第8話 物語は最終章へ

 本が2冊……?

 風間かざまくんの手にあったのは、私の大好きな本と、初めて見る表紙の本があった。



「貸してくれた恋愛小説、ドキドキしたし、でも切なくて残酷な青春なのに感動して。幸せになってほしいと思うからこそ、移り変わる場面で気持ちが揺らいで、主人公たちに共感できたよ。

 病で報われない恋とか、人を強く想う関係性だとか、ロミオとジュリエットに少し似てて、これを読みながら脚本が書けてよかったなって思ってる。だからあの脚本の形になったのは間違いなく河合かわいさんのおかげだ、本当にありがとう」



 今、なんて……?

 予想外の言葉に、私の頭は処理が追いつかない。停止中の私にお構いなしの風間くんは続きの言葉を紡いだ。



「それで、こっちは俺のおすすめの本。よかったら河合さんに読んでほしいなって思ったんだけど、読んでくれる?」



 困惑していた脳が嘘かのように私は「うん」と間髪を入れずに返事をした。

 それはただ単に風間くんが惹かれるものを知りたかったっていうシンプルな理由と、それを知って、どうやったら彼に惹きつけられるか、ヒントを得たかったっていう理由が混じった返事だ。

 そんなずるいことを考えていたら風間くんに触れることを忘れて、私は本を受け取ってしまった。

 本当は渡してくれるその手に触れて少しでもドキドキしてほしかった、なんて都合のいい想像をする。やろうと意識してもできなかったかもしれないけど。



「返すのいつでも大丈夫だから!」



 私の「ありがとう」は風間くんの「クラスのほう手伝ってくる」と重なってしまって、そのまま彼を見送る。

 呼び止めるべきだったかなとか、今のタイミングで〝好き〟と言うべきだったかなとか、後悔は彼の背中に問いかけることしかできなかった。







 1人で図書館へ行くのはいつぶりだろうか。

 普段より長く感じる廊下の壁をなぞるように歩くと衣替えのポスターが目に入る。

 季節の流れを感じながら図書館に向かって風間くんに借りた本の背表紙に目を通した。

 あらすじから恋愛小説だとわかった私はこのまま読むか、明日にするか、気持ちが少し揺らぐ。それでも読んでしまったあらすじに興味を掻き立てられた私は、寒さで少しだけ赤くなっていた手で表紙をゆっくりと開いた。




 なん、で……?

 驚きを隠せない私の目には、小説の文字よりも先に1枚とメモ用紙と栞に目が合った。

 メモに書かれた文字はあのカフェで見た文字と同じで、間違いなく風間くんのものだ。

 ゆっくりと2、3回メモの内容に目を通す。気がつけばいても立ってもいられなくなって、私は図書館を飛び出した――。



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