第18話 悪事の片棒


 少し高くなった陽が俺たちを照らす中、宿屋の女将さんから教えてもらった、村に唯一有るという万屋は、なんと立花さんと初めて出会ったあのレンガ壁の家屋だった。おいおいマジかよ。波乱の予感しかしねぇんだが。



「あれ、ここって?」

「ささっ、入りましょう!」



 立花さんも何かに気付いたようだが、面倒になる前にとっとと入っちまおう。



「御免ください」



 他の家に比べ一回り大きい万屋の木製の扉を引くと、「カラン」と扉に付いていたドアベルが鳴る。

 外観に比べ中は思っていたよりも広く、二段に設えてある木の棚の上には、くわや鎌などの農具、服や布、剣や弓矢といった武器、木の盾や革鎧の防具などが乱雑に置かれていた。やべぇ、ワクワクすんな!



「色々ありますね。これならば装備が整えられそうです。とりあえず色々と見てみましょうか」



 入口付近に立ち、キョロキョロと店内の様子を窺っている立花さんに中に入る様促しながら、近くの棚にあったナイフを手に取る。

【簡易鑑定】すると〈鉄のナイフ〉と出た。簡易鑑定じゃなく、もっとマシな鑑定スキルなら、もっと色々と判るのだろうか。


 ただの鉄ナイフだけど、今の俺のメイン装備である木の棒より、遥かに良い武器だな。これから先、立花さんを魔王の下に連れて行くのにいつまでも木の棒って訳にはいかないし、そろそろ次の装備を手に入れても良い時期かもなぁ。今は宿屋に置いてある相棒ともそろそろお別れかもしれない。だが捨てるなんて出来ないし、少しだけ折って、些末な収納アイテムポケットに仕舞っておくかな。



 コトっとナイフを棚に戻し、親離れならぬ相棒離れの時が来たのだと感慨にふけっていると、おずおずと立花さんが俺の傍に寄ってきた。



「あの、御供さん、ちょっと良い?」

「……何でしょう?」



 声に振り返ると、立花さんが歯切れ悪くモジモジモゴモゴとしている。どうしたんだ、トイレか?

 って、バカか。でも、なんだ? まさか武器を見て怖くなったのか? でも剣道部だって言っていたし、竹刀を見慣れているよな。まぁ、竹刀と刃物じゃ全然違うか。そうすると何だろ、見当が付かない。


 立花さんが言い辛そうにする理由が見当たらず、続きを待つ。すると申し訳なさそうに、



「あの、言い辛いんだけど、そろそろお金が少なくなってきてさ」

「……それで?」

「その、出来れば少しでもお安い物をご購入して頂けたらなと……」



 そこまで言って、スッと顔を横に向ける。そこには、ナイフと同じく鉄で出来たショートソードが一振り。──あ、そういう事か。


 昨日の飯代も宿賃も立花さんに借りた俺は、現在立派なオケラ野郎だ。

 そんな俺が装備が欲しいと店に入り、色々と物色して万が一にでも高い物を欲しがれば、魔王討伐を依頼した立花さんはそれを断る事が出来ないだろう。だが、懐具合も厳しくなってきている。魔王討伐に向かう以上、旅費は必要だ。なので、欲しい物があったとしても安い物で勘弁してくれと言っているのだ。

 女子高生に財政状況の心配をさせるなんてあまりに情けなく、溜息も出ない。仮にも社会人が何をやっているんだか。



「……すみません。お金に関してはまぁ任せてください。当てがありますから」

「え、そうなの?」

「えぇ。なので、立花さんも欲しいのが有れば、遠慮せずに言ってくださいね」



 お金の心配をさせてしまった事を詫びながら、立花さんにも購入を勧める。各々の物に値札は付いていないが、まぁそんな高い物でも無いだろう。なにせ最初の村だ。ひのきの棒も薬草も売ってないが、これがゲームだったら最安最弱のアイテムしか無いはず。



