第63話

◇◇聖女の初恋


 ミューア・ルミナリアは今日、街中で出会ったカールの事を思い返していた。 もし教会に関する事なら教皇に話すのだが、女神ディアナ様についての事なので他の聖女だけに情報を共有することにした。



・人族の聖女エルザ・ルミナリアは知性の煌めきに敏感である。


・獣人族の聖女オリガ・ルミナリアは身体の能力に敏感である。


・魔人族の聖女リザベート・ルミナリアは魔力の資質に敏感である。


・エルフ族の聖女ミューア・ルミナリアは精霊や神気に敏感である。



このように同じ聖女であれ、担当する内容が微妙に異なっていたのだ。 但しカール程の資質(女神ディアナの使徒)であれば、資質の違いなど関係なしに気が付いた事だろう。




まだ、幼い感じが残る少年ながら身体から発する神気は本物である。


ミューア・ルミナリアは初めて出会った神気を纏う少年が何者であるのか気になっていた。


実を云うと4人の聖女以外では、例え教皇で有ろうとカールが発する神気に気が付がないのだ。




自分達、聖女ですら微かに神気を纏うだけである。 それがあれほど濃密な神気を纏う存在など


聖女に成って100年以上は経過しているのだが、今までに出会った事がなかった。



本来、聖女は中央神殿の中の聖女宮からほとんど出ず、女神ディアナへ祈りを捧げる。


そしてクーガやクーナの時、聖女宮から出て、栄えある優勝者へ祝福を与えるのだ。



この中央神殿から外に出て、優勝者が決まるまでの短い間だけ 聖女の役割から解放され家族との繋がりを持つ事が出来る。



本来で有れば、いま 両親と妹との団欒のひと時を満喫している時間なのだが。。。。



ミューア・ルミナリアは、胸の高鳴りを抑えるためにアポロニア島にある神殿の中で只管ひたすら祈っていた。



しかしカールを思うと心の中が熱くなり、心臓が高鳴る思いがするのだ。



ミューア・ルミナリアにとって、ある種のつり橋効果なのかもしれなかった。 妹の迷子で神経が昂り、そこに濃密な神気を纏った少年が現れ、妹を保護していた。



ミューア・ルミナリアがカールを知る切っ掛けはほんの些細なものだった、妹のシーリアが街中で迷子に成り、探していた。 そして迷子のシーリアを保護したのがカールである。



運命を感じない訳にはいかなかった。 ミューア・ルミナリアの初恋である!



「カール様!」



ミューア・ルミナリアは苦しい胸の内を母、リディアに相談する事にした。



昼食後、ミューアは母リディアの元を訪れた。 「お母さま 大事なご相談が有るのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」



母リディアは突然の相談事に少し驚いていた。 「なに? 珍しいわね? 貴女が私に相談なんて何十年ぶりかしら?」



ミューアは聖女に成ってから、中央神殿の中で有りと有らゆる知識を収めていた。 そんなミューアからの相談である、母のリディアは少し身構えてしまった。



そして、ミューアから語られた内容に母のリディアは微笑みと共に娘を抱きしめた。



「ミューア! それは恋と云うものです。 貴女は今、そのカールと云う男の子に恋をしたのです。 それはとっても素晴らしい事よ!」



母のリディアから語られる内容にミューアは戸惑いを覚えていた。 恋と云うものは知識として! 文章として! そして言葉としては知っている。



異性を好きになる事だ! でも聖女であるミューア自身が恋をするとは、いま迄 考えもしていなかった。



母のリディアも300年前、ミューアの父に恋をして30年の交際の後に結婚した。 それから70年してミューアが生まれたのだ。 



母のリディアは恋の素晴らしさを娘のミューアへ話して聞かせた。 恋をすると相手の事を絶えず考えているようになるとか、 相手の声を! 相手の仕草を!  そして相手の姿を絶えず追ってしまうのだと。。。。。。



恋の素晴らしさは分かったのだが、 困った!


「もし 本当に私がカール様に恋をしているとしたら 聖女としてどうしたら良いのでしょう?」



「私は女神ディアナ様から聖女の位を頂きました! そんな私が女神ディアナ様以外の人に心を許してよいのでしょうか? それにカール様はクーガが終わればハイランド王国へ戻られてしまわれます。」



公務としての聖女と私人としてのミューアの間で揺れ動いていた。


ミューアは母にした相談を今は近くに居ない他の聖女達にもしてみようと密かに決意した。



そんな娘の葛藤を微笑ましそうに母のリディアは見ていたのだ。 この恋と云う病は少女から大人の女性に移ろう時に誰でも掛かる病のようなもの、そしてその病は誰かに相談した時には大抵は自分の心の奥底に有る魂は答えを導き出して居る物なのだ。



