第7話 欠陥奴隷は魔術師と邂逅する

(なんで彼女がここに……!?)


 俺は大いに混乱し、同時に恐怖する。

 相手は悪党だらけの貧民街で恐れられる存在だ。

 直接の面識は無いが、どのような人物なのかは噂で聞いている。


 彼女の名はサリア。

 無所属の魔術師で、年齢不詳の魔女である。


 昔はどこかの国の宮廷魔術師だったらしく、現在は貧民街で悠々自適に暮らしていた。

 気まぐれに犯罪組織を壊滅させて、時には衛兵を殺戮する。

 犠牲者を醜いアンデッドの魔物に変貌させることもあるそうだ。


 サリアには明確な目的がない。

 ただ魔術で遊んでいるだけだ。

 その遊びが周りに甚大な被害をもたらしている。


 何度も殺害計画が練られたが、いずれも失敗していた。

 計画した者はこの世にいない。

 一人残らずサリアに殺されたのだ。

 見せしめのような処刑は、貧民街の住人に恐怖を刻み込んでいる。


 何をしでかすか分からない危険人物。

 それがサリアに対する大多数の印象だった。

 無論、俺もその一人である。


 初めて対峙だが、直感的に分かる。

 俺では絶対に敵わない。

 大量のスキルを取得してきたが、それらをどれだけ上手く使いこなしたとしても、サリアの足下にも及ばないだろう。


 本当に運が良くて相討ちだ。

 不意打ちを仕掛けたところで察知される。

 そもそも俺が勝てるのなら、とっくに誰かが彼女を始末している。


(逃げるべきか?)


 咄嗟に考えるも、それが難しいことは分かっている。

 俺は死体だらけの穴の中にいた。

 穴の外には遮蔽物がなく、サリアが追いかけてきたら簡単に捕まる。

 あまり賢い策ではないだろう。


 そうなると残された手段は、話し合いしかなかった。

 なんとか逃がしてもらえるように頼み込むのだ。

 それしか方法はない。

 無謀な戦いを挑むよりは、生還率が格段に上だと思う。


(……こうなったら覚悟を決めるぞ)


 中途半端が一番不味い。

 俺だって弱者なりに貧民街を生き延びてきたのだ。

 その神髄を、ここで披露する。


「……待ってくれ。敵対する気は、ない」


 俺は慎重に両手を上げて発言する。

 さらに所持スキルの中から【命乞い】【降伏】【交渉】を有効化させた。

 今からの行動が少しでも成功するように調整する。

 そして、穴の中からサリアを見据えた。


 サリアは顎に指を当てた。

 不意に視線を彷徨わせた後、可笑しそうに首を傾げる。


「あなたは誰?」


「ルイス……欠陥奴隷と呼ばれている」


「あ、知ってる! レベル上限がすごく低い子でしょ! あなたのことだったのね」


 サリアは嬉しそうに言った。

 俺の噂は彼女の耳にまで届いていたようだ。

 意外と有名だったらしい。

 もっとも、あまり嬉しくはないし、光栄でもなかった。


 ただ、ひとまず会話ができそうなことに安堵する。

 問答無用で攻撃されたら終わりだった。

 このまま会話で切り抜けるしかない。


 そう考えた時、サリアが質問を投げてきた。


「欠陥奴隷さんは、どうしてここにいるのかしら?」


「それは、その……」


 俺は言葉に詰まる。

 真実を話すべきか迷ったのだ。


 正直に伝えた時の危険性を考えてみる。

 俺の【死体漁り+】はかなり珍しい例だ。

 効果についてはあまり言い広めない方がいい。


 それをサリアに話すのは危ないのではないか。

 腹が減って人肉を漁りに来たと答えるのが無難だと思う。

 秘密を隠せるし、無害な雑魚として逃がしてもらえるかもしれない。


 しかし、嘘を見抜かれた場合が恐ろしい。

 途端に会話による解決が難しくなる予感がした。

 いや、機嫌を損ねて殺される可能性が高いだろう。


 発動中の【交渉】は、真実を伝えるべきだと囁いていた。

 俺は意を決してそれに従おうとする。

 ところがサリアが、手を前に出してこちらの発言を制した。


「あら、ちょっと待って」


 真顔になったサリアは、じっと俺を凝視する。

 何かを見極めるような眼差しだ。


 俺は全身が石になったかのように動けない。

 それなのに心臓だけが恐怖と緊張で暴れていた。

 呼吸すら忘れて彼女の言葉を待つ。


 やがて元の薄笑いを見せたサリアは、不思議そうに問いかけてきた。


「――おかしいわね。どうしてレベル6なのに、たくさんのスキルを持っているの?」

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