第31話  ゴブリンの集落

 

 真っ暗な森の奥へと続く靴跡を追跡していくと、途中から靴跡が無くなりゴブリンの足跡だけになった。恐らく捕まって担がれたのだろう。

 ……マズいな、捕まったのが何時かは判らないが、万が一にも殺されていたら、ミッションクリアが出来なくなっちまう!


 ミッションの場所が村っていうから、てっきり村への襲撃かと思って備えていたのに、まさかこんな展開とは。村人である子供たちが連れ去られたのだから、村への脅威といえば脅威に違いないけどよ。



「……解りにくいんだよ」

「何か言った?」

「い、いえなんでも」



 誤魔化す様に地面に松明を近付ける。変わらずゴブリンの足跡しか見えない。あわよくば逃げ出してくれていると良いがとも思ったが、それも叶わなそうだ。




 そうして暗過ぎる森の中を、頻繁に足元を照らしながらゴブリンの足跡を慎重に辿って行くと、暗闇にぼんやりと明るい場所が見えてきた。ゴブリンの足跡もまっすぐにそこへと向かっている。



「あそこ、だね」



 立花さんに松明の火を消すように指示し、藪に隠れながら近づいていく。すると、大きな篝火かがりびに照らされた小さい家が複数見えた。ゴブリンの集落だろう。



「どうやらゴブリンの集落ですね。恐らく二人は、ここに連れてこられたと思います」

「魔物も社会生活するの?」

「まぁ、ゴブリンは他の魔物よりも比較的知識が高いですから」



 藪に身をひそめ、集落を観察する。

 ファンタジー好きの人間は、ゴブリンが社会生活を営むってのは常識として知っているが、普通の人からすれば、魔物が集団生活するっていうのは、不思議なのかもしれない。言われてみれば確かに違和感があるのかもな。



「村の近くにゴブリンの集落があるなんて……」



 青い顔をする猟師さん。その言葉には、多大な恐怖とショックが含まれていた。



「ゴブリンが、人が住む近くに集落を作るのって、珍しいのですか?」

「あぁ。無いって事はないが、珍しいべ」

「それって、魔王の仕業とか?」

「分からないべ。ただ、無関係って事も無さそうだべ」

「そうですか」



 魔王のせいで、ゴブリンみたいな魔物も活性化しているかもしれないんだな。



「んで、どど、どうするべ?」



 共に息をひそめていた猟師さんの声は、多大な緊張をはらんでいた。


 さてどうしようか。

 単純にゴブリンの集落を落とす事が目的なら、俺たちなら他愛もない。この規模の集落なら二十分もあれば十分だ。が目的は子供の救出。



「こういう時用の知識とか無いわけ?」

「知識って言われても……」



 若干冷たさの感じる声で、立花さんが問う。そんな知識があるのなら、どこぞの頭脳は大人な小学生にだって勝てるだろうさ。



「アイツらの数が片手位だったら、取る手段は強硬策なんだが……」



 魔物の中では比較的頭の良いゴブリンだが、子供を人質に取るという知能まであるとは思えない。なら一気呵成いっきかせいで叩くのが一番だ。子供がいつこの村に連れ去られたか判らない以上、あまり時間を掛けるのは良くない。


 だが、家の数からさすがに数人という事は無いだろう。ならこちらが集落を襲撃すれば、子供に危険が及ぶ危険性が高い。俺たちの姿を見れば、子供を助けに来たというのは一目瞭然で、最悪殺される可能性もある。


 すると残る手段は奇襲だが、こちらも誰にも見つからない保証はない。

 枯れた草木を乱雑に積み上げただけの粗末な家の前には今も篝火が焚かれ、手にこん棒や棒切れを持ったゴブリンが、まるで見張りでもする様に立っている。物音ひとつも立てれば、確実に警戒されてしまう。



「どうするべ?」

「う~ん……」



 子供を救出する事の難しさを猟師さんも理解しているのか、不安げに俺を見る。だが、答えは出ない。どうするのかを決めるのに、情報が少なすぎるんだよなぁ。刑事ドラマとかで人質が取られた時ってどうしてるんだっけか? 田舎のお袋さんが泣いてるぞ!って説得するんだっけ? でも、そのお袋さんも同じ集落に居そうだしなぁ。その前に言葉通じねぇしよ。



 なんて考えていると、服の袖をクンっと引っ張られた。立花さんだ。



「あのさ、私に良い考えがあるんだけど」

「……どうするんですか?」



 あまり良い案が浮かんでこないし、ここはひとつ、立花さんの考えを聞こうじゃないか。



「囮ってどうかな?」

「囮、ですか……」



 囮かぁ。

 たしかに囮という手は悪くない。囮に目を向けて、残りの二人が子供たちの居所を探る。なるほど、考えれば考えるほどそれが最善手だろう。あとはその役割分担だが……。



「……良い案だと思いますが、誰が囮になるか、ですね」



 チラリと二人を見る。囮になるって事は、それなりに危ない目に遭うってことなんだが。



「おお、おらには無理だべっ!」



 慌てた猟師さんが、すぐさま拒否する。



「私が言い出した事だから、私がやっても良いよ? その代わり二人が戦う事になるけど、大丈夫?」



 目を細くする立花さん。真っ当な理由を述べてはいるが、つまりは自分も拒否します、と。



 なら俺がやるか。前もって神をも騙すペテン師トリックスターを解除しておけば、ゴブリン如き怖くも無いしな。



「なら自分が──」



 と、そこまで言い掛けた所で思いとどまる。ただでさえ危ない目に遭うかもしれないのに、弱い自分が進んで囮を引き受けるなんて、変に見えないだろうか? いや、絶対変だ。



「──と思いましたが、やはり自分も嫌です。怖い……」



 挙げかけた手をおずおずと下ろす。すると、白けた空気が場に流れた気がした。あれっ? 間違えた?



「……はぁ。なら多数決にしませんか?」



 溜息を吐いた立花さんが提案する。え? やっぱり俺が行く空気だったの!?



「おらもそれでいいべ」

「分かりました」



 猟師さんも多数決に同意したので、どこか釈然としないまま、右に倣えで同意した。



「じゃあ多数決で囮を決めます。まず始めに、御供さんがいいと思う人は挙手してください」



 場を仕切る立花さんが挙手を求めると、立花さんと猟師さんが手を挙げる。あれ? 三人しか居ないのに、二人上げたら……。



「決まりだね、御供さん」

「気を付けるべ」



 立花さんはウンウン頷き、猟師さんが俺の肩をポンと叩く。まぁ、最初から行く気だったから別に良いけどさ。

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