欠陥奴隷の英雄偽譚 ~レベル上限のある世界をスキル強奪チートで這い上がる~

結城からく

第1話 欠陥奴隷は逆転する

「くたばれ、この欠陥奴隷がっ!」


 罵声と共に拳が飛んでくる。

 見切れるはずもなく、俺は派手にぶん殴られた。


 道端の木箱にぶつかって倒れる。

 背中を踏み付けられて息が詰まった。

 さらに髪を掴まれて、顔を地面に叩き付けられる。


「ぐ、うぅ……」


 鼻を打ったせいで血が垂れてくる。

 意識が朦朧としてきた。


 霞む視界の中、俺は手を伸ばす。

 そこをやはり踏み付けられた。

 折れる寸前まで力を込められても、俺には唸り声を上げることしかできない。


「おい、今日はどれくらい持ってる?」


 やがて身体を揺さぶられた。

 硬貨が何枚か転がり落ちた後、足音が遠ざかっていった。

 不満が聞こえたものの、ひとまず満足したらしい。

 言うまでもないが、硬貨は奪われている。


「畜生、が……」


 痛みを堪えて起き上がる。

 きっと痣になっているだろう。

 数日は痛むに違いない。


 血を吐き捨てた俺は、右足の靴を脱ぐ。

 すると中から一枚の硬貨が出てきた。

 靴底に隠していた分だ。

 やや高額の硬貨であり、奪われた分を合計してもこの一枚の方が高い。


 奪われた硬貨は囮だった。

 大した額ではないものを渡すことで、なんとか被害を抑えている。

 今日も成功してよかった。

 重たい身体を引きずるようにして、俺はそこから立ち去る。


 ここは貧民街だ。

 弱者に手を差し伸べる者はいない。

 油断すれば簡単に死ぬ場所であった。


 俺が生き延びているのは、ほんの少しだけ運が良いからだ。

 暴力を振るっていたあの男――日雇い労働者のガイナだって、明日には死んでいるかもしれない。

 こういったことは過去に何度もあった。


 あいつは憂さ晴らしに俺を痛め付けている。

 反撃はできない。

 どれだけ頑張っても、絶対に敵わないからだ。

 怒り狂ったガイナが余計に殴ってくるだけだろう。


 ルイス。

 それが俺の名前だった。


 俺は物心がついた時からこの貧民街に暮らしている。

 親の顔も名前も知らない。

 知りたいとも思わない。


 貧乏な生活で明日の生活も危うい。

 いつ飢えて死んでも不思議ではなかった。

 誰かに殺されるかもしれない。


 早く安定した職を見つけて、豊かな暮らしをしたい。

 しかし、現実としてそれは難しい。


 俺のレベルは6。

 しかもこれが上限値だった。

 一般人の上限レベルが30程度なので、俺は先天的に恵まれていない。


 ついたあだ名が欠陥奴隷だ。

 別に身分的には奴隷ではないが、なぜかこの名で定着している。

 不名誉であるものの、反論するだけの力もない。


 頼みの綱であるスキルも【死体漁り】のみだった。

 これは死体の持ち物を直感的に察知できるという効果を持つ。

 貧民街はいつもどこかに死体が落ちているので、それなりに役立っていた。

 もっとも、この生活を脱却するためには活かせそうにない。


 多種多様なスキルの中でも、明らかに外れの部類とされていた。

 これを取得しているだけで馬鹿にされるほどだ。

 だけど、俺にはこのスキルしかないので世話になっている。


 その後、俺は空き家で昼寝した。

 傷の痛みを忘れたかったのだ。

 目覚めると既に日没後となっていた。


 俺は夜の街へと繰り出す。

 裏路地で食糧や物品を漁るためだ。

 誰かが野垂れ死んでいれば大当たりだった。

 運が良いと持ち物を盗める。

 他にも狙っている奴らがいるので早い者勝ちであった。


(酷い毎日だな)


