第一五話「死刑宣言」

 白い粉の件が一段落した後で、兄妹はリビングのソファーでお茶を飲みながら、大好きな旅番組が始まるのを待っていた。

「今日はどこの国を旅するのかな? 楽しみね、兄さん♡」

 先程のダウナームードとは打って変わって、ウキウキとした表情で唯が言った。

 ……闇落ちした唯もそれはそれで悪くはないが、やはり笑顔の唯が一番だな……直人はほっと胸をなで下ろしていた。

 それにしてもだ! せっかくの大チャンス!!

 ”妹と愛の逃避行”を断ったのは失敗だっただろうか!?

 直人は今になって少し後悔していた……

 しかし……しかしだっ! 生きてさえいればいつかチャンスは来る筈だ! いつか愛する妹と手と手を取り合って駆け落ちして見たい!! ……迫り来る追っ手を逃れ、はからずも……はからずもだ……そこが重要だ……旅先で盛り上がってしまった俺達二人は……あんなことや……そしてこんなことまで……直人の頭の中で、筆舌尽くしがたい新しい倒錯的な欲望が生まれていた……


 スポットCMが終わり番組が始まる。

 ……俺達勇者は旅には行けないが、旅番組を見る権利ぐらいはある!

 直人は心の中でぼやいていた。

 ……しかしだ!?

 テレビに登場したのは、司会者歴うん十年のいつもの彼ではなかった。

 画面中央にはこの局のアナウンサーであるスーツの男、右手にはテレビで見たことのあるお笑い芸人のコンビ、左手には軍事評論家を思わせるいかつい顔のコメンテーター、そしてその隣にはMCとおぼしき可愛らしい女の子がチョコンと椅子に座っていた。

