第35話  帰村

 

 ゴブリンの集落から子供たちを助け出し、生活魔法サバイバーで生み出したお湯で返り血や汚れを洗い流したり、傷の手当をして身支度を整えた俺たちが森から出たころには、空は薄い青とオレンジのコントラストが鮮やかな、淡い夜明けを迎えていた。



「くあ……」



 欠伸を押し殺しながら、後ろを見る。連れ去られたショックからか歩き疲れたからか、それともこれから待ち受けるキツイお叱りに気分が滅入っているのか、一切言葉を発さず足取りも重いジャンとミック。

 が、村を囲う丸太柵が見えてきた時にはホッとした顔となり、足取りも少し軽くなっていた。



 大きな篝火に照らされた門に、門衛の姿が見えなかった。まだ子供達を探しているのかもしれない。

 その門を潜ると、相変わらず煌々こうこう篝火かがりびが焚かれていて、夜明けの空をさらに橙色だいだいいろに染め上げていた。



 門を潜り村に入ると、奥から松明を持った村人が俺たちに気付き、駆け寄ってきた。



「あー、皆さん。お待たせしました。無事にジャン君とミック君を助け出して、ただいま戻りました。安心してください、ジャン君もミック君も大きな怪我は無く──」

「ジャンっ!!」

「ミック~!!」

「お母さ~んっ!!」

「ママぁ!!」

「うおっ!?」



 出迎えてくれた村人たちに報告していると、その中から女性が二人、こちらへと駆け出してくる。とほぼ同時に、俺を突き飛ばしながら、その女性に向かっていくジャンとミック。



「怪我は!? 怪我は無いかっ!?」

「怖い目に遭ってないか!」

「うえ~んっ!」

「ごべんなざ~い!」



 感動極まる母子の再開。そこに加わった父親も、子供たちの様子を窺いながら気遣う言葉を掛ける。その一つ一つに大きく頷き、あるいは嗚咽混じりに答えながら、ジャンとミックは親に抱き付いて泣いていた。ったく、俺を突き飛ばした事は大目に見るとするか。



 他の村人も一緒になって、「良かったなぁ!」「もう森に行くんじゃねぇべ!」「これでしばらくは悪さする事もねぇべ」などと声を掛け、それに一つ一つお礼を述べる父親と母親。子供達が無事に帰ってきた事を喜ぶ人たちが、輪になっていく。

 その輪の中に、腕に包帯を巻いた猟師も入ると、父親と母親は一際深く頭を下げていた。



 だが、その輪が俺たちを認識する事は無かった。

 広がる喜びの輪を、様子を黙って遠くから眺めていた俺と立花さんには、気に掛ける言葉一つ、お礼の言葉すら無かった。助けた子供達からすら、だ。


 別にお礼の言葉が欲しくて、子供達を助けたわけじゃない。女神様クマさんから出されたミッションをクリアする為だし、俺の憧れである勇者、その従者として、子供を助けるのが正しい行動であると思ったからだ。


 それに、子供の母親が言った様に、俺の話が要らぬ刺激となって、二人は森へと行ってしまったのだとしたら、それは結果として煽動せんどうした形になるだろう。ならば俺にはその非がある。



 

 だが彼女には、俺の横に黙って立つ立花さんにはその非は無い。だから彼女にだけは、感謝の言葉の一つくらい掛けてあげて欲しかった。せめて、子供達からだけでも……。


 しかし、一頻り再開の喜びを済ませた子供達が彼女に向けたのは、感謝の気持ちではなく強い怯えだった。それもしょうがないかと思う。を見せられてしまえば。



 立花さんを盗み見る。

 そこには、子供を無事に村へと送り届けた安堵も、親子の再開に対する喜びも、そして、お礼の言葉の一つも掛けられない寂しさや怒りも無かった。

 ただ、まるで何かが抜け落ちた様な、ぼんやりとした表情だけ。



 そんな彼女が、ゴブリンの集落で浮かべた表情。消そうとしても消せないあの表情が、俺の深い所に残ってしまった。

 もう彼女にあんな顔をして欲しくは無い。このままでは、いつか彼女は壊れてしまうと思えるほどの激情だった。

 そして、そうなってしまった原因の一つは、間違いなくこの村だった。



 ならばもう、この村に留まるのは潮時かしれない。ここに居ても、彼女にとっては百害あっても一利すら無い。それどころか、立花さんへの悪影響の方がデカい。

 


