのを自覚した。突然道路に飛び出して、車に轢かれそうになって立ち止まる猫。自分が人間の時に、さんざん見てきた猫の挙動。そっくりそのままのことをやってしまった自分がいる。
あわや、というギリギリのタイミングでマタザブローが駆け寄り、ミケの首根っこを咥えて車の前を走り抜けた。運転手がその動く陰にびっくりしたのか、乗用車が急ブレーキを踏む。
とたんに凍結しかけた路面でタイヤが滑り、車はスリップして横向きに停車した。
『うわっ』
『なんだ、あぶねえ』
周囲にいた人間が、後続の車を手で制しながら、横向きになった車に駆け寄る。
どうやら車同士の接触もなく、車の中の人間も無事なようだった。
「あそこに乗り込めばいいんだよね?」
マタザブローの呼びかけに我に返る。
「あ、ああ」
ミケが返事をすると、マタザブローはもう一度ミケを咥えて走り出した。バスの運転手や乗客も、目の前の車に釘付けになっている。その隙をついて、トランクルームの中に飛び込み、真っ暗な奥のほうに身を寄せた。
「びっくりしたよ、いきなり歩き出すんだもの。君らしくもない」
暗がりで、マタザブローが大きな顔を寄せてきた。
「すまない。思いついたら、体が勝手に動いていた」
ミケは心の底から反省した。まだ心臓の動悸が収まらない。
「こんなところで死んじゃダメだよ。チャコちゃんに申し訳が立たないよ」
その通りだ。こんなふうに死んではいけない。
運転手はトランクルームの扉を閉め、乗客の数を確認して、仙台発新潟行きの高速バスを発車させた。
トランクルームの中は思いのほかうるさく、振動も激しかったが、疲れ切っていた二匹にとって、安心して休める空間だった。
二匹はたちまち眠りについた。
◇◇◇
およそ30分後のことだった。
磐越道を走行する高速バスが、見慣れない表示を点灯させはじめた。
バスの後ろを走っていた一般車の同乗者がそれに気づき、慌てふためいて警察に一報を入れた。
「バスの後ろに、『SOS』の表示が見えます」
「これって、バスジャックですよね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます