【パロディ】ナニワ節だよ、使徒行伝~パウロ穀物船道中
モン・サン=ミシェル三太夫
パウロ穀物船道中
旅ぃゆけば~
ローマの海路に
アマニ油の香り~
流れも清きぃタルソ川
子羊群れる頃とな~る~
松の緑の色も冴え~
属州キリキア
亜麻布(リネン)の出どこぉ~
娘やりたや手つむぎに
ここは名代の全能の神ぃ
ヤハウェ神殿の参道ぉにぃ
産声上げし快男児
ベネディクト十六世の御代まで名を残す
属州キリキアのパウロを
不弁ながら~も~務めま~すぅ~
リキア州から、船に乗る。ローマへ穀物を送る船。三千石(五百トン)といいますから、かなり大きな船でしょう。これへ、パウロっつぁんが乗り込んで、聖骸布ならまる一枚ぶんばかりの広さを借り切って、護送の兵士にゃ内緒だが、途中のシドンの街でもらってきたブドウ酒を、ふちの欠けた鉢でついで飲む。
最近はやりの小麦でできたパンを脇において、ちぎってはブドウ酒に浸し食べているうちに船も支度ができる。
船は浮きもの流れもの。風に吹かれて船が海の半ばへ出る。囚人どもが雑談しだす。利口が馬鹿ンなってギリシャ語でしゃべる。この話を瞑想しながら聞いていると面白い。お国自慢に名産自慢、しまいには預言をする親分衆の話になる。
商売は道によって賢しとやら、仕事の話が出た。もうそろそろ親分イエスの名前が出る時分と弟子のパウロが聞いているとはつゆ知らず、乗合衆は大きな声。
「おまえさん。何だねぇ、大変預言者に詳しいね」
「わっしはね、宗教家が好きでしてね」
「どうでがしょう、どこの国に一番いい親分がいますかね?」
「そりゃまぁ、なんていってもエジプトでしょう」
「へえ?」
「アレクサンドリア、カイロ、アスワンなんてったら、神官・預言者・魔術師の本場といってもいいくらいで、いい親分がいますからなあ」
「ははあ」
「土地に似合わねぇ、いい親分がいる所がキプロス島。キプロスにはいい親分がいるね。バルイエスとか。けれど親分の数が多いってぇ所は、誰がなんといってもイスラエル。イスラエルにゃいいのがいるぜ。エルサレムの“予言者”アガボ。長老のガマリエル。詐欺師のテウダ(使徒 5:36)。洗礼者のヨハネなんてったら凄いからなあ」
「ははぁ、詳しいなぁお前さんは。じゃあ、いまイスラエル一の親分といいますと誰でしょうね」
「ないね」
「へぇ?」
「ありません。イスラエルにゃ親分の数はあるが、同じくらいに肩を並べてグッっと図抜けたのはない。が、五年経つとイスラエル一の親分ができますよ」
「誰です?」
「エルサレムから北に行く。ヨルダン川の西岸に沿ったサマリヤに住んでいるのが、魔術師シモン・マグス。年は謎だが、筆が立って、説教もうまい。悪魔に強いが、天使にゃ弱い。真の教祖。このシモン・マグス、五年経ったらイスラエル一の親分でがしょうなぁ」
これをこっそり聞いていたパウロは、
「なる程なあ、名前は聞いているが、お目にかかったことはねぇ。サマリアのシモンってのはどこへ行っても信者がいやがる。一宿一飯でお世話になってみて、俺ぁ黒馬に乗った男の秤(黙示録6:5)じゃないが、向こうの善性をちょいと量ってみようかい」
独り言をいっているパウロの脇で、いい気持ちで寝ていた士官がガバッと起き上がって、
「ちきしょう、うるせぇなあ。市場の雀(ルカ12:6)みてぇに、ぴーちくぱーちく騒ぎやがって、寝られねぇや。っかし有り難ぇなぁ、預言者の話になったね。こちとら百人隊長だい、皇帝直属だい、ふざけやがって。あの荷物んとこへ寄っかかってる商人、何とかいったな。おい。五年経ったらイスラエル一の親分ができる? 笑わせやがらあ。明日のことを思い悩んだら異邦人扱い(マタイ6:32)だってのに、五年先の話をしたら、どこの惑星の住人だってんだ。だからさ、今の話をしてくれよ。イスラエル一の親分は、今、立派にあるじゃねぇか」
「それは知りませんでしたが、いったい誰でございやしょう」
「ベツレヘムの馬小屋で産湯を使い、ガリラヤで育ったナザレの救世主イエス、通称イエス・キリスト。これがイスラエル一の親分よ」
この展開に、パウロが喜んで独り言。
「ああ、ありがてえ! 出てきやがったよ。もう親分の名前が出るだろうと忍耐して待ち望んでたんだが、やっぱりこういう話はローマ人に限るね。あン畜生、馬鹿に気に入っちゃったよ。一杯、飲ましてやろうか。おーい、百人隊長、百人隊長」
「俺かい?」
「おめえだ、おめえだよ。ここに来ねぇ、ここへ。ここへ座んねぇ。いやぁ、金を握らせて買いとった俺の場所だ。大きく言えば俺の教会だ。遠慮はねぇ、座んねぇ」
「ありがとう」
兵士がパウロのそばにやってきた。
「百人隊長だってなぁ」
「皇帝直属部隊よぉ(使徒27:1)」
「そうかい、飲みねぇ、パン食いねぇ。飲みねぇ。俺と一緒に鉢にパンをひたしとくれ(マタイ26:23)。今なんだなぁ、宗教家の話をしていたなぁ」
「いかにも」
「イスラエル一の親分はなんてったかな」
「ナザレのイエスだ」
「イエス……イエスってのは、そんなに偉ぇえか?」
「え?」
「イエスってのは、そんなに偉ぇのか?」
「おい!」
「なんでぇ」
「ブドウ酒を馳走になったり、パンを馳走になったりして、文句を言いたくねぇが、その言い草は何だよ。エルサレムはおろか、小アジア、ローマ帝国に預言者・宣教者あまたある中で、イエスほど偉いのが二人といてたまるかい!」
これを聞いてパウロっつぁん、ますます嬉しくなる。
「飲みねぇ、飲みねぇ、飲みねぇ。パン食いねぇ、パンを。もっとこっち寄んねぇ、百人隊長だってね」
「皇帝直属よ」
「そうだってねぇ。そんなにイエスは偉いかい」
「偉いたってねぇ。けど、お前さんの前だけど、イエスだけが偉いんじゃない」
「まだ他に偉いのがあるか?」
「教えが広がるには、述べ伝え役、つまり弟子が肝心さ。いい弟子がいるからなぁあすこには」
「飲みねぇ、飲みねぇ、おい飲みねぇ。パンを食いねぇ、パンを。もっとこっち寄んねぇ、百人隊長だってなあ」
「皇帝直属よ」
「そうだってねぇ。なにかい、あのイエスにはいい弟子がそんなにいるかい?」
「いるかいないかどころの騒ぎじゃないよ。七十門徒を含んで百人近く弟子があって、その中に聖霊のわざをもって、人に親分・兄ぃと呼ばれるような高弟が十二人。これをたとえて、キリストの十二使徒(アポストル)。この十二使徒の中に、イエスみたいに殉教したのが、まだ数人いるからね」
「飲みねぇ、おい、飲みねぇ。おい、もっとこっち寄んねぇ」
「皇帝直属よ」
「そんなこと、聞いてやしねぇや。よせよ、皇帝直属とか近衛隊とかいってやがらあ、さっきから。おい、お前の肩書きなんかどうだっていいんだ。こうなったら、ばかに詳しいようだから訊くんだけれど、イエスの弟子が大勢いるなかで、説教の上手下手は問わないが、一番すんごいのは誰だか知ってるかい?」
「そりゃ知ってらあ」
「誰がすごい?」
「イエスの弟子で一番すごいのは」
「ああ」
「十二使徒の筆頭、初代教会の指導者シモン。ガリラヤの漁師で、海に網を打って魚を漁(すなど)ってたが、呼ばれるや網を捨ててイエスの弟子となる。岩のように信仰が固いからシモン・ペトロ(岩)。これが一番だなぁ」
「ああ、やっぱり。あいつにゃかなわないなぁ。あの野郎、親分から天国の鍵を預かってやがるからね(マタイ16:19)。俺はもともと天幕(テント)職人だから、まるっきり鍵とは縁がないからな。っと、二番は誰だい?」
「もともとヨハネの弟子で、ペテロを最初に誘ったのも実はこいつ。大勢の群衆がイエスのもとへ集まって、腹をすかせていた。こういう話は、腹をすかせちゃあ耳に入らないってんで、食料を集めよう。しかし並大抵のパンじゃ足りないってんで、大麦パン五つと魚二匹を持っている子どもをつれてきた(ヨハネ6:9)。魚は二匹で、みんなが満腹だよ。大きな教会はペテロだが、小さな教会はアンデレに限るって、アンデレが二番だな」
「あん畜生、『最初の召された者』だから仕方ねえな。で、三番目は誰だい?」
「ゼベダイの倅、大ヤコブだね」
「あいつぁ、気性が激しいからなぁ。人間がなぁ。俺ぁどっちかっていうと少し謙虚だから、出遅れるんだな、まったく。と、四番は誰だい?」
「インド王に招かれた酒席で、自分のほおを打った酌人をライオンに食い殺させたトマスだね」
「ってことは五番だな、俺は。だんだん下がってきやがった。だけど五番は俺よりほかないだろう。五番は?」
「福音記者ヨハネ」
「六番は?」
「ベトサイダのフィリポ」
「七番は?」
「バルトロマイ」
「八番は?」
「徴税人マタイ」
「九番は?」
「アルファイの子ヤコブ」
「十番は?」
「ヤコブの子タダイ」
「十一番は?」
「熱心党のシモン」
「十二番は?」
「バルナバ」
「十三番は?」
「ステファノ」
「十四番は?」
「アリマタヤのヨセフ」
「十五番は?」
「福音記者マルコ」
「十六番は?」
「ティモテ」
「十七番は?」
