オレとアイツとビキニアーマー

鈴木えんぺら@『ガリ勉くんと裏アカさん』

第1話 迷宮都市の片隅で

その1

『大陸で一番の街と言えば?』

『拠点を置くならどの街がいい?』

 冒険者たちに尋ねてみれば、おそらく誰もが口を揃えて答えるだろう。


『迷宮都市アガルタ』と。


 ここアガルタはそんな街である。

 街の中心に大きく穿たれた地下へ続く穴は、遥か古代に隆盛を誇った魔法王国こと通称『古王朝』の遺構とされる超巨大迷宮の入り口。

 いまだに地図が完成しない、果てしなく深い未知の闇。

 奈落へと続く暗黒の洞窟を囲むように、分厚くて高い城塞が聳え立っている。

 帝都と比しても遜色ないほどに堅牢な壁の外には――街があった。

 迷宮に挑む冒険者たちが大陸各地から、あるいは海を越えて集まった。

 彼らを相手にする武具やら道具やらを扱う商店や冒険者ギルドをはじめとする施設(中にはあまり表では口にしづらいサービスを提供するものも)が後に続いた。

 畢竟、人が増える。

 人が増えれば夜露を凌ぐための家屋が増える。

 冒険者でない住民を相手にした普通の商店も増える。

 そんなこんなで数百年。

 結果として、新しくできた街並みで古代迷宮に蓋をしているような、傍から見れば危なっかしいことこの上ない不可思議な都市が出来上がってしまった。

 それが迷宮都市アガルタである。

 まさしく冒険者にとっては聖地と呼ぶにふさわしい街である。


 そんな街の片隅に冒険者御用達な武具屋が軒を構えていた。

 建付けの悪いドアを開けた真正面、年季の入った木製のカウンターを挟んで豪快に白髭を蓄えた筋骨隆々な男(大柄な体格を考慮すれば土と鍛冶の妖精族ドワーフではない)がムスッと口を引き結んで、腕を組んだまま睨みをきかせている。

『客商売とは?』と首をかしげたくなる光景ではあるが、とりあえず存在感ありすぎる店主は置くとして。

 さほど広くもない室内は薄暗く、そして所狭しと武具が並んでいた。

 剣があった。

 槍があった。

 槌もあった。

 鎧があった。

 兜があった。

 楯もあった。

 用途の良くわからないものもチラホラと目についた。

 まっさらなものもあったし、使い古されたものもあった。

 職人の手によると思しきものもあれば、地下迷宮から出土したらしきものもあった。

 総じて物騒極まりない一角に、ひと組の男女の姿があった。


 男は――ひと目でわかるほどに人間だった。

 短く乱雑に鋏が入り、後ろに流された髪の色は、黒。

 彫りの深い整った顔立ちの中にあってひときわ目立つ瞳の色も、黒。

 黒目黒髪。

 肌は日に焼けているが、基本的に薄い色合いをしているものと見えた。

 帝国人ほど白くもないし、砂漠の民ほどには黒くもない。

 特徴的すぎる容姿は、しかし男の出自を明らかにしない。

 年齢は一見しただけでは判断し難い。

 険しい表情は相応の修羅場をくぐってきた過去を感じさせるが、顔のつくりそのものだけを見るなら十代半ばと言われても納得できてしまう。

 なんとも不思議な顔立ちだった。

 背丈は高く、動きやすさを優先したと思われる衣服の隙間から見える腕は細身でありながら筋肉がしっかり乗っている。

 身の丈ほどの大剣を背負い、要所を金属製の鎧で固めている。

 左腕にだけ鋼鉄製の手甲を嵌めているのは不思議と言えば不思議だが……まぁ、わかりやすすぎるほどに剣士然とした佇まいだった。


 もうひとりの女は――ひと目で人間と判断することをためらってしまうが、おそらく人間だった。

 耳の先が尖っていないから、おそらく人間。

 その程度の見分け方しかできない。

 もしも耳の先が尖っていたら、大陸でもっとも優美な種族とされる森と魔法の妖精族エルフと間違われてもおかしくない。

 それほどの美貌を惜しげもなく晒している。

 なお、性別を見間違うことはなさそうだった。理由は省略。

 頭部の右側でまとめられている髪は、そのひと筋からして繊細な金糸を彷彿とさせる。

 突出しすぎた美貌の中でことさらに印象に残る瞳の色は、真夏の空を思わせる青。

 金髪碧眼。

 隣の男とは対照的に、まるで日に焼ける様子を見せない肌はどこまでも白。

 帝国に住まう深窓の貴族令嬢ですら、ここまで美しく磨き上げてはいないだろう。

 それだけに、こちらはこちらで外見だけでは出自が判然としない。

 貴族令嬢ならば、冒険者なんて危険な職業に身をやつすことはありえないから。

 見た限りでは年齢は十代半ば――男とは対照的に、こちらは明らかに――と言いたいところだが、やはり素直に頷けない。

 あまりにもそのまますぎるがゆえに、却って怪しい。

 神がかった容姿の出来栄えを鑑みれば、何らかの特殊な力が働いているのではないかと疑いたくなる。

 そういう少女だった。

 背丈は男の肩ほどで、肌が見えるのは顔だけで、肢体はいかにも魔術師なローブに隠されている。

 腰には短剣を佩き、右手には樫の木の杖があった。


「ふぅむ……」


「うわぁ」


 そんな目立つふたりの前には、ひとつのトルソーがある。

 ここは武具屋であるから、それは鎧を展示しているに違いない……はずなのだが……


「まさか、こんなところでお目にかかることになろうとは……」


 男の声には深い感慨が滲んでいた。

 何なら抑えきれない感動すら滲んでいた。

 地下迷宮の奥で財宝を発見した時に似た声だった。


「……違和感半端ねぇ」


 女の声には呆れが混じっていた。

 現実離れした美貌からは想像し難い、ぶっきらぼうな口調だった。

 まるで男のような口ぶりは外見とのギャップが著しく、ことさらに引っ掛かりを覚える。


「待て、アクィラ。異世界だから、こういうものがあってもおかしくはないだろう?」


「何言ってんだクロウ? 異世界だからこそ、こんなものがあるわけねーだろっての」


 黒目黒髪の剣士は金髪碧眼の魔術師をアクィラと呼んだ。

 金髪碧眼の魔術師は黒目黒髪の剣士をクロウと呼んだ。

 お互いに横目で睨み合い、ほとんど同時に正面へと視線を戻した。

 ほつれだらけのトルソーの表面は、ほとんど露出している。

 正確に表現するならば、飾られていた鎧(らしきもの)が覆い隠している面積が少なかった。

 極めて少なかった。

 胸の周りと腰の周りだけだった。

 上下ともに湾曲した三角形がふたつずつ。

 上は左右に、下は前後に。少し離れて連なっている。

 それぞれの三角形は極細の紐らしきもので結ばれている。

 よくよく目を凝らしてみれば、三角形にせよ紐にせよ精緻な細工が施されている。

 相当な腕前の職人が技術の粋を尽くして形にしたことは容易に見て取れるが……これを鎧と呼ぶのは、この世すべての鎧と鎧職人に対する冒とくではないかとさえ思えてくる。

 そういう形状をしていた。


「よもや実在するとはな……ビキニアーマー!」


 クロウと呼ばれた男はこぶしを握って唸り、アクィラと呼ばれた少女は額に手を添えた。

 感嘆と呆然、まったく色合いの異なるふたつのため息が重なり合った。

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