第26話 セミダイレクトでありがとう!
「シッ! シッ! ふう……。これは大変だ!」
俺は自室でナイフを振る。
ダンジョンから戻って『ナイフ 戦闘方法』とネットで調べてみたのだが、ナイフの握りだけでも数種類ある。
・ナイフの背を親指で押さえる握り
・ナイフの側面に親指を添える握り
・ナイフを軽く持ち、手首のスナップを使う為の握り
・ナイフを逆手で持つ握り
戦い方も数種類ある。
・ナイフを順手で握り、前方で敵の攻撃をさばく
・ナイフを順手で握り、敵を刺す
・ナイフを順出で握り、敵を切る
・ナイフを逆手で握り、敵の攻撃を受ける
・ナイフを逆手で握り、敵を刺す
・ナイフを逆手で握り、敵を切る
他にも体術のように、『敵の懐に入りナイフで戦う方法』、『相手の攻撃をナイフでいなし、すれ違いざまにナイフで一撃を入れる方法』、『相手の腕を取り、羽交い締めにしてナイフでトドメを刺す方法』などもあり、とても一日で覚えられそうもない。
ナイフ使いの世界がディープすぎる……。
だが、俺は、明日から戦闘でナイフを使わなければならない。
俺はナイフ★4『縦横無尽』を握って、ネット動画で解説しているナイフ術を一通り動いて試してみた。
(これと……これだな!)
明日からでも、何とか使えそうなナイフ術は二つ。
◆1 順手で握り親指をナイフの背にかけて刺す。
この握り方だと、ナイフを真っ直ぐ突き出しやすく、すっぽ抜けがない。
動いて有利なポジションが取れたら、相手の急所にナイフを突き出すイメージだ。
◆2 逆手で握り相手を刺す。
逆手で握ると、素人の俺でも力を入れやすい。
しっかりとナイフで刺したい場合は、逆手の方が良さそうだ。
俺は明日に備えて、何度も素振りを行う。
順手、逆手、踏み込んで刺す、回り込んで刺す。
「フウ……、フウ……、ハァ……、ハァ……」
すぐに息が切れてしまう。
学生時代に比べて体力がメチャクチャ落ちている。
二年間、ニートをしていた影響もあるだろう。
「ノック! ノック!」
誰かが俺の部屋を、音声付きでノックする。
この声は御手洗さんだ!
俺は息を切らしながら、ドアを開けた。
「わっ! トレーニング中ですか!?」
「ハァ……、フゥ……。もう、終わりにするところですよ」
「大丈夫ですか? 凄い汗ですよ」
俺はジャージ姿だが、汗でぐっしょりだ。
「いや、情けないことに、運動不足で体力が落ちているみたいで」
「ああ~。それは、私も感じますよ。頼まれた情報収集が終りました」
「ありがとう! 入って!」
俺は今日の戦闘で大いに反省をした。
自分の戦いぶりもだが、事前に情報収集をしていなかったのだ。
これから戦う魔物。
出現する可能性のある魔物。
ダンジョン内のトラップ。
宝箱の出現しやすい場所。
調べられる情報は沢山あったし、ネットに情報は沢山のっているのだ。
情報を調べたいとみんなに話したら、御手洗さんが情報収集を買って出てくれた。
俺の部屋はベッドとローテーブル、そして、引っ越しで使ったダンボール箱が積み上げられた殺風景な部屋だ。
御手洗さんは、物珍しそうに俺の部屋を見回すとぺたりと座り話し出した。
「二階層はコボルドが二匹出ると思われます。宝箱は一つ、トラップはナシと予想します。宝箱は回収したいですね」
御手洗さんは、他のダンジョンの情報を調べて、鉱山ダンジョンの魔物出現パターンを予想したそうだ。
宝箱やトラップも他のダンジョンの情報に目を通して予想した。
「ありがとう。これで心の準備が出来る。二匹なら、俺が天井を走って背後に回り込もうかな……」
「そうですね。天地さんが、先行してコボルドの後ろを取る動きをすれば、コボルドに隙が出来ると思います。そこを沢本さんが突けば、短い時間で勝てるのでは?」
「うん! それで行こう!」
御手洗さんが調べ物をしてくれると、正直助かる。
俺は戦闘能力を高めるために、ナイフ術の練習もしなくてはならない。
「今日は、ほぼ一日ダンジョンに入っていたので、収入も良かったですね」
「そうだね。正直、助かる」
「今日のドロップは小金貨三十枚で、ドロップ率は百%です」
御手洗さんが、ジッと俺を見る。
俺のスキルに感づいているのか?
