第20話  さすがは勇者と言うべき、か?


「ありがとな!」



 カランと、澄んだドアベル音の向こう側から、店主の太い声が掛けられた。

 それに俺は手を上げ、立花さんは頭を下げるとドアが閉まる。あれだけ俺たちを毛嫌いしていたのに、なんだかんだ言って結局最後は「ありがとう」なんだから、やはり商売人はしっかりしているな。




 外に出ると、ずいぶんと陽が高くなっていた。結構時間を掛けてしまったらしい。まぁ、これからお世話になる装備だ。後悔しない様に、しっかり選んでおいて損は無いだろう。


 その装備なのだが、鉄製のショートソードにそれを納められるさや、茶色の革鎧と腰に付けるホルダーベルト、それに加えて獣の皮か何かで出来た背負い袋や水筒など、旅に必要だと思う物も購入しておいた。生活魔法サバイバーで水は出せるので水筒の購入は少し迷ったが、喉が渇くたびにいちいち魔力を消費するのもバカらしいなと思ったので、結局購入した。そんなに高く無かったし。

 

 それと服もボロボロになっていたので購入した。万屋には新品の服は売っておらず、古着だ。だが麻で出来ているのか古着とはいえ着心地は良かったので、着替えも合わせて何点か購入しておいた。



 服がボロボロだった俺とは違い、立花さんは着替えがあるらしく購入しなかった。暫くは制服とジャージで頑張るらしい。スカートはさすがに冒険には合わないと思うから、せめてズボンにした方が良いと思うんだがな。まぁ、生足が拝めるのは良いんだけど。

 そんな立花さんはというと、店主がカウンターの奥から持ってきた白い革鎧とブーツを購入していた。店主が持ってきた瞬間、気に入ったらしい。女性の買い物は結構時間が掛かると思ったが、即決だった。



「良い物が有って良かったね、御供さん♪」



 白の革鎧の上から自分の胸元を押さえながら、立花さんが嬉しそうに目を細める。

 自分の装備と立花さんの装備を合わせて、魔石の半分以上が無くなってしまった。その内、彼女が来ている革鎧が一番高かったみたいだが、それを言うのは野暮ってもんだ。

 いつまでも制服姿だと防御力的に問題あるし、村人からの冷ややかな目もある。革鎧姿ならば、少しはそういった目を向けられる事も無くなるだろうから、立花さんの言う様に良い買い物だったと言えよう。制服姿もあれはあれで良かったと思うが、さすがに冒険する格好じゃない。昨日の宿代も出してもらったしな。



 陽の光を浴びてキラリと輝く白の革鎧は、ブレザーの上から着てもサイズが少しだけ大きかったのだが、素早く店主が立花さんの寸法を測ると、革鎧に魔力を流し込み、あっという間にぴったりサイズに仕立て直してみせた。さすがは異世界クオリティー。ゲームとかもこういう裏設定があるのかもな。


 それにしても、着ている革鎧を持ち上げる膨らみはなかなかどうして。最近の女子高生はスタイルが良いと同僚が言っていたが、ほんとだな。胸は世羅の方が大きいだろうが、全体的なスタイルなら、立花さんの方が──



「御供さん?」

「ひゃいっ!?」



 近くで立花さんの声が聞こえ、思わず変な声が出てしまった。あぶねー、心臓が止まるとこだったぜ。下衆い事は、あとでじっくり考えよう。うん。



 そんな邪な事を考えているとは知らない立花さんは、ちょっとだけ首を横に傾げたあと、取り直す様に、



「これで魔王を倒す事が出来るね!」

「いえ、それはちょっと。さすがにこの装備で魔王討伐は出来ないです」

「そうなの? 残念……」



 自分の装備を見つめる立花さんを窘める様に言うと、シュンと項垂れてしまった。

 さっき、レベルが低いから魔王討伐は無理だと説明したのだが、やはり納得出来ていなかったんだな。装備を整えれば、魔王を倒せるって本気で思っていたのか? 鉄のショートソードで倒される魔王、可哀そう過ぎる。



