15 慮外者
それは美しい乙女だった。彼女の前に皆平伏した。
公爵家の令嬢であるエレインも、エレインの婚約者である王太子殿下も。殿下は乙女の手を取り、エレインは喜んで身を引いた。
教会の鐘が鳴り、乙女は王太子と結ばれ、国の皆はそれを祝福した。物語はそこで幕を閉じた。
しかし、物語は終わっても、彼らの人生は終わらなかった。
最初、違和感に気付いたのは誰だろう。
王太子は乙女がまるっきり王太子妃に相応しくない事に気が付いた。披露宴に来た各国の要人を前に醜態を曝け出した。近隣の言葉も話せない、マナーもなっていない、お酒を飲んで暴れる、美しい男を見ると、それが誰であれ平気で声をかけ、媚びを売り、ベタベタとくっ付いた。王宮の大ホールの披露宴会場は阿鼻叫喚に包まれた。
そこには乙女の魅力は消え失せ、醜悪な女がいた。
王太子は頭を抱えた。王と王妃も頭を抱えた。エレインも頭を抱えた。
「何があったのだろう」
「アレは何処に」
「部屋に閉じ込めております」
「見張りも付けました」
「夢を見ていたようなのです」
「そうだな、劇場にいるような感じだろうか、物語は決まっていて、私は中のひとりの役のような、当り前に演じていた」
「私もですわ」
「まるで何かに……、そう、呪われたような」
* * *
アニエスとフォントネル公爵のお屋敷に、みんなは集まっていた。エレインはフォントネル公爵が国に留学していた時に知り合った。園芸仲間である。
アニエスを連れて花を見に行って、疲れ果てたエレインと王太子に会って驚いた。
アレから色々な事があって、大変だった。まだ呪いが解けていないようで、このままではどうしていいか分からない。何処にも行けない。立ち止まったままだった。
そんな二人を見て、アニエスと公爵は魔女に相談しようと思ったのだ。
「そのような呪いがあるのでしょうか」
フォントネル公爵は出会った時にアニエスを助けたので、気になって聞いてみた。
「君も元婚約者が呪われたのか?」
あの時のアニエスの元婚約者はとても酷い男だった。アニエスに暴言を吐いただけでは済まず、女性一人に男数人で暴行をしようとした。
本当に助けて良かったと思っている。
「私は呪われたとは思っていません。あの方はそういう方でした。私はあなたと出会えて本当に良かった。ユーディト様に感謝しております」
「私も感謝しています」
アニエス様とフォントネル公爵が幸せそうに顔を見合わせる。
フォントネル公爵邸の、今ひと組のお客は、黄金の長い髪にグリーンの猫のような瞳のコケティッシュな女性と、水色の髪、水色の瞳の人形のように美しい男の、ちょっと不思議な取り合わせ。
「時々あるんですよね、まるで皆が魅了されたようになって。目が覚めるのはまちまちですわ、結婚式のすぐ後ならラッキーですわね。お子が出来て、国が危なくなったり滅びたり、王太子は大抵王位継承権を放棄して、臣下に下るとか、罰を受けるとかいろいろですわ」
コケティッシュな女性は案外サバサバとした口調で話す。色っぽくないけど魅力的?
男性の方はあまり喋らない。物言わぬその瞳は人形のように無機質で、却って惹き込まれそうな危うさを孕んで。
「そんなにあるのでしょうか……」
エレインは夢から覚めた後の悲惨な状況を思い出した。続きがなくて、そこで終わったのならラッキーなのか。
「その娘は魔法の研究が盛んな国に研究材料に差し上げたらいかが」
「まあ、そうですわね」
魔女はあっさりさっぱりと怖い事を言い切ってくれる。
「それにしても、こんなに多いという事は変だな」
フォントネル公爵が首を捻る。
「人とはそういうものではございませんの?」
ユーディトは時々無知なことを言う。その落差が面白いといえば面白い。
「そうでもない。与えられた場で藻掻きこそすれ、道を踏み外す者はそうそういない。だから、道を踏み外さない者が安心して住めるよう、刑罰があるのだ」
「なるほど、ものは考えようですわね」
真面目なフォントネル公爵と、ぶっ飛んだユーディトの対比は面白いが。
「んー、ちょっとピピっと来たんですけれど」
「直感か」
声まで水のような人だ、サラッと流れてどこかへ行く。
「あんたの直感はねえ、規格外だからねえ」
もう一人客人がいた。黒い髪黒いドレスの影のような婦人。
「どういう直感なんだ。聞くだけは良いであろう」
エレインの連れは元婚約者の王太子だ。一緒に居るが、先はどうするのか、あの女の所為で何も決められないのだ。
「んー、その言い草は気に入らないけどまあいいわ」
そうして身分差も何のその、ユーディトは話始める。
「この世界に他の世界から干渉して来る者がいるのよ。その所為で物語のような事が起こるの。物語が終わった所で皆目が覚めるから、その後の始末が大変なことになるのよー」
「他の世界か、そのようなものがあるのか」
目を見張って、エレインの隣にいる元婚約者が問う。
「世界は広いのですわ。幾つもの世界がありますの。私の育ての親はそう言いました。他の世界に行くのは大変ですし、余計な者を呼び寄せると、この世界も無事じゃ済まないらしいんですの」
「例えばどういう」
「そうですわね、魔王を生み出すとか、龍を呼び出すとか、そういうのは違う世界から来た者にしか倒せないとか、その者が天変地異や戦争、魔物暴走、星を落として国を亡ぼすとかもあるようですわ」
「それは……、恐ろしい事だな」
みんな蒼ざめた顔になる。
「この世界では、そのような事はこれまでなかったのじゃが」
黒いドレスの婦人が言う。まるで何年も生きて来たような言葉だ。
「この世界に干渉している者はそんな気はないようですが、気が変わらないとも限りませんし、来た者が余計な事を考えないとも限りませんし」
「では、干渉を断ち切ったらどうなるんだ」
元婚約者は足掻いている。このままではどこにも行けない、進めない。
「今まで通りだと思いますよ。物語みたいなことは起こらなくて、皆が皆はっと目が覚めたりはしなくて、慮外者は何処にでもおりますし、皆で矯正することになるのでは?」
「そうか……」
エレインと元婚約者は話し合ってみると言って、その場を辞して、その集まりは解散となった。
王太子とエレイン達は、それからしばらく話し合って、干渉を断ち切る事にしたらしくて、ユーディトに使いが来た。
しかし使いの者にユーディトは肩を竦めた。
「それがねえ、干渉を止めたようですの。んー、というか、向こうで何かあって出来なくなったようですわ。打ち切りとか言ってました」
「打ち切りか。では干渉は無くなるのだな」
「はい。一応、こちらからも干渉を遮断しておきますわ。こちらがお手紙です」
使いの者は手紙を受け取って帰って行った。
それから先、この世界では物語のようなことは起こらなくなったという。
※セルジュとユーディトのお話はこれで一旦完結といたします。
読んで下さってありがとうございました!
呪われた魔女と女嫌いの冒険者 綾南みか @398Konohana
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