第9話 欠陥奴隷は勢いに任せる

 俺は舌打ちしたい気分になりつつ、遠くに立つ兵士を睨み付けた。


(なぜここにいるんだ)


 廃棄場は夜間の巡回経路には入っていない。

 死体しかない場所で、見回りをする意味がないからだ。

 兵士が来ないと分かっていたから、俺は堂々と死体の物色に訪れた。


 もしかすると俺とサリアの話し声を聞いて、不審に思ったのかもしれない。

 普通なら無視するが、たまに生真面目な兵士がいるのだ。

 今回はその律儀な性格が仇となった形である。


「な、あっ!?」


 兵士はサリアを見てぎょっとする。

 自分が不味い場所に踏み込んだことを悟ったらしい。

 まさか彼女がここにいるとは思わなかったのだろう。

 兵士にとっても予想外の状況だったのだ。


「あらあら、今夜はお客さんが多いわね」


 サリアは鈴の鳴るような声で言う。

 親しげな様子で兵士に手を振る。

 まるで友人のような態度だが、おそらく初対面に違いない。


 今のところ殺気は感じられない。

 しかし、サリアほどの魔術師なら、一瞬で思考を切り替えてくる。

 反応する間もなく攻撃されても不思議ではない。

 やはり気の抜けない状況には変わりなかった。


(最悪だ……)


 緊迫した空気だった。

 僕と兵士の中間地点にサリアがいるような位置関係である。

 ちょっとした物音が響くほどの静寂で、僕は動かずにサリアを注視する。


 やがて兵士が剣を抜いた。

 目を剥いてサリアを睨んでいる。

 そこには明らかに敵意が込められていた。


(サリアと戦う気だ)


 無謀にもほどがある選択だが、この緊張感に耐え切れなくなったのだろう。

 それこそがサリアの狙いだったのかもしれないが。


「――うふふ」


 サリアが嬉しそうに微笑む。

 彼女は両手に魔法陣を展開すると、それらを回転させ始めた。

 魔力の残滓が火花となって弾ける。

 あれで攻撃するつもりなのだ。

 たじろぐ兵士を嘲笑うかのように、術の出力を高めていく。


(今のうちに逃げるか)


 サリアは兵士に注目しており、こちらを見ていない。

 戦いは一瞬で決着するが、その間に逃げ切れるのではないか。


 数が少ないとは言え、役立ちそうなスキルもある。

 ここで棒立ちで見守った後、どうすればいいかも分からない。

 やはり早急に立ち去るのが正解だろう。


 方針を決めた俺は、ゆっくりと穴から這い上がる。

 そのままサリアから離れるように歩き出した。

 彼女の背中を何度も確認しながら足を進めていく。


(よし、まだ気付いていな――)


 サリアの両手の魔法陣が唐突に消えた。

 彼女がいきなり振り向いて俺を見る。

 目が合った瞬間、満面の笑みを浮かべてきた。


「……ッ!?」


 俺は全身から汗が噴き出すのを自覚した。

 あまりの恐ろしさに思考停止する。

 逃げようとしたことを後悔した。


 一方でサリアが指を揺らす。

 俺は身体が固まって動かなくなった。


(何……っ!)


 恐怖が原因ではない。

 明らかに魔術で拘束されている。


「えいっ」


 サリアが指を上に向けると、俺の身体が浮かび上がった。

 足が地面から離れる。


 仕上げにサリアが指を横に振る。

 それに従って俺の身体が回転し、勢いよく投げ飛ばされた。


「うおおおぁああっ!?」


 視界が激しく回る中、俺は叫ぶ。

 その先には狼狽える兵士の姿があった。

 何を思ったのか、剣を構えている。

 衝突を察して、俺を叩き斬るつもりらしい。


 絶対に間違った判断だった。

 サリアに対する恐怖で正常な思考ができないのだ。

 俺を見上げるサリアは、無邪気に手を叩いていた。


(畜生……こうなったらやるしかない!)


 覚悟を決めた俺は、空中で姿勢を制御する。

 身動きは辛うじて取れたものの、勢いは止まらない。


「く、来るなああぁっ!」


 兵士が絶叫し、接近する俺に向かって剣を振るう。


 俺は各種スキルを有効化し、叩き込まれた剣を防御した。

 衝撃で腕が軋む音を聞きながら押し切る。

 兵士にぶつかりながら、その首にナイフを突き刺した。

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