元旦早々、妙な獅子舞が住宅街を回る話
差掛篤
令和の獅子舞
元日
とある獅子舞がいた。
日本型の獅子舞と中国の獅子舞の二匹だった。
忙しなく人間の足が動き、住宅街を回る。
獅子舞達は一軒の家に訪ねた。
「獅子舞でござい」獅子舞が言う。
中国の獅子舞は後ろで、にゅっと二本脚で立ち上がる。
家人は警戒心いっぱいにドアをわずかに開け言った。チェーンロックしている。
「結構です。子どももひどく怖がります。子どもに恐ろしいものを見せつけて、泣かせて大人が笑うなど、この令和の時代では虐待です。お引取りください」
ドアはばたんと強く閉められた。
獅子舞達は別の家に行く。
今度は怒った家人が出てきて怒鳴った。
「何だお前ら!一体いつの時代と思ってる。そうして勝手に踊り始めて、芸が終わったら金をせびるんだろう。昭和の時代流行った悪質な手口だ。押し売りと同じだよ、とっとと失せろ!」
家人は水を獅子舞に浴びせる。
獅子舞達はたまらず逃げ出した。
獅子舞二匹はトボトボと住宅街を歩く。
なんと二匹の大きな目から、大粒の涙がこぼれ始めた。
「いつからだろう、この世界の人々も疑い深くなり僕達を拒絶するようになった…この世界は文明レベルの割に疑り深すぎる」
日本の獅子舞がつぶやいた。
中国獅子舞はカクカクと首を縦に振っている。
その時、塀の角からスーツ姿の男が飛び出した。手には拳銃のようなものを持っている。
男が叫んだ。
「お前らか!一体どこから来た!子供を食うつもりか」
獅子舞はびっくりして立ち上がる。
「待って!危害は加えません!よく分かりましたね」
なんと、立ち上がった獅子舞は人間ではなかった。イモムシのように長い胴体に、人間の脚と同じような脚が生えていたのだ。ズボンすら履いている。
男が言う。
「気づいた住民がいるぞ。この銃は普通の銃ではない、分かるよな?大人しく収容されるんだな」
獅子舞二匹は顔を見合わせた。
「驚いた。この世界にも『怪異取締官』がいるんだね」日本獅子舞が言う。
中国獅子舞は感心したように首を振る。
男はボヤいた。
「午前0時から住宅街を回りゃ警戒されるぞ。クソッ、俺の正月休みを台無しにしやがって」
日本獅子舞が言った。
「取締官さん。信用してください。僕たちは住民になんの危害も加えません。とりあえず、話だけでも聞いてもらえませんか?」
男は銃口を反らした。
「いいだろう。妙な真似するなよ」
日本獅子舞は続けた。
「我々はこの世界で、いわゆる『悪い因果律』を摂取する事で生きてきました。私達が『悪い因果律』を食べてしまうことで、本来その人が遭遇するはずの厄災と、その原因が結びつかなくなるのです」
男が聞く。
「というと?」
「例えば、ある日事故死するはずの人は、その前に原因となる行為をしているものです。単純には車に乗るとか…もっと大きく見ると、外出の約束をするとかですね。ひょっとすると…鼻をほじるとか、もっと遠い行為かもしれない。それを我々は『食べる』事で結びつきを消してしまうのです」
「ホントか?」
「嘘は言いません。だから、昔から我々オシシはこの世界の人々、私達が生息できるアジア圏では敬われ、慕われてきたのです。正月は皆、我々を歓迎し、親は子供をかじらせようと進んで差し出しました」
「どうして子供を?」
「子どもの方が、因果の結びつきが進んでないのです。ガサッと多めに『食って』おけば、その分悪い因子の芽をつめる…。民は皆喜び、我々の姿を模倣するようになりました。」
すると後ろにいた中国獅子舞が跳ねた。
日本獅子舞が言う。
「彼は自然が険しい大陸に住んでいて、動きが機敏です。それでも、人間は驚くべき技術で彼を真似をした。いやすごいですよ」
男が首を傾げる。
「にわかには信じがたいな」
「そうでしょうね。だが、人間の真似は微笑ましいものから、悪い方へと進んでいきました。厄災を祓うどころか、押し付けるように舞を見せつけ、お金をせびる連中が出てきたのです。そんな連中が横行すれば、オシシの評判はガタ落ちです」
日本獅子舞は頭をたれ、パクパクと話している。
「そして、人間はインターネットを手に入れた。そうなると、我々のような寓話的存在は軽んじられます。皮肉にも、我々の存在を証明するまでには文明が発達していないからです」
「それで、あちこち締め出しを食らっていたのか」
「そうなんです。オシシだけじゃない、他にも我々のような存在は現代では爪弾きです」
そこで、中国獅子舞が日本獅子舞にパクパクと耳打ちをした。
「そりゃいいね」と日本獅子舞
日本獅子舞がいった。
「どうでしょう?もし、見逃してくれるならあなたの頭をかじってあげますよ。私らを収容するのはやめたほうがいい。悪い因果律は大きく広がり、人類全てに厄災が降りかかります」
男は眉間にシワを寄せる。
「うーん」そして、銃をしまった。「まあ、いいや。俺は結婚もしてないし、家族もいない。このしんどい仕事にウンザリしてたとこだ。生きる希望もない。休みに酒を飲むしか楽しみがない。やるんなら、苦しまないように頼むぜ」
中国獅子舞は首を左右に振り、日本獅子舞が男をたしなめる。
「あなた、そんな自暴自棄ではいけません。人生とは有意義なものです。」
そして、口をあんぐりと開けた。
「さあこちらへ」
男が頭を差し出す。
男は齧り付かれる事を覚悟したが、パクパクと軽く噛まれた程度だった。
「はい、いいですよ。」
男は頭を引っ込めた。
日本獅子舞が言う。
「名前は…しゅとうさん?あなた、良かったですね。私がかじらなければ、一ヶ月後に死んでましたよ。危険な異形と相打ちになってね。あなたは破滅的過ぎます。そんなハードボイルド、今どき流行りませんよ。オシシより流行遅れかもしれない」
「余計なお世話だ」男が言う。
「でも大丈夫。目につく限りの悪い因果は食べました。安心して仕事に邁進してください」
「正直仕事はやめたいんだがな」
「あ、無理です。あなたはこの仕事以外できません。死の因果が発生しますよ」と日本獅子舞
男は顔をしかめた。そして、言った。
「OK、信用するよ。行っていい。あとは俺がなんとかしとく」
獅子舞たちはそれを聞いて舞い踊った。
男は呆然とそれを見る。
日本獅子舞が言った。
「ありがとう、しゅとうさん。僕らはもう帰ります」
「これからも現れるのか?」
「さあ、分かりませんね。僕たちは、民から信じられなくなると消えてしまいますから…来年も来るかもしれませんし、ひょっとすると今年が最後かもしれません」
「そうか…」
「でも、しゅとうさん。あなたは帰り際に宝くじでも買うといいですよ。僕らからのお年玉です」
それだけいうと、奇妙な獅子舞二匹は踵を返し去っていった。
男は去っていく獅子舞を見て、子どもの頃に見物した獅子舞を思い出していた。
泣く子、はしゃぐ子、踊る獅子舞…
懐かしき失われた情景が男の脳裏に浮かび、いつまでも消えなかった。
元旦早々、妙な獅子舞が住宅街を回る話 差掛篤 @sasikake
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