 アナウンサーが良く通る大きな声で第一声を告げた。

『報道特集です!』

『今晩は予定されていた番組の放送を中止して、今世間を騒がしているこのニュースを生放送致します!』

 神妙な面持ちを崩さないスーツ姿のアナウンサーが、超真面目腐った態度で話し始めた……まるで明日世界が終わることを告知する様な語り口だった。

 アナウンサーの前置きと同時に画面にでかでかとテロップが映し出される。それをアナウンサーが、相変わらずの良く通る声で読み上げる。

『新人勇者桐生兄妹! 初戦でスライムに惨敗!!』

『再起不能か!? 史上最弱のアホ兄妹!!!』

「ブ―――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」 

 兄妹は揃って口に含んでいたお茶を残さずテレビに吹きかけていた。

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホ、ゲホホホホッ!!」 

 兄妹はこれも揃って、気管支に入ったお茶により激痛で藻掻き苦しんでいた。

「なっ! なななななっ! 何なのよお――――――――――――っ!?」

 唯は激痛に悶えながら物言わぬテレビに問いかけていた。

『いっやあ~~ほんっとに~~、無様でしたねえ~~~~~~~~~!!』

 お笑い芸人のコンビ“ポンちゃん”の高橋が、テレビの向こう側で目下もっか視聴中の兄妹に突っ込みを入れた。

『まさかっ! まさかですよっ! レベル1のスライムに負けるとは夢にも思いませんでしたわ~~!』

 視聴者を代表しての意見だろうか? 相方の田辺が更に駄目押しで、テレビの向こう側で悶え苦しんでいる兄妹に突っ込みを入れる。

『初戦からこれでは、ほんっとにお先真っ暗ですな~~。彼等が勝てる相手は内の相方ぐらいですな!』

 田辺が怪物並みに怖い顔で有名な、高橋の怖顔こわがおをネタに使った。

『ちょっと、田辺君! ワシは人間や!』

 ポンちゃんのお約束の一つであるネタが炸裂した瞬間だった……それはともかく、アナウンサーがぽんちゃんの掴みを的確に繋いで行く……

『そうですね、怪物の討伐を行うのが勇者の仕事であり、私達は毎年多額の税金を“討伐料”として納税しています。本当にしっかり働いてくれないと困りますね!』

 まるで兄妹がテレビを観ていることを知っているかの様な口振りだった。アナウンサーが真顔で紡ぐ言葉が、兄妹の胸をグッサグッサと的確に貫いて行く……

『あっ! 今中継が繋がりました……』

『下北沢の鈴木さん! カメラをお渡しします』

 そこでカメラはスタジオから人気ひとけの無い下北沢を映し出した。


『現場の鈴木です!』

 そこには緊張した面持ちでマイクを握る男性レポーターが映し出されていた。顔面は完膚なきまでに蒼白であり、マイクを握る手は小刻みに震えていた。

 彼の背後には倒壊して屍と化した下北沢南口商店街が映し出されている。

 賑わいの消えた商店街、瓦礫と化したビル、アスファルトに刻まれた深い皹、全てが痛ましく、その映像が戦闘の凄まじさを十二分に物語っていた。

 一瞬スタジオの全員が息を飲んだ。そこが戦場以外の何物でもなかったからだ。

『今私は、勇者・桐生兄妹とスライムが激闘を繰り広げた正にその現場に来ています!』

『見て頂ければ分ると思いますが、昼夜を問わず一年中賑わっていた商店街に今や人影は私達を除いて他に有りません』

『最も戦闘の激しかったここ下北沢南口商店街では、道沿いにビルの損壊が激しく、立ち入るのは大変危険な状態になっています』

『又、勇者が討伐に失敗したスライムが、ここ下北沢に今も潜伏しているものと思われます!』

『番組を視聴中の一般市民の皆様は、決して立ち入らないで下さい……私達も本当の所、今直ぐここを脱出したい所です』

 ……では何故お前はそこにいるんだ!?

 ショックで灰に成りかける寸前の直人が、テレビの中のレポーターに何とか突っ込みを入れた。

『それでは現場の鈴木が生中継でお伝えしました。スタジオさんにお返しします』

 早く中継を終えたくて仕方がなかった鈴木のレポートが終わった……

『鈴木さん、ありがとうございました!』

『現場では甚大な被害が出ていますが、復興はいつになるんでしょうか? 黒岩さん?』

 そこでアナウンサー同様、ビシッとスーツを着こなした黒岩が応えた。

 テロップに映し出された彼の肩書には“怪物コメンテーター”なる極めて胡散臭い名称が刻まれていた……

 ……よくそんな職業でご飯が食べられるな!? え~~っ! 黒岩よ!

 灰になりかけの直人が残りの力を振り絞って、再びテレビに突っ込みを入れる。

「まず怪物を倒さなければ復興もままなりませんな!」

 “怪物コメンテーター”黒岩が言い放った。

「世田谷区のどこぞに潜んでいると思われるスライムを早々に叩き潰し、その後で“復元魔法士”によるリドゥ魔法で街を復興させなければなりません!」

「……………………」

 コメンテーター達はMC役の女の子を除いて、皆神妙な面持ちで彼の発言に耳を傾けていた。

「この規模であれば五人の“復元士”で一週間程度でしょう」

 “復元魔法士”……“復元士”とも呼ばれる彼等は、勇者と怪物との戦いで壊れた街を“復元魔法・リドゥ”で、元の状態へと巻き戻す災害復興を担う修復のエキスパートだ。

 直人には詳しい魔法発動のメカニズムは分からないが、”リドゥ魔法”は事物の持つ時間に干渉し、事物の時間を巻き戻すことによって、壊れた街を復元するという……

 ……であるならばだ……それを例えば死んだ人間に対して実行した場合はどうなるのか!?

 不思議な話ではあるが……結果は変わらない!……というのがその答えだった……

 “リドゥ魔法”で死者を再生することは出来ない……

 死んだ勇者は生き返らないし、死んだ市民も生き返ることはない。

 つまり勇者と怪物との戦いで“復元士”が修復できるのは“街”のみである。

 それは一体何故なのか!?

 神のことわりに触れるからだろうか!?

 今まで様々な実験や議論や憶測がなされて来たが……結果としてその理由は今までの所誰にも分かってはいなかった。現代版ミステリーといった所だろうか!?

 ――しかしだ!

 一つだけ確実に分かっていることが直人にはあった……

 奴等の給料は頭に来る程高い! ということだった。

 “復元士”は現代の怪物が跋扈ばっこする世界において、なくてはならない高給料を約束されたエリートだったのだ。勇者同様魔法適性のある人間に対して、定期的にこの職業への募集が行われているが、こちらは勇者とは正反対に人気職業ナンバーワンである。

 勇者ほどではないにしろ……奴等の給料は高い!……狭き門ではあるが、しかし彼等が仕事中に死ぬことはまずなかった……加えて安定した未来が約束されているのだ……つまり奴等は確実に異性にモテる!!!

 チッ!

 ……最後の所が一番納得いかないな……直人は思わず舌打ちをした。

 しかしそこで再びアナウンサーの良く通る声が聞こえ、直人はモテ男への嫉妬心から我に返っていた。


「スライムがどこに潜んでいるのか気になる所ではありますが、ここでスライムを取り逃がした新人勇者への街頭インタビューをお届け致します!」

 ……まだやるのか!?

 ……まだやるの!?