「うるせぇな、おい。ぶどう園の労働者に賃金を払ってんじゃねぇやい(マタイ20:8)。なにいってやがんで。十七番、十八番っていってやがって、いくらイエスの弟子がすごいったって、すごいと自慢するのはそんなもんでぇ。あとの奴ぁ、実在も不確かな架空の人物ばっかだよ」
「この野郎、とうとう架空人物にしやがったな、この俺を。やい、もっと前へ出ろ。面白くねぇな、てめぇは。詳しいように見えるが、あんまり詳しくねぇようだな。キリストの弟子で肝心なのを一人忘れちゃいませんですかってんだ。この船がシラクサに着くまででいいから、胸に手ぇ当てて、傷跡に指ぃ差し込んで(ヨハネ20:27)よ~く考えとくれ。え~おい?」
パウロははらはら涙をこぼす始末。
「泣いたってしょうがねぇだろ、おめぇさん。いくら胸に手を当てて考えたって、その他にすごいという……すごい……って、あっ、一人いた!」
「それみろ。誰だい」
「こりゃ凄い」
「うむっ」
「イスカリオテのユダ」
「……いやな野郎だね、こん畜生。裏切り者を出すな、裏切り者を。そんなもん、考える以前に、ぽんともっとすごいのが出るでしょう。特別すごいのが。お前さんね、気を落ち着けて、嵐の心配なんかもしねぇで、ゆぅっくりと考えとくれ」
「いくら冬が近いからって、この天気だ。なにも嵐の心配なんかしねぇや。どう考えたって、誰に言わせたって、それ以上の弟子は……あれっ、すまねぇ囚人。まっさきに言わなきゃならねぇ一番すごいのを忘れてた」
「面白くなってきやがったな。誰だ、その一番すごいってのは」
「こりゃすごい。一番弟子のシモン・ペテロだって、その弟のアンデレだって逆らえない。イエスの弟子で、ずばぬけてすごい」
「うむ」
「ローマの属州キリキアの生まれだ」
「待った! パン、おあがんなさいよ。さあ、もっとこっち寄んねえ。誰だい、その一番すごい……」
「こりゃすごい。州都タルソス、天幕屋の倅だ」
「なるほど」
「……あれっ、大変だよ。ああ、俺ぁこの話はしたくなかったんだ。うまいこと忘れてたんだけど、おまえさんが考えろ考えろって言いやがるから思い出しちまった」
「どうしたんだい、え? どうしたい」
「まずいよ。お前さんと同じだよ」
「なにが」
「それがね、大きな声じゃいえねぇが」
「ああ」
「容姿がよくない」
「え?」
「小柄で、頭がハゲで、足がまがって、しかもシカメっ面(パウロ行伝:3)」
「うむ、ひでえ言い草だなぁ」
「あの人はつまり……パウロってんでぇ! これが一番すごいやいッ」
「よっしゃ飲みねぇ、飲みねぇ、おい飲みねぇよ。おいパン食いねぇ。もっとこっち寄んなよ。百人隊長だってね」
「皇帝直属だい」
「そうだってな。そんなに、パウロってのはすごいかい」
「すごいかなんてものは、とてもじゃないよ。天地創造このかた、預言者・聖使徒数あるなかで、すごいといったらパウロっつぁんが世界一だろうなあ」
「よしよし、聖霊くれてやろうか? え、いらない? そうかい、そんなにすごいかい」
「あんなすごいの、ないよ。だけど……あいつは人前で口下手だからね」
「いやな野郎だね、こん異邦人は。上げたり下げたりしていやがらぁ。誰が口下手だい」
「パウロがさ。地中海一、口下手なんだ、あいつは。だからアンタ、地中海ゆっくり船で航行してごらん。あいつのウワサで大変。このごろコリントスの信者たちがね、わたしはパウロにつく、わたしは雄弁家アポロにつく、わたしはペテロに、わたしはキリストにってんで分裂寸前(コリント1:12)。子守歌まで歌ってるよ」
「なにを?」
「パウロっつぁんのことを」
「へぇ~っ、俺ぁ聞いたことはないが、おめえ知ってたらやってみな」
「ああ、やってみようか」
アマニ油ぁの香りの地中海
イエスの弟子の名物男
属州キリキアのパウロ~は
手紙の時は~良いけ~れ~ど
人前に出たら口下手よ
ラッパの口とはよく言った~
ラッパは死ななきゃ
鳴り止まない~~
「パウロってやつぁ、どこ行っても宣教おっぱじめるけど、その割に口がまわらないからね」
「畜生、がっかりさせやがらぁ。この野郎。ああ~聖霊くれてやらなくてよかったよ。こりゃ」
笑いのうちに
この船が
嵐にもまれて
右往左往
積荷を捨てて
船具捨て
たどり着いたは
マルタ島
難破した船の代わりが来るまで、三カ月ばかりの冬を過ごすことにしたパウロの使徒としての働きは、伝道も、病人の癒しも、まことに立派であったそうです。
〈完〉
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