第三章/滅美・#渦位瞬
朝。まず、光があった。その後に、卵が焼ける香り、包丁がまな板を叩く音。一杯の水を飲み、居間に行くと、円が朝食を作っていた。
「おはよう」を交わした。レースカーテンを通して半減された太陽の白い光が部屋に溜まる。そこにエノキが気持ち良さそうに寝ていた。円は朝食を済ますと、そそくさと荷物をまとめ、玄関の扉を開けた。純粋な陽光が玄関に差し込み、目を眩ませながら手を振って見送った。今日は冬休み明けの最初の登校日だった。
皿洗いを済ませると、陽の暖かさに誘われるように散歩に出た。路上にはセイヨウミヤコグサやタンポポが黄色い花を咲かせ、春の訪れを感じさせた。
アスファルトの隙間からはノハライトキビやシロイヌナズナが力強く生長し、街路樹のネムノキは微かに芽吹き始めていた。
酒匂川の散歩道に向かっていると、軒先の植木鉢からローズマリーやバーベナがそよ風に乗って香った。別の鉢にはムクゲとカーネーションとアルストロメリアが混植され、明日にも開花しそうなほど、蕾を膨らませていた。
川沿いは満開の桜並木で、淡い花弁が遠く先まで春霞のような眠気を誘う。川は陽光を乱反射し、祝福のように美しく輝いていた。
堤防の斜面にはシロツメクサが咲き乱れている。春の微睡を背中ごと預けたくなり、身体を動かした瞬間、蜜蜂が頭上を通り過ぎてハッとする。
花霞を超えた奥山の冠雪は少しずつこの川へ雪解けし、今も流れている。
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