 ――兄妹はこの特番を前にしてテレビの前で灰になっていた……ショックの激しさの余り“テレビを消す”等の反応を起こすことさえできなかったのだ。

 しかし灰と化した兄妹に対して、更に無慈悲な映像が追い打ちをかけた。

 生放送ゆえの、無編集で流された、無責任な街頭インタビューが、兄妹に更なる鞭打ち……ではなく追い打ちを掛ける……

「桐生兄妹――!? ウイ――――ッ、ヒイイィ――――ック……あんの餓鬼どもめえ、あれで高給取りなんだろおぉ! 俺に戦わせろおおおお! 最近仕事ねえんだよおっ! スライムなんかなぁ――この俺がデコピン一発で倒してやるぜぇ!」

  *赤羽の酔っ払いのオヤジ談。

「フライパンよ、フライパン! 勇者なんて必要ないでしょ! フライパンで殴れば終わりよっ!」

  *世田谷区北沢から避難中のオバちゃん談。

「カメラ目線、超キモ~~イ! ねえ、お願いだから早く死んでっ!」

  *渋谷センター街の女子高生談。

「唯ちゃ――ん♡、ゆいちゅあ――ん♡♡♡ これ見たらあ、オ、オ、オジサンとお……一緒にいぃ……デ……デデデデ……デートしてえ♡ そ、それからあ……一緒にいぃ……ハア……ハァハァ……○○○○○○☓☓☓☓☓☓……ピィ――ピピピピピピピ! ピイ――――――――――――――ッ!!!」 

  *秋葉原のお宅談。

 最後にお宅が発した大量の放送禁止用語と共に、カメラは急遽スタジオへと戻されていた……

 顔面蒼白のアナウンサーが流れ落ちる冷や汗と共に、謝罪の言葉を全国の視聴者へと告げた。

「え――、一部音声に不適切な言葉が混じっていたことを皆様にお詫び致します……大変失礼致しました……」

 アナウンサーが深々と机に額を付けるまでお辞儀をした。

 賢明な判断だった……


「ところで……街頭インタビューでは実に様々な意見が聞かれましたが、アイドルグループ・西国分寺58のクスノキマリアちゃんは勇者の戦いをどう思いましたか?」

 アナウンサーも気を使ったのだろうか? それともギャラを払っている以上何かしら発言をしやがれと怒ったのだろうか!? 今まで満面の笑顔を湛えつつも、不気味な沈黙を守っていたアイドルに話を振った。

 ……がしかしそれがいけなかった。

「マリアはあ、スライムも倒せない勇者なんかあ、死刑にすべきだと思いまあ――す♡」

 ――勇者に極刑を下すアイドルがそこにいた!

 一瞬スタジオの誰もがリアクションを忘れその場で凍り付いていた……

「こ……恐いわ~~! 最近のアイドルは冗談が飛躍しとるな~~」

 一拍遅れて芸人の田辺が何とかフォローを入れる……

「いいえ、マリア本気です♡」

「!?」「!?」「!?」「!?」

 一人の司会者と三人のコメンテーターの頭の上に、いずれも“!?”マークが浮かんでいた。

 クスノキマリアは満面の笑みを絶やさないまま、兄妹の極刑宣言に駄目押しをしたのだ。決して消えることの無い満面の笑み……逆にそれが彼女の抱えた闇の深さを物語っていた……

「本気です♡♡♡」

 ――アイドルグループ・西国分寺58所属――会員番号九番、クスノキマリア。

 勇者のことについては良く知らない彼女ではあったが、今誰が一番可愛いかに関しては他の誰よりも分かっている自信があった……そう、彼女はデビュー以来人気急上昇中の“桐生唯”のことを、他のどのアイドルよりもライバル視していたのだ。

 そしてこう思ったのだ……

 彼女の可愛さは脅威だ! そして勇者は他の誰よりも注目される存在だ!

 私より可愛い子がいることを私は絶対に認めない! だから……だから死んじゃえ!

 と…………

 勇者とスライムとの戦いなどには一切興味はない……唯の可愛さに対する嫉妬心だけに彼女は支配されていたのだ。


 その時、テレビの前で灰と化していた兄妹の頭上からは、揃って白煙が立ち昇っていた。

「アハ、アハ、アハ、アハ、アハハハハハハハ………………」

 可哀そうに……唯の口からはエクトプラズムが放出され、宿主の身体を離れたその哀れな存在は、リビングの天井を迷子の子供の様にふらふらと彷徨っていた。

 直人はほぼ灰と化しながらも、最後の気力を振り絞り、震える手でテレビのリモコンに何とか手を延ばした。

 ――ブチイイイイイッ!

 手応えは合った……直人はテレビのスイッチをオフにするという極めてハードなミッションに何とか成功したのだ。

 しかし……

「テレビ恐い! テレビ恐い! テレビ恐い! テレビ恐い! テレビ恐い! テレビ……」

 ……何とかエクトプラズムを自分の身体に取り戻した唯は、リビングのソファーで下を向き膝を抱え、呪文の様に同じ言葉を繰り返していた……全国のテレビを破壊する闇魔法が発動しないことが不思議なくらいだった……

 テレビ恐怖症と化した兄妹が、トラウマを克服し再びテレビのスイッチを入れたのは、アイドルによる死刑宣言を受けてから一か月後のことだった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る