第一三話「一撃の男」

 ――兄妹は一週間ぶりに自宅へと帰って来た。

 しかしかつて彼等を温かく迎えてくれた我が家は、もうこの世界のどこにも存在しなかったのである……

 日本医科大学付属病院で、犠牲者の死肉をハイエナの如くあさるマスコミの追求を振り払い、兄妹を乗せた黒塗りのロールスロイスはようやくにも自宅へと到着した。

 病院のある下町情緒溢れる千駄木とは打って変わって、兄妹の自宅のある渋谷区南平台町は閑静な住宅街である。近隣にはフィリピン大使館、アラブ首長国連邦大使館など各国の大使館があり国際色も豊かだ。又、少し歩けば地元民の憩いの場である西郷山公園もあり、高台から見下ろす代官山の景色がとってもお洒落である。

 そう、兄妹の住むこのエリアは、高級住宅街の持つ平和で穏やかな空気が漂っているエリア……の筈だったのだ……

 唯一、勇者・桐生兄妹の自宅周辺を除いては……


 勇者である兄妹の自宅周辺には、いつもの様にアサルトライフルやらショットガンやら手榴弾やら、その他ありとあらゆる物騒な重火器を携えたSP達が、今日も懲りずに鋭すぎる眼光で警備の目を光らせていた……

 彼等は勇者の自宅を暴徒やテロから警護すると共に、勇者の逃亡を阻止するという目的の基、四六時中監視も行っているのだ。

 本来は閑静な住宅街である渋谷区南平台町だったが、兄妹の住む自宅周辺だけは極めて物騒なエリアへと変貌を遂げていたのである……

 自宅を物騒な重火器を持った自称SP達に四六時中見張られて、安眠できる人間が果たしてこの世にいるだろうか!?

 彼等はSPではなく、“看守”ではないのか!?

 時として彼等の役割が“死刑執行人”になったりするんじゃないのか!?

 俺達兄妹は警護されているのではなく、軟禁されているんじゃあないのか!?

 俺達には熟睡する権利さえ無いのか!?

 加えて何故デュランダルには特殊な性癖を持った人間しかいないんだ!?

 兄妹ははっきり言って苦情が言いたくて仕方がなかったのだ。

 しかしだ! しかしである!

 未遂にこそ終わったが、兄妹には勇者業からの逃亡を企てた前科があったのだ……九九パーセントデュランダルにはばれている……下手に文句を言うこともできない。そう……苦情を言ったが最後、リアルに首がすっ飛ぶ可能性があったのだ……


 兄妹がロールスロイスから降りて自宅に近付くと、警備リーダーである岩田と彼の部下である田中が物騒なやりとりを行っていた。

「ボス! 勇者殿の自宅周辺には危険人物は見当たりませんでしたぜ。残念ながら……」

「残念ながら!?」

 岩田が部下を問いただす。

「はいボス! 敵を発見次第、アサルトライフルで迎撃行動に移ります。ネズミ一匹撃ち漏らしやしませんぜっ!」

 そう言いながら田中は、ゼーハーゼーハーと変質者さながらの荒い呼吸を繰り返した。

 彼はひょろりとした背の高い男で、頬は痩せこけ眼光は刃物さながらにギラギラと鈍く輝いていた。万人を問わず薬の切れたイカれたジャンキー以外には見えないに違いない……兄妹は幸か不幸か刑務所の外には出して行けない見た目の人間に自宅を警護されていたのである……

 田中は一息に上司に返答すると最後にフンッ――! と鼻を鳴らした。

 ……コイツ!

 人を撃ち殺したくて仕方がないんじゃないのか!?

 直人は田中の人格をいぶかった……

「言う様になったな田中、その息だ!」

 こともあろうか上司の岩田が、部下のサイコパスな仕事っぷりを褒め称える。

「私は本部に呼び出されることが多い。留守中、警護をメインで担当するのは貴様だ。まあこれからも期待しているぞ」

 岩田は言い終わるとガハハハハッ! という大笑いをしながら部下の肩をバンッバンッと叩いて激励した。

 ……おいっ! そこ期待するとこかよっ!

