第49話 気遣いの出来る貴族は珍しい
両翼族の少女が容れられている檻のカギをゼンデが持っていそうなので、担架に乗せられているゼンデの洋服を遠慮無しにガサゴソし、無事に鍵を手に入れた俺は、迷うことなく檻のカギを開け中に入ると、鉄格子にもたれる様にして座っていた両翼族の少女を抱きかかえ、檻から出た。
気を失っている両翼族の少女。その体はとても軽く、その赤金色の髪も張り艶も無い。あまり状態が良くないな。早くどこかで休ませてやらないと。
「うむ、あまり良い環境で生活していた様ではないな」
両翼族の少女の様子に、傍に来ていたディンキー男爵も心配そうだ。
「どうする? 私が抱っこしていこうか?」
長いまつ毛を心配そうに伏せ立花さんがそう言ってくるが、俺は首を振った。立花さんに少女を押し付ける様な事はしたくない。
「いえ、立花さんも疲れているでしょうから、自分が背負っていきます」
このままお姫さま抱っこでも良いんだけど、魔物が出た場合、対応出来ないからな。少女には少し負担を掛けてしまうかもしれないが、背負っていくことにしよう。
ならば、と背負い紐でも無いかと山小屋に入ろうとした俺の肩を、誰かにガシッと掴まれる。
振り向くとそこには、馬から降りたディンキー男爵が居た。
「其方ら、馬はどうした?」
「え? 馬?」
ディンキー男爵が何を言いたいのか分からず、聞き返す。
「そうだ。馬はどうしたのだ? 乗ってきた馬は?」
「乗ってきた馬、ですか? いえ、自分たちは徒歩で来たのですが」
「なんと!?」
ディンキー男爵が驚いている。いや、タキサスの街からそんなに離れていませんよ、この山小屋は?
あぁ、お貴族様だから、ちょっとした移動も馬ってわけか。まるで、近くのスーパーへの買い物にもタクシーを使うセレブみたいですね。
「馬も無く、その獣人を背負って山を下ろうと?」
「えぇ、まぁ──」
「衛兵!」
いきなりディンキー男爵が叫ぶ。すると、近くに居た衛兵が駈け寄ってきた。
「はっ!」
「うむ、この冒険者二人と獣人の娘を、馬車に案内してやれ」
「はっ! 承知しました!」
ガっと足を揃えて敬礼した衛兵。
そのやり取りを呆然と見ていた俺の肩を、再びディンキー男爵が掴む。
「そういう事だ。ワシらの用意した馬車に乗りなさい。なに、遠慮はいらん」
「え、それではご迷惑が」
「構わん」
「……ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる。立花さんも倣って頭を下げた。
「うむ」と満足そうに頷いた男爵は、それ以降は俺たちに構わず、馬に乗って指示を出すために、山小屋へと向かっていった。その背後に、もう一度軽く頭を下げる。
その出来る配慮といい、陣頭指揮を執る姿といい、屋台のおばちゃんが言っていた様なダメ貴族では無さそうにい見えるのだが、まぁこればかりは人の価値観によるもんな。
「こちらです」と衛兵に案内された場所には、二頭立ての大きな幌馬車が二台置いてあった。
衛兵に尋ねると、違法奴隷商とその仲間、そして違法に売られたり捕まったりした奴隷たちを乗せる為に準備したらしい。じゃあ、あの山小屋に居た奴隷たちは助かるのか、良かった。
どちらに乗っても構わないと言われたので、手前にあった馬車に乗り込む。
荷台に座るとドッと疲れがやってきた。思っていた以上にくたびれていたらしいな。
「無事に助け出せて良かったね」
隣に座った立花さんが、両翼族の少女の額に掛かった前髪を優しく撫でる。
「そうですね」
ふぅと息を吐いて外を見ると、遠くに見える山の稜線が、少しハッキリしてきた。もうすぐ夜明けだ。
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