仲間たちだって魔法少女を守りたい
165、俺は、悪役になる覚悟だったのに
よかったんだ、これで。
これでもう何度目になるかわからない言葉をダグは胸の内で繰り返す。チカを部屋へと閉じ込めてから、まだ数時間も経っていなかった。そのせいか、今の状況に実感が湧かない。
シャノンが言う。
「ダグ、良いのですか」
「何が」
「彼女の意志も聞いていないのでしょう」
それが、チカを閉じ込めたことについての言葉なのはわかっていた。わかっていて、ダグは適当な声で、間延びした返事を返す。途中に欠伸が混じらないことが不思議なほどのそれは、沈黙が落ちたままの部屋の天井に消えていく。
「しらねー」
「……ダグ」
「知らねえよ。正しいのかなんざ。だけどよ、これしかねえだろ」
そして、その続きは重く、床へと落ちていった。
シャノンが口を閉じ、古いパイプ椅子に座った他も閉じたまま。部屋に戻ってきたときは「ちゃんと説明しないのはボロ譲りか?」と軽口を叩いていたザクロでさえ、ダグの言葉にどこか遠くを見つめている。
解決策などない、ということだった。
「あいつはお人好しだ。今の状況でそんなやつを外に出したらどうなるか、わかるだろ」
「それでも、彼女には人としての権利があります。それを我々の一存で取り上げるのは彼女の心身状態の悪化に繋がりかねません」
「権利?」
シャノンが早回しの動画のように口を動かし続けるのを遮って、ダグは呆れたように鼻で笑う。しかし星一つない夜空の如く黒いその目は、一向に笑っていない。
天井を仰ぐ様にしてもたれかかっていた椅子の背から反動をつけて、ダグは身体を起こす。ガタン、と椅子の脚がダグの怒りを表すように強く床を打った。
「もう取り上げられてる。俺ら以外の、あいつの世界の誰かが、お人好しにつけ込んだ。力の代わりに未来を取り上げたんだ。なあ、そうだろ?」
「……かなりガタがきてる。骨は負荷がかかりすぎているせいでボロボロだし、筋肉も心臓も使い古したポンプみたいな有様さ」
ダグからの視線を受けて、ザクロが答える。そこにいつものような軽い口調は一切なかった。医者として精密検査で得られた情報をスワイプしながら、ザクロは話を続ける。武骨な腕からは考えられない、繊細な手つきだった。
「年齢に対して体内にダメージがありすぎる。どうも魔法ってやつが神経を興奮させてるからあの子は違和感を感じていないらしいが、ガキの身体には重すぎる反動があるんだろうよ」
ザクロは当たり前に「今普通にしてるのが不思議なほどさ」と説明を締め、ページをめくっていた端末を目の前のテーブルに置く。テーブルの欠けた天板の上で、まだ明かりのついた画面には異常を示す赤い下線が所狭しと引かれていた。
ボロは下を向いたまま何も言わず、ギルは小さく「クソ共ガ」と呟く。青髪の下の端正な顔は、これ以上なく歪んでいた。
「……悪趣味なやり方さ。まったく」
彼女の端末から離れた手が行き先を失い、宙を動く。赤い目でそれを追いかけながら、ザクロは吐き出すようにそう呟いた。
「あいつは置いていく。楽園の塔へは俺らだけで乗り込む」
「……言わないのですね」
「元はと言えば俺らの問題だ。それに――」
ダグは筋張った手のひらをきつく握りしめる。それこそ爪の先が骨に食い込むほど、きつく。
「――あの
その目がシャノンを見つめ、そしてついさっきまでチカの腕を握っていた手に落ちる。簡単に指先が一周するような細さに戸惑い、その細腕に重責を乗せていた自身と、チカを騙した奴らに怒りが沸いたことを思い出す。
「俺たちだけで決着をつけよう。あいつに頼るのはもうやめだ」
その言葉に、ボロが静かに頷く。もうダグの中では結論がでていることだった。彼は決めた。もう魔法の対価を、人の良い少女に払わせないために。
――しかし、そんな決意をぶち壊すような、轟音。
振動が伝わるのと同時に、テーブルの上の端末が激しいバイブレーションで暴れまわる。終いには振動で落ちたそれをキャッチし、画面を見たザクロが悲鳴のような声をあげた。
端末の震えは一瞬のもので、もうすでにおさまった。だがそれが天板を削るように打った音はダグの耳にこびりつく。
「あんの馬鹿っ、本気で死ぬつもりかい⁈」
吐き捨てるように言い、扉へと急ぐザクロ。その間、ダグはその場で凍り付いたように固まり、点滅する端末の画面を凝視する。ほんの一瞬だけ見えた、画面右下の少女の体調を示すリアルタイムの計測器が、狂ったように数字を緑から赤へと変える様が、目に焼き付いて離れない。
彼の心臓は耳の横で鳴っているのかと勘違いするほどに、激しくダグの胸を打っていた。
ザクロは急ぎ、チカのいる部屋へと向かおうとする。だが、ザクロが扉を開けるよりも早く、凄まじい勢いで近づいてきた足音が壊す勢いで扉を開く。
「やっぱり、私もいく」
「――――っ、いい加減にしろ!」
急いできたのであろう上気した頬に、光を失っていない瞳。死ぬ間際の人間とはとても思えないはつらつとした笑顔で、叶えることのできない願いを口にする少女の姿に、ダグは思わず反射的に叫び返し、シャノンが止める声も聞かずにその細腕を掴み上げていた。
「なんだよ、なんなんだよ! なんで大人しくしてねぇんだよ!」
「ダグ、聞いて。私――」
「死んでもいいってのかよ⁈ なあ、誰かを助けるなら命を投げ出してもいいって?」
言いたいことが上手くまとまらず、ぶるぶると震える自分とは反対に、冷静にまっすぐと見つめてくるオレンジ色の目が、どうしようもなく苛ついた。死に駆け足で近づいているくせに、間違ったことなどしていないと言いたげな態度に腹が立った。
それまで抑えつけていたものを爆発させ、ダグはチカの腕を揺さぶる。
「馬鹿だろ……っ馬鹿だ! あんたは馬鹿だ! そんな、利用されてるだけって、気づくだろ。身体も、ボロボロで、なのに、なんでっ」
「……うん」
「なんで、死に急ぐんだよ……」
しかしその勢いは段々と衰えていき、ダグの手はチカの手首を緩く掴んでいるだけになった。ぼたぼたと大粒の涙がダグの頬を伝い、顔を濡らしていく。
綺麗ごとなんて言わないでほしかった。死にたくないと喚いてほしかった。それなのに、どうして彼女はこんなにもおだやかにほほ笑んでいるのだろう。
その笑顔にまた苛ついて、けれどいつも通りのチカに安堵している自分がいて、無意識に少女を頼っていたのだと気づく。それが嫌で、シャノンに助けられたあの日から一歩も進めていないような気がして、ダグは乱暴に顔を拭った。
「ごめん、ダグ。……でもね、別に死に急いでるわけじゃないの」
チカの腕がするりと抜け、ダグの手を掴む。死に片足を突っ込んでいる人間とは思えないほど、その手は熱く、力強い。
「私、生きたい。生きて、ぶっとばしてやりたい!」
「っ!」
「だから、力を貸して! お願い!」
少女の眩しいほどの輝きに目を焼かれながら、ダグは握られた手にそっと力を入れる。
口を開けば嗚咽がでてきてしまいそうで黙ったままだったが、その手はしっかりと少女の手を握っていた。
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