第33話  守り抜けっ! ①



 左右に分かれていくゴブリンの体。その間から、勇者の剣を握り締めた立花さんが現れた。その後ろには、矢をつがえている猟師さんの姿。良かった、間に合っ──。



「御供さん、アレは何? もしかしてあれが合図? 失礼だけど、アタマ大丈夫?」

「っだべ!」

「あ、あれ?」



 静かな怒りでもって詰め寄る立花さんと、噛み付かんとばかりに噛み付いてくる猟師さん。二人のその顔は、弱い篝火の明かりでも、赤くなっているのが判る。



「い、いや、だってゴブリンに見付からない様に合図を送るのは、意外と大変で」

「だからってさ、やっていい事と悪い事があるくらい親に教わったでしょ? なんなの、あの武器は? もう少しで当たる所だったんだけど?」

「んだべっ!」



 大変ご立腹なお二人。いや、あれは武器じゃなくてドリアンなんだけど……。



「ま、まぁ二人とも落ち着いてください。こうして無事に子供達を救出したのですから」



 ガルルッ!とまで言いそうな二人を何とか宥めながら、俺の背中に隠れていた子供達を前に押し出す。が、



「そんなの当たり前じゃん? 助け出したから、合図を送ってきたのでしょ? 助け出しても居ないのに合図を送ってきたとしたら、本当にアタマ疑うよ?」

「だべっ!!」



 変わらない怒り。こりゃ謝った方が早いかもしれない。



「解りました! 自分が悪かったです! 謝りますから、取り合えず二人とも落ち着いてください! ね!?」



 頭を下げる。

 それでようやく怒りを収めたのか、「ふぅ~」と長く息を吐く二人。



「解ってくれたのならそれで良いけどさ。ほんと次は無いよ? で、その二人が?」

「ジャン! ミック!」

「おじちゃ~んっ!」



 立花さんが向ける視線の先で、ジャンとミックが猟師さんに抱き着いていた。



「はい、ジャン君とミック君です」

「そっか~。無事で良かったね」



 フッと肩の力を抜く立花さん。村でああ言ったけれど、案外心配していたんだな。まぁ、そうじゃなくちゃ、勇者を名乗って欲しくはないんだが。



「それで、これからどうすんの?」



 勇者の剣をチャリっと鳴らした立花さんが振り返る。そこには、たくさんのゴブリン達。二人の上げた喧噪を聞いて、ワラワラと周囲の家から出てたのだろう。その数、三十匹以上は居るか? 

 出て来たゴブリン達は、俺たちを見るなり「ギャアギャ!」と叫んでは、こん棒や木の棒を振り回して脅してきた。



「このまま突っ切るのは、無理でしょうね」



「勝手に森の中に、入って!」と猟師さんに怒られ、涙ぐむジャンとミック。あの二人を連れ、このゴブリンの群れの中を突っ切るのはかなり危険だろう。



「じゃあ?」

「はい、ここで迎え撃ちましょう」



 こちらから攻められない以上、迎え撃つしかない。そうしてゴブリンの数を減らしたうえで、再度逃げ出す算段を付けるべきだ。



「……だね」



 立花さんも同意見だったらしく、コクリと頷くとインベントリから俺のショートソードを取り出し、俺へと手渡してきた。

 それを受け取り、神をも騙すペテン師トリックスターでレベルとステータスを落とし準備を整えた俺は、猟師さんと子供達を守る様に一歩前に出て、指示を出す。



「自分が左を担いますから立花さんは右を。猟師さんは子供を守りつつ、弓矢で援護してください!」

「分かったべ!」

「……大丈夫なの?」

「もちろん怖いですよ。ですが、ゴブリン位なら自分でもなんとかなるでしょう。それに全てを倒すつもりはありません。ある程度倒せば、ヤツらも怖気づいて逃げ出すはず。それまでは、何とか耐えてみますよ! それでも危なくなったら、助けてくださいね?」

「……頼んだからね」




 それが合図になったのか、「ギャギャアアッ!」「ギギャアッ!」と気合の奇声を上げ、ゴブリン達が一斉に襲い掛かってきた!



「いくぞ!」



 刃がボロボロのナイフで切りつけてきたゴブリンをショートソードで切り伏せて、集団の中に突っ込む!

 横から振り下ろされたこん棒を体を逸らして躱し、離れた所から矢を放ってきたゴブリンに、お返しとばかりに、小屋から拝借したクルミを指で弾き放つ!



「ギャアギャガ!」

「ギャオァ!!」

「おぉおおっ!」



 錆びたショートソードを突き出してきたゴブリンを蹴り飛ばす!