母であるリディア自身もこの恋の病に100年の間、掛かっていたのだ。



恋はやがて愛に昇華する。 愛とは全てを受け入れるものだと気が付く、母であるリディアもそうだったのだ。 愛に気が付き 母であるリディアはミューアの父であるジョアンと結婚をした。



でも、ここでリディアは一つ勘違いをしていた。 娘のミューアが恋をした相手である 同じエルフ族なら問題が無かったのだが相手は人族である 恋から愛に昇華するのに100年も200年も時間を掛けれないのだ。



この時の母であるリディアは娘のミューアが恋した相手がまさか人族とは気が付いて居なかった。



神界で近々行う視察の準備をしていた女神ディアナは自分の娘の様に可愛がっている聖女が自分の代理人たるカールに恋をしてしまった事に気が付いた。



いつもはこの世界の安寧を願い祈るミューアが、カールの事を思いながら祈っているのである。 気が付かない筈がない。



女神であるディアナも担当上級神であるユピテルへ密かなる思いを抱いている身である、密かに何とか恋を叶えて上げたいと考えた。



まずは、事前の根回しである 当の本人であるカールにミューアの恋心を気付かせる事から始めなくてはならない。



その次はミューアへ神託としてカールに恋をする許可を与える。



この許可により聖女は相手に恋心を打ち明ける事が許されるのだ。



こうして、前夜祭まであと2日と云う日の夜を迎えた。



カールは今日 一日を思い返してみた。 晴れて気持ちの良い朝を迎え朝食後に出かけたアポロニア島の散策。


カールの両手には交際相手のクリスティナとアメリアが寄り添うように控えていた。 勿論 彼女たちによって両手は塞がれている。



勿論、三人だけの散歩ではない 初等学部と新入生の合同である それに皆は気が付いて居ないかもしれないが、護衛の騎士が何人も付き添っていたのをカールは気が付いて居た。



そんな散歩を遥か上空より監視していた、ハイドから齎された迷子の少女 そして保護者の姉へ引き渡しと続き 割とドタバタの午前中であった。



午後からは至って平穏無事の日常に戻っての散歩であった。



カールは就寝と同時に久しぶりに女神ディアナからの呼び出しを受けた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「カールさま いま 大丈夫でしょうか?」



以前、カールから出来る事なら、呼び出す前に事前のアポをして欲しいと云う事を云われていたのだが女神ディアナにそんな気の利いたことが出来る筈がない。



呼び出しとアポの確認が同時なのだ。



深い溜息と共に


「女神ディアナ様 大丈夫です 今日はどの様なご依頼でしょうか?」


カールとしては前回と同じように女神ディアナの運転手だと云う事は分かっていた。



「実はお願いとご報告の2点あるのですが」



「では時間の掛かりそうな、お願いの方からで良いでしょうか?」



そこから、女神ディアナのいつものお願いである次元・時空移動ドライブの運転手をする事になった。



今回の出張先は人間以外の種族が居る世界ザウンである。 此処は女神ディアナが多種族との共存を求めて作った世界である。



女神ディアナから転移先を指定され、身体を淡いピンクの光に包まれる(転移開始)カールも初回と違い慣れてきた。



この人間以外の種族が居る世界ザウンでは陸海空に其々、支配者が居るのだが 相互に不干渉を貫いている。



今回の女神ディアナの訪問はその不干渉の確認である。



不干渉の確認は概ね、支配者の交代時期を目安に行われるのだが。。。



今回は女神ディアナのメインは聖女ミューアの事をカールに伝える事だったため、この世界の視察自体がカモフラージュだったのだ。



そんな事など知らないカールは遥か上空にある天界から人間以外の種族が居る世界ザウンを女神ディアナと一緒に眺めていた。



その時、本来なら縄張り争いなど起こるはずがない天空の支配者の一族の中で争いが起ころうとして居た。



それは、まだ年若い一羽のメスが自分たちが支配している世界の更に上空には何が有るのだろうと好奇心を抱いた事から始まったのだ。



年若いメスは群れの長老に天空の更に上へ行きたいと云うと長老の有無を言わさぬお小言を貰う事になった。



何故ならこの年若いメスは群れの中でも極めて力のある存在だったのだ。


それ故に長老の言葉だけでは納得は出来ていない。



若さゆえの傲慢とも取れる言動も極めて力のある存在として増長が許されていた。


ある日、その年若いメスは一人で天空を飛んでいた。



そこに天界からカールと共に下界を眺めていた女神ディアナは大空を一人悠然と飛翔している年若いメスを見つけた。 その視線に気が付いたわけでも無いのだが年若いメスは遥か天空を見上げたのだ、何処までも青く澄んだ空 その空を見上げた瞬間に年若いメスは一気にその青く澄んだ空へ向かい羽ばたいた。 






