ウルドの執筆人
左咲 あこら
運命
第1話 物書きの魂
赤ん坊の頃も特に目立ったエピソードもなく、アルバムに残る写真もまぁ普通の子供らしいものがポツポツと残されているような子供だった。
小学生にあがり二階建ての母屋に部屋数が無いため祖父母が存命だった際に暮らしていたという離れに私の子供部屋は作られた。
が、古い建物だった為幼少期はあまり立ち寄ることも無く母屋の居間のコタツが生活スペースだった。それでも中学生時代からは離れがメインになるようになるのは自然な事だった、何故ならば兄や姉はそれぞれ年齢も離れていることもあり恋人を順当に作り、家に自分が遊ぶスペースが限られてきたからだ。
かと言って別段不満は無く、むしろもっと早く移住めば良かったと思うくらい離れは快適だった。自分のパーソナルスペースがいかに大切かということを初めて理解したのがこの時であったのだろう。
自由に読書や絵を描いたりするのが好きな、
誰もが1度くらいは自分の物語を持っていてそういう作家のような真似事をすることがあるんじゃなかろうか。学生ノートに自分なりにコマ割りをして漫画を描いてみたり、国語辞典片手にわざと難しい言葉をよりすぐっては小説を書き
かくいう私もそういう人間だった。
誰に見せるわけでもなくテープでつなげた鉛筆が小指より短くなるくらい物語を書いた。
それは自分だけの世界、けれど自分の知っている世界よりも広々と延々と紡がれていくような不思議な感覚、何冊にも及ぶ終わりのない世界だった。
学校から帰ると早々とアマタローの散歩をして(姉が飼いたいと駄々をこねたらしいが散歩は専ら私か母の仕事になっていた)夕食を食べ入浴して離れに駆け込み、子供机に入らなくなった創作物の塔の中から最新作のノートを探し出し物語の続きをどうしてやろうか、と考える。
そんな生活を数年、私は続けていた。
私は高校、大学を普通のレベルで普通に卒業した。
アマタローは私が中学卒業の前に天寿をまっとうした為散歩のルーティンは無くなっていた。けれど水面下で自分の物語を紡ぐことは続けていた。高校にも文芸部というものはあったらしいが私はそういったまとまりのある部というのが少し苦手であった。集団行動を強いられるようなものが元々苦手だったのもある。好きなように書ける離れの空間こそが私の全てだったのである。
だが多少の野心はある。大学卒業後就職するでもなく何度か出版社の主催するイベントに応募するうちに、ある出版社の目に何とかとまり出版してみないか、と声をかけていただけたのだ。
担当の松村さんは私に自由に物語を書かせてくれるタイプの方だった。本来なら売れる小説を書かせないといけないのだろうが、私の離れの創作部屋を見て呆気にとられているうちに、暫くの間自分の好きなように書いてみてくださいと肩を叩いてくれたのだ。
言われた通り自分の好きなように書いていくうちにいくつか賞を頂き、書店に本が並び、テレビにも出るようになっていったのだ。
松村さんは「こんなにトントン拍子に行くとは思わなかったんですよ、ダメだったら作戦変更すればいいかなと思ってたくらいです」なんて後から教えてくれた。
こんなにいい担当に恵まれてなんて幸せなんだろうと思っていた。
思っていたのに。
小説家小林朝香は26歳という年齢でこの世を去った。病院で
なら今流行りの転生の為に神が死のシナリオを勝手に改編した?そんな非現実的なことを経験するならまだマシだったかもしれない。
「あんたのせいで私の……私の(なにか叫んでいるが聞こえない)……!!」
「…………」
――なるほど、熱心なファンは作家を殺すのか。
ファンはアンチになる、とはたまにネットで情報収集する際に見かけていたがまさか自分の書いた小説で人の人生を変えるとは思ってもみなかった。
いやだがそこまで熱心に私の物語を読みふけった人物がいるなんて喜ぶべきなのだろうか。私はあまり他者からの評価を見るタイプではなかったので、流行りのSNS等で自分の作品がどういう立ち位置でどのような評価を受けているのかなんてことも見たことがなかったのだ。
だけども腹を刺されるほどとは思ってもみなかったな。
私の腹を刺した女性はどうやら私が原案を書いたWeb用の漫画に出てくる脇役が死んでしまったことにとても
脇役といえど彼女にとっては理想の相手、彼女の妄想の中でそのキャラクターは主人公のようなものだったのだろうか。
それはとても悪いことをしてしまった、言ってくれれば外伝でもなんでも書いて救ってあげることだって出来たろうに。
何も刺すとこまで怨まなくても、と思ったが時すでに遅し。
私はそのまま刺殺されてしまったのだった。
「――作者だったらあのキャラクターを救ってよ!!」
その呪いの声を聞きながら深い眠りに落ちた。
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