「それはそうと立花さん、武器は? 購入していないみたいですが?」



 シュンと項垂れた立花さんは、万屋で武器を買わなかった。

 万屋の店主も気を聞かせて、というより商魂たくましく色々と見せてくれたのだが、一つとして手に取らなかった。気にいった物が無かったのだろうか? 剣道部って事だが、やっぱり竹刀が一番って思っているのかね。竹で作った鎧ってのは知っているが、バンブーソードってどこかで売ってないかね、アンダーソン君。



「うん、大丈夫! 自前のがあるから」

「自前、ですか?」



 訝しむ俺をよそに、立花さんは立ち止まると何やらブツブツ呟いている。何だ、自前って?



 すると、立花さんの手にどこからともなく光が集まり強く発光した次の瞬間、その手には装飾の立派な両刃剣が握られていた。



「……え?」

「これだよ」

「……えっと、それは……?」

「これ? これは女神様が『使ってください』と私に渡してくれた剣だけど?」

「渡された、剣……?」



 池淵の鯉の様に口をパクつかせていると、立花さんが「持ってみる?」と剣を渡してきたので、恐る恐る受け取る。

 ずっしりと重いそれは、ロングソード、いや、バスタードソードとも云えるほどの大きさで、二メートルはあろうかという長く厚い真っ直ぐな両刃の刀身の真ん中には、金で彩られた紋様が刻まれていて、同じ装飾がガードと柄頭にも施されていた。何かの加護でもあるのだろか?

 試しに【簡易鑑定】を掛けると、〈????〉と表記された。まぁ簡易鑑定だから致し方ないか。


 とりあえず〈勇者の剣〉と呼ぶことにしたその剣は、全体的な形はとてもシンプルであるが、金の紋様は精巧緻密で息を飲むほどに美しく、名前はどうあれ、数多ある異世界物語にも負けず劣らずの、まさしく勇者が持つにふさわしい逸品だという印象を受けた。



「これを、どこから……?」



 立花さんに剣を返すと、「結構カワイイでしょ?」と、まるで小枝の様にブンブンと振るう彼女。それ、どっから出したの? 手品? マジック? イリュージョン? 東京タワーとかも消せちゃう?



「これ? これは【インベントリ】というスキルだったかな? その中から取り出したの」

「──インベントリだって!?」



 こいつは驚いた。インベントリと言えば、アイテムボックスの上位互換、チートスキルだ。そんな凄いスキルを持っているなんて、さすがは勇者。チートジョブ。



「な、なに!? インベントリって、そんなに凄いの?」

「凄いってもんじゃないですよ! インベントリは、制限無く何でも容れる事が出来て、なおかつ時間経過も無いんです。だから、アイテムだろうが食材だろうが腐敗する心配が無いんです。まさにチート──イカサマレベルに反則なスキルなんです」

「そ、そうなのね」



 そうなのねって、俺が欲しかったスキルなんだぞ!

 ──て、あれ? なんか違和感が……、あ!?



「──って立花さん、スキルの事、ご存じなんですか!?」

「きゃっ!? う、うん、女神様から聞いてるけど!?」



 思わず立花さんの肩を掴むと、驚いた立花さんは可愛い悲鳴を上げた。おいおい。俺が教える前に、スキルの説明してるんじゃないか、女神様よ。



「ま、マズかったかな?」

「いえ、マズくは無いです。それどころか、どう説明しようかと思っていたので、逆に助かりました」



 ファンタジーに疎い、というか無知な立花さんに、スキルというものをどう説明しようかと悩んでいたから、こいつは女神様のファインプレイだ。さすがは女神。ここは一つ、どうやって説明したのか参考にさせてもらうとしよう。