その行動に意味が有ったわけではない、只 若さ故の無謀かもしれない 自分の力の限界を知ろうとしたのかも、一族の禁忌に抵触する事を知りながら。



誰も到達した事のない天空から眺めた景色は何物にも代えがたい物だった。


しかし、その尊き時間も直ぐに終わりを迎えようとした。



上空、数千メートルは極めて酸素が希薄になる。 気が付くと呼吸困難に成りかけていたので慌てて戻ろうとした時には意識を失いかけていた。



混濁する意識の中で一族の禁忌に抵触した自分は死ぬのだと思った。


確かに意識が混濁し飛ぶ事を忘れた物は死ぬしかなかったのだが、丁度 女神ディアナは大空を一人悠然と飛翔している年若いメスを見ていた為 カールに命じその命を助けた。




この人間以外の種族が居る世界ザウンでは例え女神ディアナで有っても、いや 女神ディアナは力が有り過ぎるために直接の干渉する事はできないのだ。




女神ディアナの使徒であるカールが意識を失い地上に向かって落ちて行く存在に落下を止める飛翔と希薄な空気を補う為の魔法を掛けた。



暫くして年若いメスは意識を取り戻したのだが、自分が生きている事に気が付いて居ないのだ。



この世界に於いて飛翔中に意識を失う事は死を意味していた。 この事は産まれたばかりの雛でさえ知っている。



また、羽ばたいていない自分が天空に留まっている事にも生きているとは思えなかったのだ。



一族の禁忌に抵触した自分が暖かで気持ち良い死後の世界に来れた事を感謝していた。


そこに突然、頭の中に響く声! 神々しくも暖かで優しい声を聴いた途端 神の存在に至った。



カールは女神ディアナの指示で助けたものの、この先の事など考えても居ない女神ディアナに呆れながらもどうするか思案をしたのだ。



いま助けた年若いメスは両方の翼を失っていたのだ、いや云い方が間違っていた。 物理的な翼は存在するがこの世界で飛翔するための力を失っているのだ。



このまま、この世界に留まれば生きてはいけない事は明白、では自分の世界に連れ帰るのか?


カールが生きている世界ルミナリアで有れば、カールから供給される魔法を糧に飛翔をする事が出来るのだ。



まず、主である女神ディアナに聞いてみる事にした。


「女神ディアナ様 この助けた命、どうされるのでしょう?」



「どうされるとは???」



「はぃ このままこの世界に放置すれば、翼を失ったこの者は生きてゆけませぬ

  もし、女神ディアナ様のお許しが頂けるのでしたらこの者は私の配下として私が生きている世界ルミナリアに連れえて行きたいと思います。 勿論、この者の承認を得ての事ですが。」



暫く考えた女神ディアナは「カールさま! 生き物を飼うのならちゃんと最後まで面倒を見ないとダメですよ! 出来ますか?」 まるで母が子犬を飼いたいと駄々を捏ねている子供に向かって云うセリフを吐いていた。



カールは苦笑しならが「はぃ 分かりました 大丈夫です。」と答えた



カールは女神ディアナとの交渉の後、いま助けた年若いメスに念話で事の一部始終を話した。


 

カールの話を静かに聞いていた年若いメスは既にこの世界では天空を飛翔する事は出来ない事を知った。 元々既にない命である カールに救われたのなら、新しい世界を見て観たいという好奇心に駆られカールからの申し入れを受託した。




「名前が無いようだから名を与えます! 今から貴女はメーティスと呼ぶ事にします」


神から名を与えられた事にこの年若いメスは身震いする程の感銘を受け、一生の忠節を捧げる事を誓った。



メーティスは真っ赤な羽に長くしなやかな尻尾を以っている、地球人が見ればフェニックス:不死鳥と呼ばれた存在を思い起こすだろう。



女神ディアナのこの世界での用事も既に無いようなのでカールはメーティスを連れて元の世界に戻る事にした。



元の世界に戻ったのだが、バタバタの騒動の結果。女神ディアナが初めに云っていた報告を聞く事を完全に忘れていた。 思い出したのはカールが寝る前に行っている 本日の出来事の振り返りでの事であった。。。



メーティスはカールから大量の魔力を貰い、大空を自由に飛ぶ事が出来る翼を手に入れたのだが、元の世界で飛んでいた翼より数十倍も高性能であり驚いていた。



しかし魔力で作られるたメーティスの翼が馴染むのにはまだまだ、時を要するようだった。


後の世に天空の支配者 神聖皇竜ハイドと双璧となる神鳥メーティスの誕生で有った。

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