あなたが選んだ本を読むのさえ痛い
雨宮 苺香
第1話 表紙をめくる時
手が真っ赤になるくらい寒くなったころ、私は歩きながら本を読めなくなっていた。
────
誰かが『本の虫』と言っていたのは去年の今頃だった。それまではずっと本を読みながら歩いていて周りの人の声なんて私の耳に届かなかったから。
でもそう呼ばれることに嫌悪感どころかその通りだなと思ってもっと本を読むようになった。
まぁ、クラスの話し合いだとか行事だとか、協調性を求められる場面では本を閉じるようにしていたけれど。
────
だから今、放課後のクラスの話し合いも本を読むのを我慢した。内容は秋に行われる文化祭の出し物ついて。
どんな出し物になっても私に任される仕事は準備とかだろうから意気込む必要はないだろうな。夏のクーラーの風を吸い込みながらあくびをするくらい気が抜けていた私は「
「河合さんってさ、本好きだよね。書こうと思ったことはないの?」
「えっと、考えたことない、です」
戸惑いの中、私は思いつく言葉を返す。
「じゃあ書いてみたくない?」
動揺ゆえに〝ない〟と即答しようとする言葉を飲み込んで、彼の言葉をなぞるように自分の中に吸収する。
「少しだけなら……」
必死に言葉を選んで声に出すと彼は黒板を指さした。
「それならクラスの出し物の劇の脚本やろうよ」
「そんな大役——」
「大丈夫、俺もやるから」
そう言って彼は席を立ちあがって「脚本、俺と河合さんで考えてもいいかな?」とみんなに提案する。
彼、
黒板の『脚本』の隣に『風間 橙真・河合
「これからよろしく。河合さん」
「え、と、こちらこそよろしくお願いします」
こうして思わぬ役割を与えられた私は不安とともに、いつもと違う出来事に対して〝物語の世界みたい〟と少しだけ期待をしていた。
クラスの話し合いが終わると、風間くんに「この後時間ある?」と呼び止められる。私はどう話せばいいか分からずコクリと頷いた。
「じゃあさ、脚本のアイディア考えに行こうよ。カフェとかで」
予想外のお誘いに私は「はい」と返事をしながら緊張で肩にかけたカバンの紐をぎゅっと掴む。
下駄箱で履く紺色のスニーカーはこんなに青かったっけ、と思うほど思っていたよりも色が鮮やかだ。
「外暑いね、いつになったら涼しくなるかな」
「もう少ししたらじゃないですか?」
たわいもない話なのに、私にとっては新鮮な会話でドキドキしていた。
目に映る街並みも、誰かと放課後を過ごすことも、私にとって真新しくて、本に夢中で知らなかったことばかり。
まだ明るい夏の夕方。空の青さが新鮮でカンカンと照らす太陽を目を細めながら見上げた。
風間くんが少し私の方を向いてこう言った。
「
「わ、私も仲良くなりたい──」
「それなら気軽に話しかけるね!」
いつもの癖のように「ありがとうございます」と返事をする私に「ほらまた敬語じゃん」と風間くんは笑って「別にいいけどね」と付け足した。
「俺さ、こう見えて本好きなんだ」
「そうなんですか?」
「うん。運動部だし、本読むって言うと結構驚かれるんだけどね」
たしかにそうだ。風間くんといえば、体育祭の時に活躍どころか大活躍するクラスのスター的存在。
そんな彼がどうして私に声をかけたのだろう。
心に引っかかるその疑問は、この話を聞くまで解けなかった──。
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