120、子供のころは

 手を動かす。マネキンを掴んで、積んで、また掴んで、積む。


 中央にうず高く積まれていく手や足の塔を横目に、チカの脳裏には「賽の河原の石積」という文字が浮かんでいた。親よりも先に亡くなった子供たちがそこで石を積んで塔を作り、それを鬼が壊すという繰り返しの作業。

 幸いにもここに鬼はいないが、それでもマネキンを積むのは難しい作業であった。何せ部位の形がそれぞれ違い、あまりに安定しないのだ。


「ねえ」

「んだよ」

「見つけた?」

「いーや」

「こっちも同じ」


 ずり落ちないように比較的安定する胴の上に、甲がヒレのように平べったくなった足を乗せてさらに安定性を高める。不安定な関節の多い腕などは後に回した。まずは土台をしっかりとしたものにしないとすぐに崩れ落ちてしまうからだ。

 三度のマネキン雪崩を経験したチカは、組んだ土台の上にそっと五つ関節がついた、最早海苔巻きを作る巻きすのような見た目をした腕を乗せた。


「ねえ」

「んだよさっきから」

「こういうのって何か話してる方が早く終わる気しない?」

「そーか?」

「同じのばっかしてると、なんかぼんやりしてくるしさ」


 掃除でも片づけでもそうだが、何かをずっと繰り返し続ける作業というのは頭がぼーっとしてくるものだ。似たような動きばかりしているせいか、そういう用途のロボットにでもなったような気分になってくる。静かなのもよくなかった。決まった音しか響かない静けさは、更に思考をぼやけさせる。


 だからチカは少し大きめの声で、作業をするザクロに話しかけた。だんだんと目の焦点がずれ始めた自身に気づいたのだ。


「そーかい。なら、お嬢ちゃんの目が覚めるように、昔ばなしでもしてやろうか」

「昔ばなし?」

「ああ。あの野郎があんなちんちくりんになる前の話さ」


 チカの言葉に対し、意外にもザクロの返答は乗り気なものだった。彼女は五度目のマネキン雪崩から塔を元に戻しつつ、聞かなくても分かる「あの野郎」の話を始める。


「あいつは昔っからクソ真面目でよ。そこだけは今と変わらねえ。口を開きゃ規律規律で、ルールが服着て歩いてるような堅物野郎だった」

「へえ、ボロって昔からそうだったんだ」

「ああ。……そういやあの時はまだボロ、なんて名前でもなかった。アタシもあいつも、テルタニスの野郎がつけた名前のままで」


 そう言うと、ザクロはどこか懐かしむように目を細めた。アルバムをめくっているかのような口調は穏やかで、苛烈な印象ばかりを与えていた赤色も、心なしか今は柔らかく見える。


「知ってるかい? あの野郎、ガキの頃は泣き虫だったんだよ」

「え、そうなの?」

「そうそう。確か無断外出から帰って来たところを運悪くあいつに見つかったことがあってよ。で、ルール馬鹿でアタシに食って掛かってくるもんだから、ちょっと言い返したら、そりゃあもうびーびー泣いた」


 子供のころからガキ大将のようにふるまうザクロの、その光景があまりに簡単に想像できてしまってチカは小さく噴き出す。幼いころからあまり変わっていないのだろう。


「けど何度言い負かしても撒いても、あいつは諦めなくってよ。やめりゃいいのに鼻水啜りながら何べんもアタシに言いに来るんだ」

「ルールは守れって?」

「そ。『規則は自分たちを守るためにあるんだ』だの『そうしなきゃ駄目だ』だの、それがしつこいのなんのって」

「それで、最終的には?」

「アタシが根負けした。諦め悪すぎんだよ、あいつ」


 幼いボロに目に涙を浮かべながら追いかけまわされて、最終的に諦めたように肩を下げるザクロの姿が目に浮かぶ。ふたりはずいぶんと仲が良かったのだろう。ザクロは口では文句を並べ立ててはいるが、その表情はただの昔なじみに向けるそれだった。


「――――けど、あいつは変わった」

「……ザクロ」

「あの夜、アタシが知ってるあいつは、いなくなったんだ」


 だが、柔らかな雰囲気を一転させ、ザクロは急に声のトーンを下げた。思い返しているのか眼差しは厳しく、手の中でマネキンがみしりと音を立てて軋む。

 目は、いつの間にかごうごうと燃える炎の色へと戻っていた。その色だけでわかる。ザクロの目は今、その「ボロが変わった夜」を見ているのだ。

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