 徘徊しながら俺は考える。


 昼か夜に貧民街をうろついて死体を探す。

 たまにガイナのような荒くれに殴られて傷を増やす。

 僅かな金で市場の食料を買うのが楽しみだった。


 そんな生活に何の希望があるのか。

 奴隷未満の最低な人生だ。

 投げ出したいところだが、死ぬのは嫌なので生きている。


 こんな俺にも憧れがある。

 それは英雄だ。

 彼らは御伽噺のような冒険を繰り広げて、各地で華々しく活躍している。

 人々から尊敬と羨望の眼差しを向けられる存在だった。


 そして凄まじい力を持っている。

 一人で魔物の軍団を蹴散らすと聞いた。

 きっと何でも叶えられるのだろう。

 俺とは大違いである。

 だから英雄になりたかった。


 もっとも、現実は果てしなく厳しい。

 英雄どころか、一般人の生活もままならなかった。


(逆転の機会はないのか……)


 レベル上限は不変である。

 スキルも【死体漁り】だけなのだ。

 新たなスキルはレベルアップ時にしか得られないのが原則であった。

 何も期待できそうにない。


 まあ、憧れなんて所詮は幻想に過ぎない。

 俺は世界の弱者として、細々と生きるしかないのだ。

 そう考えた時、突如として脳内に世界の言葉が響いた。



>スキル【死体漁り】が変異

>スキル【死体漁り+】を取得



 俺は足を止めて驚愕する。

 周りを見るも、誰もいなかった。


(いきなり何だ!?)


 俺は激しく困惑する。

 世界の言葉を聞くのは久しぶりだった。

 レベル3になって【死体漁り】を取得した時以来だろう。


 スキルの変異については聞いたことがある。

 非常に珍しい現象で、スキルに別の効果が追加されるそうだ。

 狙って起こせるものではなく、どのような効果が追加されるかは個人次第らしい。

 つまり別々の人間が同じスキルに+表記を得たとしても、それぞれ効果が異なるのだ。


 俺は脳内にステータスを展開させてスキルの効果を確認する。

 そして、胸の高鳴りを覚える。


(これはまさか……)


 湧き上がるのは喜び。

 しかし、まだ早い。

 スキルを実際に試すには死体が必要だった。

 舞い上がるのはその後でもいい。


 付近を徘徊した俺は、ちょうど死体を発見する。

 中年の痩せた男で、腹の刺し傷が原因で死んでいるようだった。

 言い争いが殺し合いにまで発展したのだろう。

 別に珍しくないことだ。

 貧民街では挨拶のような頻度で起きている。


 死体の持ち物はすべて盗まれていた。

 いつもなら落胆するところだが、今回ばかりは関係ない。


「……行くぞ」


 俺は死体に触れる。

 すると脳内にステータス画面に似たものが表示された。

 俺は緊張しながら内容を確かめて、操作を完了する。



>スキル【不意打ち】を取得

>スキル【脅迫】を取得

>スキル【短剣術】を取得



 所持スキルが増えた。

 事前に見た効果通りの現象が起きたのだ。


(すごい! 何だこれはッ!)


 俺は拳を握って歓喜する。

 感動で叫び出したいのをどうにか堪えた。


 最弱スキルの【死体漁り】は【死体漁り+】へと進化した。

 その結果、死体の保持するスキルを奪えるという効果が追加されたのだ。


 これは劇的な変化である。

 レベルを上げずとも、死体さえあれば無制限にスキルを得られるようになった。

 しかも強力なスキルを簡単に得られてしまう。

 有用性は比べるまでもなく上がっていた。


(これがあれば、俺も英雄になれるんじゃないか?)


 よく分からないが、ツキが巡ってきたらしい。

 きっと神が俺を憐れんで贈り物をくれたのだろう。

 今まで信心深くなかったが、今度から教会で祈ろうと思う。


 これこそが逆転の糸口。

 英雄に至るまでの案内状である。

 貧民街の片隅で、俺は静かに微笑んだ。

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