 お前の薬中の……多分……イカレタ部下は、“ネズミ一匹撃ち漏らしやしませんぜっ!”などと危険極まりないことを言ってたじゃあないか!? 直人は岩田に心の中で突っ込みを入れていた。

 はっきり言ってこの二人……話しをしたくないタイプの人間だ……

 しかし、自分は剣道家だ。武道において挨拶をすることは他の何よりも重要視されることなのだ。

 間違ってもらっては困るが、精神修養の為ではない……道場でもし他の道場性から嫌われれば……後々袋叩きにされるのがオチなのだ……そう、何よりもシメられない為にまず挨拶が肝心なのである。

 直人は彼等の人格を訝りながらも一応丁寧に挨拶をした。

「いつも御苦労様です……」

「様です……」 

 直人に続き唯が小さく挨拶をする。

 唯は一目見ただけで奴等の危険性を察知したのか!? 秒速で直人の背中の陰に隠れていた。

 有事の時は兄貴を盾として使う……妹が永い兄妹生活で獲得した基本技能の一つだった……


「留守中、自宅の警備はどうでしたか?」

 直人は危険な言葉を吐きまくっていた田中の方にあえて話しかけた。

「問題などと言うものは一切起こり様がありません、勇者殿!」

 田中は確信に満ちた表情で言い放った。

「戦果は上々であります!」

「戦果…………とは!?」

 直人は嫌な予感に駆られて思わず聞き返した。

「はっ! 桐生勇者殿。報告させて頂きます」

「マスコミ、パパラッチ、テロリスト、ヤンキー、冷やかしにやって来た近所のクソガキ共……あっ、これは言い過ぎましたな……御近所のお子様方、全て“一撃”で追い返しています!」

 デュランダルの勇者自宅警備担当官・田中は、その刃物の様に鋭い眼をギラリと光らせて物騒なことを言い放った。

 一撃!?

 一撃とは一体何だろうか!?

 こいつらは俺達の留守中、近隣で一体どんなことをしたのだろうか!?

 俺達にも一応御近所付き合いというものがあるのだ……

 直人は不吉な予感に襲われて貧血気味になり、頭がクラクラするのを感じた。

 どだい物理攻撃など加えなくても、近所のクソガキ共……じゃなかった……御近所のお子様達であれば、奴に睨まれただけで確実にちびってしまうに違いない……

 もし面識がなければ、田中は通報がマストの超危険人物にしか見えないのだ。

「一撃とは具体的には何をしたのですか?」

 直人は田中に質問をした。

 穏やかな口調とは裏腹に、その目は全く笑ってはいなかった……

「ハッ、桐生勇者殿。具体的には言えません!」

「……………………!?」

「まあ守秘義務という奴ですな。ざっくり言えば、敵を追い払う迎撃行動に該当します!」

 ……嫌な予感しかしない。

 直人は田中を見つめた……無論1ミリ秒たりとも長く見つめていたくはない相手ではあったが……

 田中が真っ直ぐに直人の目を見つめ返した……

 田中の目は……一体何だ!?

 奴の目はまるで……この俺様にまさか文句でもあるのかよっ!? ケッ! てめえの汚ねえ鼻の穴を銃身でこじ開けてショットガンで打ち抜くぞ! ……とでも言っている様に見えた……奴の目はその様に語っていたのだが、実際に小声で口にも出していた……

 両者の間に得も言われぬ緊張が走った。当然である! 鼻の穴に銃身をぶち込まれて、ショットガンで打ち抜かれたい人間がこの世にいるだろうか!?

 直人の背中の後ろで唯の「ひいっ!」という声が聞こえた。

 ちなみに唯は妹の基本技能である“兄貴の盾”を絶賛使用中だった……盾の外に出る気は毛先も無いに違いない。

 

 ……これ以上は時間の無駄か!?

「行くぞ、唯」

 田中から視線を外し直人が言った。

 “一撃!”という行為が大いに引っ掛かった直人ではあったが、これ以上本人に深く突っ込むのは止めておくことにした。

 お互いに知らない方が良い……ということもあるものなのだ……多分。

 それが良いことなのか悪いことなのかはともかく、直人が又一つ大人の階段を登った瞬間だった……実際の所直人は勇者に成って以来、三段跳びで大人の階段を登り続けていた……

 それはともかく……マスコミに悪評を広められ、自宅への襲撃を心配していた直人だったが、外から家を見る限りでは被害は無さそうだった。

 奴の言う“一撃”とやらがが効いているのかもしれない……

 今直ぐネットで最近の渋谷区一帯の死亡記事を探そう……それだけは絶対に譲れない直人だった……

 ――こうして兄妹はデュランダルのSP達に最敬礼で見送られながら、ようやくにも桐生家自宅への帰還を果たしたのだ。

 勇者に成りスライムに負けた兄妹にとっては、只家に帰ることが茨の道だったのである。

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