見知らぬ科学の世界でも、魔法少女は暴れたい

きぬもめん

プロローグ

 あ、ここやっぱり日本じゃない。


 少女は自身の下を見て、そう思った。上空からでは点のようにしか見えない光の群れの多さも、やたらと縦に長い白い箱のような建築物も、彼女には覚えがない。生活の中でもテレビの中でも、見たことがない光景だった。


 下から噴き上げる風の音を聞きながら、少女は未だ疑っている自身の脳みそに言い聞かせるように口を開く。


「……ドッキリ? それとも夢かな」


 けれど頬を流れる風の冷たさが、知らない世界の無機質な匂いが、少女の考えを一蹴する。今のこの状況――、何千メートル先からのは、紛れもない現実だった。


 風は落下の恐怖を染み込ませるように唸りを上げ、見上げる空は絶望で押しつぶすかのように黒く、少女の最期を今か今かと待ち望んでいるように思えた。助けに伸びる手はなく、神が垂らす救いの糸もない。状況は絶望的だ。


 悲しいかな、少女は無情にも地面に叩きつけられて砕け散る運命にあった。

 

 泣きわめきながら手をばたつかせ、「死にたくない」と叫ぶことだけが落ちていく少女に許される行動だろう。それか己の死を受け入れ走馬灯に身を預けるか、はたまた衝撃の瞬間から逃げるべく意識を失うか。



 しかし、それはどれも彼女が、の話である。



 少女は、日向千華ひなたちかは知っている。自身が身にまとった柔らかなフリルやレースは見た目よりもずっと頑丈で、この程度の衝撃では微塵も傷がつかないことを。地面に叩きつけられてなお、自分は何事もなかったかのように立ち上がれることを。痛みも衝撃も、時間が経てばどうにかなってしまうことを。


 だから少女は慌てることもなく暴れることもなく、夕焼けのようなオレンジの髪と白いリボンをはためかせながら、白い四角まみれの知らない街に落ちていった。下手に取り乱す方が体力を消耗することを彼女は身をもって知っている。


 少女は落ちていく。走馬灯を見ることもなく、泣き叫ぶこともなく。ただいつものように欠伸をして、吹き荒れる風の冷たさに首を竦め、暇そうに空を見上げた。


 霞んでしまってもう見えない、自身がこうなる原因となった最上階に向けて目を凝らし、忌々し気に舌打ちしてからため息をひとつ零す。


 魔法少女は今、最高に憂鬱だった。


「やだなあ。……また服の中がじゃりじゃりになる」


 いずれ来る衝撃と派手に飛び散るのであろう砂埃。それらがもたらす結果を想像し、もう一度深くため息を吐きながら、彼女は静かに街の底へと落ちていった。静かに静かに重力に身を任せ――――


「……やっぱムカつくし、一発くらいかましとくか」


 その途中。彼女は目をギラつかせ、およそ魔法少女らしくない表情をしながらゆっくりと片手を上に向けた。

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