「……行きましょうか」

「……そだね」



 まるで他人事の様な場所から逃れる様に、その場を後にした。




  ◇




 完徹から来る身体的な疲労と、村人からのあまりにあまりな扱いから来る精神的疲労が重なって、足取り重く、宿へと続く道をトボトボと歩きながら、後ろを歩く立花さんに振り返る。



「立花さん、ちょっと良いかな?」

「……なに?」



 疲れた様子があまり見られない立花さんが首を傾ける。これが若さか。そんなに歳が離れていないんだけどなぁ。



「これから俺たちが取るべき行動について、話しましょうか」

「なによ、取るべき行動って?」



 歩きを早めて横に並んだ立花さんが、続きを促す。



「まぁ、立花さんも気付いているでしょうが、この村の人たちの感情は変わりませんでした。無事に子供たちを救ったのですがね。それほどまでに、この村の勇者に対する感情は相当なものです。これ以上ここに居ても、得るものは何もないと思えてしまうほどに」

「……」

「なので、方針を変えます。本当なら、もう少しここを拠点にして立花さんのレベルを上げたかったのですが、この状況ですと、これ以上ここに居ても村の住民の方々にも悪い影響を与えますし、お互い辛い思いをするだけです。ですので、この村を離れます。どうでしょうか?」



 そう言うと、一瞬だけパァッと顔を明るくさせた立花さん。が、コホンと何かを誤魔化す様に一つ咳払いをして、俺の胸にパシッと拳を当てる。



「私は最初っから、先に進もうって言ってたよね?」

「そうでしたね。済みません」



 自分の非を認め、頭を下げる。



「本当だよ。まぁ、過ぎた事だから、私は別に気にしてないんだけどね」

「はは、有難うございます」



 頭を上げると、フンッとそっぽを向く立花さん。だがよく見ると、黒い髪の隙間から覗いた耳の先が、少しだけ赤くなっていた。なんだろ、照れているのだろうか? 誤魔化しきれていないが。



「……それで? すぐにでも魔王を倒しに向かうの?」

「いえ、違います。もう一度、森の奥に向かいます」

「どうしてよ? いま御供さんが言ったじゃない? ここに居るのはもう意味が無いって。なら今すぐ魔王を倒しに行こうよ!」



 歩くのを止め、眉根を寄せる立花さん。先に進むと話した途端、これかぁ。



「話を最後まで聞いてください。この世界は、自分の良く知るほかの異世界と共通する事が多々あります。だとすれば、他の異世界と色々と同じであると考えて良いでしょう。であるならば、この先にはさらに強い魔物が待ち構えているとみていい」

「強い魔物……」



 立ち止まって立花さんに解りやすく説明すると、俺の言葉を受けた彼女は軽く腕を組んだ。



「私はもう十分強いよ! 昨夜の戦いでレベルだって上がったし!」

「それでもです。幾らレベルが上がったとはいっても、まだレベル5と低い。せめて、あと2、3レベルは上げておきたい。安全マージンとして、ね」



 RPGゲームならお馴染みなのだが、次の街や村などに行くと魔物も強くなるのは鉄板だ。昔やったゲームでは、橋を一つ越えただけで全滅するなんてのは、ザラだった。


 それに、この世界はゲームじゃない。安いセリフだが、死んだら終わりなのだ。安全マージンは取り過ぎるくらいに取りたい。



「それと、あの森に用事が有るのです」

「……用事ってなにさ?」

「ちょっとした忘れ物があるんですよ。それを回収しておきたくて。この先、旅を続けるなら、先立つ物は必要ですからね」



 親指と人差し指で円を作って、ニンマリ笑う。

 ドロップアイテムが売れると解った以上、あれを捨て置くのは勿体ない。さすがに量が量なので、悪いが立花さんのインベントリに収納してもらおう。



「気持ちわるっ。まぁ良く分からないけど、解ったわよ」



 頷いた立花さんに頷き返す。そしてまた歩き始めたが、一つ言い忘れた。



「あぁ、そうそう。宿屋に置いてある荷物も一緒に持って来てくださいね。持てなければインベントリに収納してください」

「え、なんで?」

「向かう先は森のかなり奥ですからね。おそらくですが、村に帰ってくるのは、二週間後位になりそうですから、そんなに宿屋に置いておけないでしょう?」

「え~、そんなに~?」

「えぇ。ですので、しっかりと身支度を整えといてください。必要な物も買い忘れない様にしないとね」



 と伝えたところで、宿屋に着く。相変わらず俺らの他に宿泊客が見えない食堂で朝食を取り、立花さんに出発は明日の朝と伝え、それぞれの部屋に戻った。

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