 そんなやり取りをしていると、緑の前掛けを身に着けた太ったおっさんが店の奥から出てきた。やはりというか案の定というか、やはりあの時立花さんと言い争っていたおっさんだ。前掛けをしている所を見るに、奥で作業でもしていたのかも知れない。



「へい、らっしゃい! ……ってなんだよ、あの時の兄ちゃんと勇者様かよ……」



 俺たちを見て、あからさまに営業スマイルを崩す店主。

 おいおい、そんなんじゃ客商売なんて出来ないぞ。嫌な客先でも笑顔で対応。それこそ俺の居た営業部のモットーだ。



「お前さん等相手に、売るモンなんて無ぇんだ。さっさと出ていってくんな」



 そんなモットーなど毛ほども持ち合わせていない店主が、年季の入った小さなカウンターから出て、シッシッと手を振ってくる。まるで犬ころ相手みたいな対応に、さすがに腹も立ってきた。



「おいおい、こちとらお客様だぞ? お客様は神様って言葉を知らないのか?」

「そんな言葉は知らないし、お前等を客扱いした覚えも無いんでね」



「フンっ!」と、腕を組んで鼻を鳴らす店主。一向に態度を変えようとしない店主に呆れてくるが、まぁいい。何も売ってくれないなら、こっちが売ってやろう。



「そうかよ。何も売らないってんなら、じゃあ逆にこっちが売ろうじゃないか」

「……なに?」

「御供さん?!」



 まさに売り言葉に買い言葉。それに店主はピクリと肩眉を上げ、立花さんは俺の袖を掴む。



「大丈夫ですよ、立花さん。何もケンカを売ろうっていうんじゃありませんから」

「でも」

「ほう、面白れぇ。ケンカじゃなきゃ何を売ってくれるってんだ、兄ちゃん?」



 止めに入ってきた立花さんを、やんわりと制しながら店主に向けてニヤリと笑うと、商売人らしく興味を示した店主。良いねぇ、そうこなくちゃな。



「店主、悪いんだけど俺たち金が無いんだわ」

「金が無ぇだぁ!? チッ、何を売ってくれんだと思ったら、冷やかしじゃねぇか! ならとっとと帰んな!」



 怒鳴り、唾をまき散らす店主。汚ねぇな、おい。


 その店主にビシッと手の平を突き付け、



「まぁそう怒りなさんなって。そこで相談だ、店主。──ここって万屋だよな?」

「あぁ。肉屋にでも見えるか?」

「いや、見えねぇよ。そうか、万屋か。なら要らない物の買い取りをしていないか?」

「買い取り、だと?」



 店主が片眉を上げる。俺の読んだラノベの話だが、辺境の貧しい村の万屋では、不用品や中古品の買い取りを行うっていう設定があった。そういう村では、要らなくなった物でも鉄とかは貴重で、それ等を買い取った万屋が修理・加工して、再度商品として販売するシステムだ。それがこの世界でもやっていると踏んだ。まぁ、売りたいのは鉄じゃないし、本来なら冒険者ギルドで売りたかったんだが、この村にはそういった施設が無いらしいし仕方ない。



「なんだぁ、どこかでくすねたモンでも売りつけようって腹積もりか?」

「そんなんじゃねぇよ。ただ、これから見せるドロップアイテムを買い取って欲しいんだ」

「ドロップアイテムだぁ? そんな大層なモン、どこにある?」



 フンと鼻を鳴らし、キョロキョロと見回す店主に構う事無くカウンターまで行くと、そっと【些末な収納アイテムポケット】を開く。そして、収納欄にあった魔石を何個選ぶと、そっとズボンのポケットに手を入れて魔石を握り上げ、カウンターの上に無造作に放り投げた。



「──お前、これをどこで!?」

「なぁに、ちょっと森の中でね。さぁ、店主。幾らで買い取ってくれるんだ?」

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