第3話
2000年代初頭の頃から発展してきていたe-sportsはスポーツとは違う概念で捉えられてきたが、着実に発展してきていた。
2020年代に入ると、オンライン対戦が活発化していき、2020年代後半には現実のスポーツと同じく、一人のユーザーが一選手を操れるようにもなっていった。
2033年、中国はサッカー・ワールドカップ招致活動に立候補しようとしていたが、恒例の人権問題を提起されて却下された。中国側の怒りはおさまらず、2034年開催のワールドカップに合わせて、e-sports大会を開催することを宣言した。
その宣言は国家主席自らが行い、彼は世界のスポーツの在り方をこう批判した。
「西側諸国は我々の人権問題を批判しているが、彼らが管理しているスポーツこそ男女差別、人種差別がはびこる世界である。我々が開催するe-sportsのワールドカップは男女に差がなく、教育や環境にも影響されないものだ」
当初、多くの人間は中国の負け惜しみだろうと思っていた。
しかし、実際に開催されたものは、ほぼ全ての人間の度肝を抜くものであった。
既に2010年代でも実際とほぼと変わらないレベルにまで発展していた映像面では現実と全く同じレベルのものを有していた。そして、競技内容はというと、現実の世界を超越していたのである。人間と違い、疲労も負傷もないので、どこまでも練習ができ、極端な作戦も容易に行うことができる。試合においても加減を考える必要がない。相手に対する激しい当たりなどの迫力は現実では絶対に味わえないものであった。
21世紀のスポーツは、現実世界ではなく、ヴァーチャルの世界にあるということを多くの人が知ることになったのである。
しかも、中国国家主席の言う通り、チームの中には女性も民族も国籍も関係がなかった。高度な通訳・翻訳機能は異なる言葉を話すユーザー同士のコミュニケーションも問題なく取れるのであり、あくまで参加者の技量と頭脳のみで競われる世界であった。
障害者ですら、その箇所によっては全く互角に参加することができ、またそうでない重度の場合でも対等にプレーできるハンデ機能も取り入れられるようになっていった。
多くの観客が現実にある人間のスポーツではなく、ヴァーチャルのスポーツを見るようになった。もちろん、参加もするようになった。現実側からは「こんなものはスポーツではない」という反論もあったが、一度出来た流れは覆らない。
「一度、100メートルを6秒台で走るレースを見た人間が、改めて9秒台のタイムで走るレースなんて見たいと思うかね?」
ある五輪金メダリストはこう言って、現実の敗北を認めた。
2010年代、男女の格差差別について「男女には迫力の差があるから」という言葉が使われていたが、今や男女の平等は実現された。「生身のスポーツは迫力がないから」という言葉の下、揃って敗者となったのである。
スポンサーも一斉に鞍替えをした。「国籍も民族も性別も関係なく、誰もが頂点を目指せる世界」は広告としても恰好の題材だったのである。
ただし、あまりに競争が激しい世界なので、頂点を目指す戦いは熾烈極まりないものなったというデメリットはあった。例えば、あるチャンピオンも、数か月後には完全に失墜して望んだ広告効果を得られない可能性がある、というような。
e-sportsの問題点は、迫力や臨場感を実際に味わえないというものであった。もちろん、映像技術・音響進化の技術はヴァーチャル世界にありながらにして本物と変わらない、いや、それ以上のものを感じることができるようになっていた。
本物を超えるというのはどういうことか。そもそも、現実で感じているものにしても、脳が受け取る電波であり、光であり、信号に過ぎない。そういう刺激の操作についてはヴァーチャル世界に一日の長がある。
とはいえ、実際の体当たりの衝撃などについてはプレーで得られることはない。ただ、ヴァーチャル世界のプレーの激しさを現実に反映すれば人間の身体では到底耐えられない。こうした欲張りな層のために特殊なスーツが開発された。
これにより、衝撃などについては心配がなくなったが、それでも人間の身体であるから、例えば関節の限界を超える衝撃などはありうる世界である。結局、初期にはある程度の人気を博したが、一部の奇特な層を除いて定着はしなかった。
しかし、万能スーツの開発と失敗は新しい概念をスポーツに持ち込んだ。
これまで、人間のスポーツは航空機によるものを除いて、ほぼ全てを地上で行うものであった。しかし、スーツに跳躍機能や滑空機能を搭載することにより、空中を利用することも現実味を帯びてきたのである。
ヴァーチャル世界は当然こうした概念も取り入れることになり、これにより、格闘技などもドッグファイト型が当たり前となり、サッカーやホッケーなども空間内を利用した三次元のスポーツへとなっていったのである。
一旦、人種や性別から解放された世界を目の当たりにすると、人はそうでない世界を尚更赦せなくなる。
今や、共通に負けている男子スポーツと女子スポーツはただ差別を押し出すだけのものとして一気に叩かれるようになった。また、練習環境の差が、国籍、人種などの環境によるところが大きいこともマイナスとなった。
更に待遇が下がってくるにつれて、かつては問題にならなかったパワーハラスメントなどの問題もより大きく取り上げられるようになる。
数年も経たないうちに、現実のスポーツは差別・ハラスメントの象徴として捉えられるようになり、知識人や良識のある人間は離れていった。そうした中で内部分裂や紛争が相次ぎ、悪循環を繰り返して2040年半ばを超えると、自然消滅していった。
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