 殴りつけてくるゴブリンの足にショートソードを突き刺す!

 飛び掛かってきたゴブリンの顔面を、思いっきり殴り飛ばした!



「ギャアッ!?」と黄色い唾を吐き散らしながら、顔を押さえ悶絶するゴブリンの腹にショートソードを突き刺し、止めを刺したところで周りを見る。


 右を担当していた立花さんの動きは、圧巻だった。


 相手が武器を振る前に、すでに斬っている。立花さんのレベルは4。さらに女神の加護でレベルブーストされているのだ。そこいらのゴブリンじゃあ、相手にすらならない。

 緑の返り血を浴びながら、向かってくるゴブリンを一匹また一匹と倒していく立花さん。一連の行動といい、彼女の胆力にはあきれるばかりだ。ほんとに女子高生なのか、あの子?! 



 猟師さんも上手く立ち回っている様で、子供達をその背中に守りながら、自分へと向かってくるゴブリンの額に、矢を突き立てていた。これなら問題なさそうだ。それにしても、良い腕してる。




 すでに10匹以上ゴブリンを倒している。だが減るどころかさらに数を増やすゴブリン達。「ギャアッ!」「グギャア!」と、夜の集落は蜂の巣をつついた様に大騒ぎだ。おいおい、どんだけ居るんだよ!



 と、焚かれた篝火の傍に、普通のゴブリンとは違う格好──ボロボロの黒いローブ姿のヤツが居た。上半身裸のゴブリン連中の中で、ソイツはとても異質な雰囲気を放っている。



「あれは、まさかゴブリンソーサラーかっ!?」



 ゴブリンの派生亜種であるゴブリンソーサラー。この世界に来て初めて見たぞ! 



「マズいな! ゴブリンソーサラーが居るなんて! 他の亜種も居るのか!?」



 ゴブリンの亜種と言えば、ゴブリンソーサラーの他にも居る。そして大概は、普通のゴブリンよりも強く厄介だ。そんなのが他にも居るとしたら、思った以上に苦戦するぞ!



 他にゴブリンの亜種が居ないか確認しながら、俺たちに石を投げてくるゴブリンを問答無用でショートソードで切り伏せ、近くに居たゴブリンを体当たりで吹き飛ばしながら、立花さんの下に急ぐ。



「立花さんっ!」

「御供さん!? どうかした!?」



 ちょうどゴブリンを斬り伏せた立花さんが、少しだけ目を見開いて俺を見る。

 そのまま立花さんと背中合わせになり、周りのゴブリンをショートソードで威嚇しながら、視線をゴブリンソーサラーへと向けた。



「立花さん、アイツを見てください」

「アイツ?」



 周りのゴブリンを威嚇する様に、自分の愛剣を構える立花さんが、俺の言葉を受けてその視線をゴブリンソーサラーへと向ける。



「……あの人は、寒がりなの?」

「別に寒くてフードを被っているわけではありません。ヤツはゴブリンソーサラーといいまして、まぁ、魔法を扱うゴブリンなのです」



 ゴブリンソーサラーと言えば、一般的に魔法を使ってくるゴブリンの亜種である。そんなのが何匹も居たら、魔法対応に慣れていない俺たちじゃ、かなりてこずりそうだ



「魔法?」



 視線を戻した立花さんの声には、些かの緊張も感じられなかった。

 まぁ、見た目が少し違うだけだから、この位の反応が普通なのかも知れないけど、ほんとに厄介なんですよ? 



「そうです。弓矢みたいに離れた所から攻撃されるので、少々厄介です。まぁ、そこまで強力な魔法を使ってくるわけでは無いですが──」

「なら問題ないって」

「え? 大丈夫なんですか?」



 なんだかやけに強い自信に、逆に不安になる。  



「だから問題無いって! 弓矢なら知り合いに達人が居て、何度か対戦した事があるから!」



 チャリっと剣を鳴らし、問題無いと言い切る立花さん。弓矢の達人に知り合い? 対戦? 弓道部員とでも戦った事があるのか?



「そ、そうですか。では、ゴブリンソーサラーの相手をお願いします! 他のゴブリンの相手は自分がしますので!」

「解った! でも無理しちゃダメだからね!」

「はい! 猟師さんは引き続き、子供達を守ってください!」

「解ったべ!」



 立花さんに経験を積ませるため、ゴブリンソーサラーの相手を任せる。これから先、魔法を使う魔物の戦う事も当然あるだろうからな。ゴブリンソーサラーなら、そんなに強い魔法は使ってこないだろうし、良い機会だ。



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