05 黄金の魔女(2)
ユーディトはそのまま引き下がろうとしたが、イアサントの目がユーディトの連れている侍女を見たとたん釘付けになった。可愛い。
淡い水色のフワフワの髪を首の後ろでリボンで括っている。華奢な身体。チラリとイアサントを見た無機質な瞳が心に来る。
「待て、その侍女を置いて行け」
「え」
セルジュはユーディトの後ろに隠れた。
「君、名前なんていうの?」
「ちょ、これは私の侍女よ」
板挟みになってユーディトは慌てた。
「分かった。二人まとめて面倒見よう」
どうしてそんな考えになるんだろう。
「この際3Pでも構わん」
「冗談じゃないわよ。そんな余計なものはいらないわ」
「ならばそいつを置いて行け」
「何でこうなるの」
『お得意さんなのか、どうする?』
侍女のセルジュが小さな声で聞く。
「こうなったら召喚してあげるわ!」
もうユーディトは切れた。
魔法陣に向かって魔力を注いだ。
「運命の女神よ
彼の者に運命の相手を娶わせよ
彼方より此処に、いざ!」
誰も止める暇もない。
呪文を唱えて薬を撒く。魔法陣から煙が上がる。
真っ白になったところから女性の影が現れる。
「わたくしを呼んだのは誰?」
イアサントはユーディトと侍女の後ろから、そろっと魔法陣を覗き見る。
金の巻き毛に緑の瞳の美しい女性が現れた。
「おお、魔女よ感謝するぞ」
イアサントは嬉しそうに美しい女性の前に進み出た。
「君こそ我が赤い糸の君」
「では私は帰りますわ」
取り澄ました侍従の前に立って、礼金を寄越せと目で凄んだ。
慌てて侍従が包んだものを捧げる。
ユーディトは包みを受け取ると、にっこり笑って侍女の手を引いて、さっさとその部屋を後にした。
家に戻って可愛い侍女の格好をしたセルジュを見る。
ユーディトの様な我が儘じゃなくて、可愛らしい侍女が水色の髪でつんと澄ましている。この子ツンと澄ましている方が可愛いわ。横から見下ろしても良さそう。
ツンデレってこういうのを言うのかしら。この子につんけんされながら、ああいう事とかこういう事とかされたら……。
ユーディトの中にイケナイ妄想がモクモクと沸き上がって来るのだった。
⑅ ⑅ ⑅ ⑅ ⑅ ⑅
さて、こちらはグレミヨン男爵邸である。
時間は少しさかのぼる。
ユーディトに召喚された女は、屋敷をきょろきょろと見回して聞いた。
「ここは何処?」
イアサントは少し胸を張って答える。
「ここはミュンデ伯領の隣、グレミヨン男爵の屋敷だ」
「まあ、何と。あなた様は?」
「私はイアサント・グレミヨンだ」
「まあイアサント! 大きくなって」
女はイアサントを抱きしめる。なんか違うと思いながらイアサントも女を抱きしめる。
そこに男爵が領地から帰って来た。
「旦那様がお帰りでございます」
同行していた男爵の執事が帰還を告げる。
「まあ!」
女はイアサントの手を掴んで玄関に駆け付けた。
「ダーリン!」
「え、あなたはどなたですか」
若くて美しい女性が現れて驚きながらも彼女をじっと見る男爵。何処か見覚えがある顔であったのだ。
「まあ、ダーリン。あなたのマリーよ。忘れたの?」
「おおマリー、忘れるものか。私の赤い糸。お前が亡くなって、私は、私は──」
男爵の妻マリーはイアサントが生まれてすぐに亡くなったのだ。
「私ね、違う場所で生まれ変わったの。でも、もう一度あなたに会いたくて、イアサントの事も気になったし──」
「そうか、会えて嬉しいよ。君は相変わらず綺麗だ」
昔と変わらぬ若くて美しい妻に男爵は気後れした。あれから19年経ったのだ。
「あら、あなただって渋くなって、私好みだわ」
マリーがうっとりとした顔で男爵を見る。さすがイアサントの父親である。息子の軽薄さが取れて、落ち着いた男の色気が駄々漏れであった。
「え、そうなのかい?」
「ああ、ダーリン会いたかった」
「私もだよ」
ふたりはヒシと抱き合った。
「あれは私の母上なのか」
べったりと抱き合った二人を見て、イアサントが父の執事に聞く。
「そうでございますね。見覚えがございます。もう19年になるのでございますね」
執事はそう言ってハンカチを取り出した。
「旦那様は奥様がお亡くなりになってから仕事一筋で──」
「そうか……」
イアサントは手に入らない何かを追いかけ回していた。もしかしたら心の中の何処かを埋める存在を探していたのかも知れない。
グレミヨン男爵家のイアサントはどういう訳か、あれからすこぶるつきのいい子になった。働き者のまじめな男になったと聞く。
良かった良かったである。
男爵からも感謝のお礼を頂いて、ユーディトの評判も上がった。
ある日ギルドから帰って来たセルジュがぽつりと言った。
「お前って、時間差攻撃するんだな、時々」
「え? 何て言ったの、セルジュ」
「何でも」
ミュンデ伯領は今日もおおむね平和であった。
二話 終
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