第63話 欠陥奴隷は決断する

「さて、これで二人……」


 魔族が呟きながら足を上げる。

 そこにはウィズの死体がへばり付いていた。

 原形は残されておらず、まるで肉の絨毯のようになっている。

 見るも無惨な姿だった。


「そ、んな……」


 残された英雄であるニアが呆然としていた。

 仲間の死にショックを受けているようだ。

 呆然と佇むばかりで、あまりにも隙だらけだった。


 対する魔族は余裕たっぷりに振り返ると、ニアに向けて告げる。


「最後はてめぇだ」


「くっ……!」


 ニアが険しい顔で身構える。

 彼女の剣が形を失って拡散し、霧の刃となって魔族に襲いかかった。


 先ほどまでその巨躯を切り裂いた攻撃は、しかし今度は弾かれている。

 魔族の全身各所で火花が瞬く。

 それは霧の刃が鱗に防がれていることを示していた。


「ハハ、効かねぇよ! もっと本気を出せねぇのかっ!」


 魔族が大笑いしながら前進し、後退するニアに近付いていく。

 あれだけの連続攻撃を受けながらも、一向に傷付く気配がなかった。

 変貌した肉体は、英雄の攻撃すらも通さないようだった。


 魔族はあのままニアを間合いに捉えて、嬲り殺すつもりだろう。

 本来ならとっくに殺せているはずなのにそれをしないのは、あえて焦らして楽しんでいるからに違いない。


(英雄が全滅するなら、逃げた方がいいんじゃないか?)


 俺はさりげなく逃走経路を確認する。

 戦場を上手く駆け抜ければ、脱出は難しくない。

 他の者達が戦っている間にどこか遠くへ行けるはずだ。

 魔族もわざわざ俺を狙うようなことはないだろう。


 そうすれば、とりあえず生き残ることができる。

 この場にいると、魔族の蹂躙を受けることになり、まず間違いなく殺されてしまう。

 躊躇いなく逃げるのが正解だった。


(本当に、それでいいのか?)


 徐々に追い詰められるニアを見て、俺は思い悩む。

 ひょんなことから強くなれる機会を得た。

 冒険者の認定試験に合格して、このような戦場に参加できるようにまでになった。

 俺は以前とは比べ物にならないほどに強くなった。


 しかし、ここで逃走を選ぶのは昔と変わらないのではないか。

 貧民街で最底辺の生活を送っていた欠陥奴隷の頃と同じだ。


 俺は英雄に憧れを抱いている。

 彼らと肩を並べるほどの存在になりたいと夢見てきた。


(――今が、その時じゃないか?)


 結論に至った瞬間、胸中の疑問や迷いが瓦解した。

 何も難しいことではなかった。

 この場でとるべき行動なんて最初から分かっていた。

 そうなれるように強さを求めてきたのだから。


 覚悟を決めた俺は大地を蹴って、ニアと魔族のもとへ駆け出すのであった。

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