1-19

 かちゃん、と陶器の触れ合う音が響く。ティーカップの持ち手を指でつまむようにして持った少女は、もう片方の手に持った小皿にカップを乗せた。鮮やかなピンク色の長い髪に、燃える炎のような赤い目。ゲームの攻略対象に負けず劣らずの美貌を兼ね備えた悪役令嬢、アダリーシア・ラズベリルは向かい側のソファーに座るハインツを訝しげな表情で見つめた。

「私の聞き間違えかしら。アナタ、今なんて言ったの?」

「だから……てめぇが言ってる『意地悪で尻軽で頭の弱い転生者ヒロイン』はいねえっつってんだろうが!」

 目を吊り上げながら、彼は勢いよくテーブルに両手を叩きつけた。大きな音と共に彼の側に置かれていたティーカップがかたかたと揺れる。不愉快そうに眉をひそめたアダリーシアは、歯を食い縛って今にも暴れ回る一歩手前と言わんがばかりの様子のハインツへ向かって口を開いた。

「アナタが何故そんなに怒っているのか、わからないんだけど」

「怒ってる? っは、そうだな。あと数秒後ぐらいには血管ブチ切れてそうだ。あーあー……こんな事になるんなら、最初からお前の言う事に従ってなけりゃよかった。全部全部お前のせいじゃねえか……俺はあんな、あんな惨めな思いしたくなかったってのに……!」

 クソが、と小さな声で悪態をつくと、彼はソファーに再びだらしなくもたれかかって舌打ちをした。アダリーシアはため息をつくと、テーブルの上に乗せられた魔法道具に手を伸ばす。白いキューブ型のものだ。見張りの期間は一週間と言っていたはずなのに、このボンクラ伯爵子息はたったの一日、その上数時間しかヒロイン達の動向を記録できなかったと言う。おまけに「もうあいつらと関わりたくない」と口にする始末だ。

 早々に死んで退場するモブキャラだから期待はしていなかったけど、もう少し役に立ってほしかったわ。

 アダリーシアはそんな事を思いながらも、映像がしっかりと記録されているか確認するために、キューブの上についたボタンを押した。


 ぱっと辺りが眩い光に包まれる。


 ハインツが数日前に見たばかりの光景が二人の頭上に投影された。悪役令嬢の方から、「あれがヒロインなの……?」と驚愕と動揺を隠しきれていない呟きが聞こえてくる。ハインツは、またこの場面を見るのかとうんざりしたような気持ちで、しかし目を離す事なく映像を見つめた。森の中に向かい合って立つ、ヒロインと攻略対象の第二王子。風の吹き込むような音が聞こえた瞬間、二人は同時に動き出す。刹那、土煙が立ち上った。こほこほと咳き込むような音が聞こえる。これはハインツのものだ。視界がクリアになった頃には、二人が何をしていたのかは鮮明に見えるようになっていた。

 握り拳を突き出しているヒロイン、リーゼル。

 その拳を片手で受け止めている攻略対象、ジーク。

 ここでハインツはアダリーシアの方を見てみた。背中に宇宙を背負っている。おお、宇宙猫ならぬ宇宙悪役令嬢。ハインツはそう思った。感慨深くはなかった。だが気持ちは痛いほど理解できた。

 わかるぜ、だって少女漫画だと思ってたら急にバトル漫画が始まったもんな。

『やっぱり読まれちゃうなー』

『当然だ。オマエの癖は熟知してる。誰よりも見てきたのだから』

『そっかあ、ふふっ。でもねえ……』

 ジークが目にも留まらぬ速さで振りかぶった拳は、瞬時にリーゼルの片方の手によって押さえられた。彼女は、にっ、という効果音が似合いそうな笑顔を見せる。

『わたしも、きみのクセはよーく知ってるんだなあ!』

 片眉を上げながらも、口元を綻ばせるジークはどこか嬉しそうだった。二人はお互いに拳を引く。ジークが腰から下げていた革製の鞘から、二本の短剣を取り出して両手に持った。この様子を見て、アダリーシアが首を傾げる。

「……ジークフリト、短剣なんて使ってなかったわよね……?」

 そう、ゲーム内のジークは短剣を一切使わなかったのだ。彼のメインウェポンは長剣である。剣という種類内では同一だが……しかし、それだけではない。そもそもジークフリト・ユウクレースというキャラクターは『遠距離攻撃魔法特化』なのである。たった今(事実的に言うと数日前なのだが、ハインツの推測が正しければ恐らく今日も特訓をしているに違いない)繰り広げられている光景のように、肉弾戦を行うような事は滅多にない。

 それを言ったらヒロインが先手攻撃としてパンチをかましているのもだいぶおかしいが、悪役令嬢はそこは見なかった事にしたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る