「それで女神様は、スキルについて何と説明していましたか?」

「えっと、たしか……」



 説明を受けた時の事を思い出しているのか、空中に視線を彷徨わせた立花さん。そして、



「困った時にズバーンと助けてくれる、凄く便利な能力だと言ってたかな?」

「雑! それに語彙力ごいりょく!!」



 何の参考にもならない説明だった。女神とはいえ所詮はぬいぐるみ。そんなもんか。期待した俺がバカだったな。



「ま、まぁ良いでしょう。それで、他にはどんなスキルをお持ちですか?」

「他のスキル?」



 掴んでいた肩を離すと、ささっと俺から距離を取る立花さん。その距離感に、少しばかり寂しいものを感じたがまぁ良い。突然掴んだ俺も悪いしな。

 それにしてもえらい待遇の違いだな、おい。俺なんてスキルがあるって知ったのはゴブリンに殺されそうになった時だっていうのに、勇者にはずいぶんと優しい女神様だ。その優しさを少しは俺にも分けて欲しかったぜ。



「……えっと他には、【女神の加護】と【言語疎通】だけみたい」

「……それだけ?」



 率直な感想だった。世界を救えという割にはあまりに少なすぎないか?

 もしかして、あの女神様は思った以上にケチなのか? それにしても女神の加護とは一体? まぁ解らない事はあとで女神様クマさんに聞けばいいか。



「それは、もしかしてステータス画面で調べたのですか?」

「ん~ん、これはこの世界に来る前に、女神様から直接教えてもらったんだけど」

「直接教えてもらった? ってことは、女神様に会ったことがあるんですか?」

「いや、直接会った事は無いよ。二回ほど姿を現してくれたけど、全部夢の中だけだったし。……いや、夢っていうとちょっと違うかな~。女神様と会っている時、私も意識はあったから」



 首を振って否定する立花さん。俺はともかく、自分が召喚した勇者の前にも姿を現さないとか、どんだけヒキニートを拗らせてんだ、あの女神様クマさんは。



「そうなんですね。解りました。では、取得可能スキルは何がありますか?」

「取得可能スキル? なにそれ?」

「はい、ステータス画面にあるはずですが」

「ちょっと待って」



 言って、空間に指を走らせる立花さん。が、その表情が段々と険しいものになっていき、最後には、眉間の間に皴を作る。



「……無いんだけど?」

「え? 無い?」



「済みません」と断ってから、立花さんのステータス画面を見る。が、確かにどこを探しても【取得可能スキル】は無い。どうなってんだ?



「なにか、マズい感じ?」



 不安そうにそう訪ねてくる。



「い、いえ。そこまでマズくはないですよ。きっとレベルが1だからでしょう」

「そうなの? ほんと?」

「えぇ。よくあるやつですから、心配しないでください」



 よくあるやつどころか、この世界自体ド素人なのだが、美少女にいつまでも不安そうな顔をされると、こっちの気が持たないので誤魔化す。あとで女神様クマさんにでも聞いてみよう。



「それで、他には何か女神様から教わった事はありますか?」

「他には無いよ、特には。……ただ」

「ただ?」

「……この世界を早く救って欲しい、とだけ」

「……そうですか」



 たった3個のスキルしか与えず、そのスキルの説明すらしない。しかも、自分の要件だけを伝えるだけなんて、ちょっと余裕が無さすぎじゃね? よっぽどこの世界は危機に瀕しているという事なのか。


 まぁどれだけこの世界がヤバかろうと、俺がやるべきは立花さんをきたえるって事に変わりはない。立花さんと一緒に魔王を討伐して、その後に待っている勇者ライフを満喫するだけだ。



「なら、少しでも早く立花さんのレベル上げをしないと。早速、行きましょう」

「はい」




 こうして、ある程度の準備を終えた俺たちは、村を出るため南門へと向かう。さぁ、いよいよ実戦訓練だ。

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