だが、ダンジョン省の片山さんからは、俺のスキル【ドロップ★5】について、あまり他人に話さないようにと注意されている。
いずれはバレるだろうが、ギリギリまで黙っておこう。
俺は、とぼけることにした。
「いや~絶好調だよね! これで二階層を探索したら、もっと稼げるのかぁ~!」
「そうですね……」
俺は御手洗さんから、視線をそらしてストレッチを始めた。
「レベルも3になったし、良いことずくめだね!」
俺と御手洗さんは、レベルアップしてレベル3になった。
ステータス表示に変化はないが、ダンジョンを走った時に、【素早さ】が上がっている気がした。
御手洗さんは、俺への追求をあきらめたようで、フッと息を吐いた。
「さっき片山さんが撮影した天井を走る動画が、ネットにアップされていましたよ。かなりコメントがついています」
「おお! そうなの!」
話が変わったことに、俺はホッとした。
俺がナイフ★4『縦横無尽』を装備して坑道の天井や壁を走り回った後、沢本さん、御手洗さん、片山さんも同じことをしたのだ。
その時の様子を動画に撮っていたので、片山さんが早くもネットにアップしたのだろう。
残念だったのは、重力が仕事をしなかった。
ダンジョン省の片山さんは、スカートのビジネススーツ姿、御手洗さんはフワリとした巫女衣装を着ていたので、天井を走ったら重力に引かれてスカートや巫女服がバサリとなるかなと期待していたのだが……。
本当にダンジョンは不思議空間で、スカートや巫女服は二人の秘密領域をしっかりと守った。
――残念!
俺は足を開いて、左、右とストレッチを続ける。
すると御手洗さんが立ち上がって、俺の背中を押し始めた。
「天地さん、一緒に基礎体力を上げませんか?」
「基礎体力?」
「ええ。ネットを調べていたら、基礎体力を上げるとステータスに好影響が出るってSNSに情報を上げている人がいたんです」
「へえ~! 本当かな?」
俺は足を開いたまま、前へ体を倒す。
だが、体が固いので、あまり前に倒れない。
すると御手洗さんが、背中に体をのせてきた。
「イタタタ……」
「天地さんは、体が固いですね!」
面白がっているのだろう。
俺の背中にのしかかってくる。
そうすると、御手洗さんのやわらかい胸が、服越しに、セミダイレクトで背中に当たるのだ。
体の一部が固くなってしまう。
「固くて、すいません……」
「体が柔らかい方が、怪我をしにくいですよ」
「あっ、はい」
御手洗さんの話が耳に入らない。
心臓バクバクで、それどころではない。
「毎朝、一緒に走りませんか?」
「はい。よろしくお願いします」
セミダイレクトは、続いている。
俺が開脚して、御手洗さんに背中を押されていると、急にドアが開いた。
沢本さんの娘優里亜ちゃんだ。
優里亜ちゃんは、俺と御手洗さんの様子を見ると、ニヤリと笑った。
「ママー! お兄ちゃんとお姉ちゃんが、エッチなことしてるー!」
「ち、違う!」
「違います!」
最後は、沢本さんも部屋に入ってきて、大混乱になったが、良い一日だった。
ダンジョンありがとう!
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