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「さっきから顔色が悪い。大丈夫か」
キラキラと輝くオーラを纏った第二王子がハインツの方を見つめてくる。ダイジョウブデス、と答える声はあからさまに沈んでいた。体調が悪くなっちゃったのかな、光魔法使おうか、と聞いてくるリーゼルはやはりヒロインらしい。使わなくてもいいですと伝える代わりに首を横に振って答えた。というかさっきまでの熟年夫婦みたいなやり取り、何? 年単位で一緒にいたのかこいつら。ハインツの頭の中にそんな疑問が湧き上がる。ヒロインと第二王子の初対面は昨日のはずなのだが。
「そっか、それならいいんだけど……もし必要になったら遠慮なく言ってね! それで、きみの名前はなあに?」
貴族相手に「きみ」呼ばわりするのもさすがはヒロインと言ったところか。ため息をついて、いかにも面倒臭そうな雰囲気を出しながら彼はぶっきらぼうに名前を告げた。
「サンドストーン。それでいいだろ……」
「じゃあサンちゃんだね!」
「距離感どうなってんの??」
思わずハインツはリーゼルを震える手で指差しながらマルガレーテに尋ねた。微笑ましいものを見る目を向けられて終了した。そうかこいつヒロインと長い付き合いなんだっけ、と思い直した彼は第二王子に助けを求めようとした。ものすごい目で睨まれている事にその瞬間気が付いた。ハインツ自身も目付きが悪い自覚はある(子供に何度も泣かれた経験があるため)が、それを差し置いてトップレベルで険しい顔をしている。怖い。
あーはいはいわかりましたよ嫉妬してるんですねクソが! そう心の中で悪態をついた。あくまでも心の中で、だ。実際に口に出すほどハインツは命知らずではない。両手を上にあげて降参のポーズを見せた。しかし第二王子の嫉妬心はそれくらいでは治らないらしい。リーゼルを庇うようにハインツの前へ立ち塞がる。さすがは王子様、警戒ができていて素晴らしい。彼が皮肉げに内心で呟くと、腕を組んだ第二王子が何故かマルガレーテの方を見る。
「オレは多くのニンゲンや生き物と出会って、話をしてきた。だから、顔とか声からでも、相手が本心では何を考えているかはそれなりに推測できるつもりだ。特にこいつはあり得ないほどわかりやすい」
こいつ、なんて言われながら指をさされたハインツは「はあ?」と言いたげな表情を浮かべた。俺がわかりやすいって? 何を言ってやがんだこのバカ王子は。出会ったばかりだってのに知ったような口を聞きやがって。ハインツが怒りのあまり眉間にシワを寄せた事を知ってか知らずか、第二王子はマルガレーテから目を離さない。一方のマルガレーテも、第二王子もといジークの視線を受け止めて、逸らそうとしなかった。
「オマエだって分からないほど愚かではないはずだ。さっき、こいつをトモダチではなく、師匠と呼んだな。……それでいいのか」
「構いません」
マルガレーテは迷うようなそぶりさえ見せず、即座に答えた。二人の間を沈黙が満たす。リーゼルも口を開く事なく、ただ少し不安げな表情を浮かべながら彼らを見守っていた。が、その静寂はジークが息を吐き出した事により終結する。
「そうか。ならいい。くだらん事を聞いて悪かったな」
「いえ、むしろ心配をおかけしてしまって申し訳ないです」
「心配は特にしていない、オマエはリーゼルのトモダチだから少し気になっただけだ」
それだけ言うと、ジークはリーゼルの方を見た。「続きをするぞ、まだ勝敗はついてないだろう」なんて告げながらさっさと元々立っていた位置に戻っていく。ハインツの方は一瞥さえしなかった。この時点で第二王子殿下の彼の中での評価は地に落ちていたが、「今行くよー!」と大声で答えたリーゼルが、ハインツとマルガレーテの側にやってくる。口の横に手を当てて、内緒話をするかのようなポーズを取った彼女は、苦笑しながら囁きかけてきた。
「気を悪くしちゃったのならごめんなさい。でも、クーちゃんはマルちゃんの事……それから、サンちゃんの事も嫌いって訳じゃないよ。そこは安心してね」
ウインクをすると、リーゼルが小走りで森のひらけた場所へ向かっていく。その後ろ姿を見送りながら、ハインツの口からはこんな呟きが漏れ出ていた。
「なんだあいつら」
意味がわからない。先程のジークがマルガレーテに向かってした質問も、そしてまだゲーム内で出会って一日程度しか経っていないジークを完全に理解しきっているかのようなリーゼルの言動も。しかし、マルガレーテは特に気にした様子もなかった。ハインツの方を見ながら、マルガレーテはその呟きにこう返す。
「私達の事を嫌っていないのは事実だよ。興味がない、って言った方が正しいのかもしれないけれど」
「興味がない? ……あー、ハイハイそーいう事な。ヒロインに夢中だから俺らには関心を抱けない、と……完全に理解したわ」
これだから乙女ゲームの攻略対象はよお、なんて愚痴をこぼす彼の耳には、マルガレーテの小さな呟きが届く事はなかった。
「夢中……なのかな。そう表現してもいいのか、わからないんだよね」
マルガレーテは二人の方へ向かって足を踏み出す。少し近付いた方がよく見えると思うよ、という声と共に手が差し伸べられる。
「あそこに行くまで薄暗いし……木の根があって足場も少し悪いから」
その手を振り払うと、ハインツはポケットに両手を突っ込んで一人で歩いた。目を丸くした雑魚の事を放置して、彼は二人がよく見える場所へ向かう。
ヒロインと攻略対象の間でどんな特訓とやらが繰り広げられるのだろうか。せっかくだし、昨日悪役令嬢から渡されていた小さな録画録音のための魔法道具を起動しておくとしよう。彼は懐に手を入れて、小さな機械のボタンを押す。不意に、リーゼルがハインツの隣まで一人寂しく歩いてきていたマルガレーテに視線を向けた。
「後でマルちゃんとも戦わせて!」
「了解です」
戦うという信じられないワードは聞かなかった事にする。マルガレーテにピースサインを見せた彼女は、再びジークの方に体を向けた。真剣な表情のまま互いを見つめるヒロインと攻略対象。
そして、春先にしては少し冷たい風がハインツの頬を撫でた瞬間。
二人は同時に動いた。
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