いのるぜっ

 アルフレッド第一王子の専用艦、”テルピッツ”には、六機の宇宙戦闘機が搭載されている。

 艦の後部にある格納庫に紅い機体が駐機していた。


 ”FW《フォッケウルフ》190グスタフ”である。


 通常の宇宙戦闘機では、シールドブースターを両腕に装備する。

 推力の偏向が容易でAMBACに優れるからだ。

 しかし、本機は装備しておらず普通の戦闘機のように見える。

 曲線を主体とした機体に、前部にカナード翼。

 後部に小さな主翼がV字型に前に出る。

 さらに特徴的な十字のカメラフレーム。


 隣にある、”BF―109”より一回り大きく、攻守ともにバランスの取れた傑作重宇宙戦闘機である。

 紅い機体の前には、ショートカットの赤い髪をソバージュにしたスレンダーな女性。

 年は二十代前半。

 青い瞳は鋭い。

 身長は、170センチくらいか。

 丸いテーブルの前の椅子に座っていた。

 テーブルの上には灰皿が置いてある。


 彼女は、”リヒテ・フォーエン”女男爵という。


 ガゼフ宇宙軍の誇るエースパイロットであり、このたび新しく赴任してきた、この小隊の隊長であった。


「ふむ、公爵に伯爵か……」

 リヒテが、五機並んでいる、”BF―109”の各家の紋章を見ながら言った。

 ちなみに、これらの宇宙戦闘機は、昔の騎士の馬や鎧と同じように各家の所有物である。

 リヒテの機体には、ベストをまとった紅い守護精霊の絵。


 その胴体には古代の神聖文字ヒエログリフが添えられている。


 フォーエン家の紋章である。

 「ピカピカの新品だな」

 リヒテが、BF―109を見ながらつぶやいた。

 その機体の前で若い貴族令息がお茶をしながら話をしていた。

 各令息にメイドがついている。

 

 ――いいとこのお坊ちゃんか、実戦経験もなさそうだ


 貴族令息の話声が聞こえて来た。



「艦橋で聞いたぜ、今回はシャルロッテ第二王女をイケドリにするらしいぜ」

「ああ、東和の血が半分入った」

 令息たちが侮りの表情を浮かべる。

 第二王女に対する敬意は見られないようだ。



「んん?」

 ――イケドリ?

 リヒテが首をかしげる。

 ――そう言えば、過去にシャルロッテ姫を害そうとしたとかしないとか 

 ――反転攻勢する東和の勢いをそぐためだったな

「ベンツアーの利益のためにか」

 ベンツアー重工は第一王妃の実家。

 兵器の製造で利益を得ていた。



「しかも、芋洗坂とかいう土建屋の輸送船で逃げてるらしいぞ」

「ははっ、平民の土建屋、しかも輸送船かよ」



「おいおい、芋洗坂の社長夫人って、確か……」 

 カラリ

 マッチ箱を振り、一本マッチを取り出した。

 シュッ、パッ

 口にくわえた煙草に火をつける。


 フウウウウ


 紫煙を吐いた。

「これは、かなり、やばいかもしれんな」



「しかも、乗ってるのが重機だぜ、重機」

「ははは、何の冗談だ」

「”益荒男ますらおというらしいぞ」



「うっ、益荒男ますらおって」

 ――あれか、一時期ネットを騒がせた戦艦の主砲に耐えるとかいう

 リヒテもコンペのエキシビションマッチの映像は見ていた。

 自分のFWを見上げた。

「FWがキングタイガーなら、益荒男ますらおはマウスだな」

 ※両方とも戦車の名前です。



「さらにだ、護衛はパルチザンの平民の男が一人らしいぜ」

「なんだ、楽勝じゃないか」

「ああ、たしか名前は、”サカイ……」



 ガタンッ

「な……」

 リヒテが驚いて音を立てて椅子から立ちあがった。



「しかも、乗ってる機体は零戦とかいう欠陥機らしいぜ」

「あははは、東和の機体かよっ」

「やはり、美しい水冷式エンジンのBF―109に敵わないだろう」



 ドサリ

 立っていたリヒテが力無く座る。

「カミカゼッ、バンザイアタック……!!」


 ウルトラエース、サカイイチローッ。


 ――そういえば、過去にシャルロッテ姫を助けた、パルチザンのエースパイロットがいたって 

 リヒテは、過去のニャンドロス戦でサカイの、”無茶苦茶”な空戦を三回見た。

 その空戦で彼女の経験と勘から、サカイはは死んでいないとおかしいのだ。



「あっ、隊長~~、どうしたんですかあ」

「青い顔して~」

「まさか、平民のパイロットにびびったんですか~」

 貴族令息がにやにやと笑いながら言った。


「レッドなんでしょ~」


 たちがゲラゲラと笑いだした。

 ”レッドバロン”はリヒテの通り名だが、彼女が男爵だと彼らは馬鹿にしているのである。



「……いや……そうだな……びびっているよ」

 リヒテは令息たちの嘲笑に気づかない。

 令息たちが馬鹿にして肩をすくめた。

 リヒテは、フライトジャケットの内ポケットからスキットルを取り出した。

 銀色のふたをあけて安いウイスキーをあおる。


 グッ


「我が家の守護精霊様……私を守って……」


 リヒテは、機体を見上げてそこに描かれた紋章に祈りをささげた。













 紋章の胴体に描かれた神聖文字ヒエログリフの文字は、”飛騨”。

 守護精霊の正式名称は、”飛騨のさるぼぼ”という。


 ”飛騨のさるぼぼ”という名称と、これが”安産祈願”のお守りということは長い宇宙の歴史の中で失伝している。

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