第2話 きっかけ
俺とレイちゃんが出会う前。
遡ること数日前のこと。
「それでは、本日の講義はここまでとします。来年からはどこかの研究室で卒業研究に取り組むことになります。必ず今年中には各自で研究室訪問をしてください。それと2年生最後の課題は、AI関連ビジネスをテーマに各自自由にまとめてください。では、良いお年を」
そう言ってヤマダ教授は大講義室を出て行った。
一気に弛緩した空気が室内を覆った。
ガヤガヤとし始め、すでにほとんどの生徒たちは席を立ち始めた。
俺は混雑を避けたくて、ゆっくりと講義ノートやタブレットなどを終い始めた。
その時だった。
見知った顔がひょっと現れた。
「よっ、親友!」
「なんだ、カケルもいたのかよ」
「おう、遅れたから後ろにいたんだ」
カケルは金色に近い茶髪をガシガシとかいた。
そしてすぐに何かに気がついたように言った。
「そういえば、シズクちゃん、今年受験だろ?どこ進学するの?」
「ここ」
「え?マジで?」
「なんかよく知らんが、推薦で受かったらしい」
「おいおい、これりゃあ今年最後のビッグニュースだ」
「何がだよ?」
「だって、あの女神がうちのような国立と言ってもマイナーな商科大学に来るんだろ?」
「学部は、社学らしい」
「なんだー経済じゃないのかー。でもお前の方は嬉しそうじゃなさそうだな」
「当たり前だろ?シズクと学部まで同じとか勘弁してくれ」
「はあ……相変わらずだな。親友よ、お前はわかっていないな」
なぜかカケルはわざとらしくやれやれと言ったように落胆の表情を浮かべた。
いやいや、落胆するのはこっちだからな。
なんせまたシズクと同じ学校に通うとか、地獄以外の何物でもない。
親父が再婚して、2歳下のシズクが妹になったのはかれこれ10年くらい前だ。
小学1年生かそれくらいでは、すでに一緒に住んでいたとはいえ、シズクのせいでどれだけ俺が面倒ごとに巻き込まれてきたことか。
そのことくらい中学、高校と同じ腐れ縁のカケルはわかっているくせに白々しいにも程がある。
「わかっていないのはお前の方だろ、カケル?」
「なんだよ?また『シズクちゃんを紹介してくれ』って、頼み事がお前に殺到すると思っているのかよ?」
「それだけだったらまだマシだろ。これまでのシズクの恋人の有無とか根掘り葉掘り聞かれる未来しかないんだが?」
「まあ、シズクちゃんめちゃくちゃ可愛いからなー」
「毎回毎回のように、『お兄様!シズクちゃんと会わせください!』とか下心のある野郎たちの相手をなぜ俺がしなければならん?マジで面倒なだけだからな?直接、シズクに聞けって話だろ?」
「ハハハ、そりゃあそうだー」
カケルは他人事のように笑った。
別にシズクが嫌いなわけじゃない。
俺だって血が繋がっていないとはいえ家族である妹を大切したいという一般的な気持ちは持ち合わせているつもりだ。
でも、シズクが成長するにつれて、その美貌が周囲の男たちを惑わせ始めた。
そのおかげというか、そのせいで、俺は上級生から下級生まで時には大学生からシズクの噂を聞きつけた野郎どもに絡まれることが増えた。
『シズクちゃんは誰かと付き合っている?』
このような類の質問は聞き飽きた。
それだけではない。
ひどい時には『シズクちゃんに振られたのは、お前のせいだからなっ!』などといちゃもんをつけられて、殴られそうになったことも一度や二度ではない。
そんな中学校、高校生活を過ごしたおかげで、もう絶対にシズクとは同じ学校には通いたくなかった。
だから、わざわざ国立の大学でもそれなりに難関のところに頑張って進学したのに……くっそ、シズクのやつ絶対にわざとだろ。
「でもさー。真面目な話、お前もそろそろ妹離れすればー?」
「はあ?俺のどこが妹離れできていないんだよ?」
「いやーだってさー。お前、シズクちゃんと会いたくないからわざわざ一人暮らし始めたんだろ?立派なシスコンじゃん?」
「……意味わからん。関わりたくないからこそ離れたんだが?」
「いやいや、それって逆でしょ?」
「何が?」
「離れたくないほど意識していたから、自分から関わりを絶つ以外に選択できなかったんでしょ?」
カケルの言葉に何も言い返すことができなかった。
いやそもそもカケルが何を言いたいのかわからない。
それに対していちいち『何が言いたの?』など聞いて説明されるのも面倒だ。
だから俺は反論の言葉を述べなかった。
でも、これだけは言える。
俺は別にシズクのことをそこまで好きではない。
むしろ苦手だ。
なんせあいつは何を考えているのかわからないから——
カケルはわざとらしく話題を変えた。
「ああそうだ。それよりもAI関連のレポートどうする?テーマ決まった?」
「来月までのやつだよな?」
「そうそう」
「AIとIT技術の経済活動に関するものだったらなんでもいいらしいけど、逆に漠然としたテーマで困るよな」
「ちなみに、俺は決まったぜ」
「……どんなテーマだよ?」
「ズバリ、AIマッチングアプリのサービス利用者から見えてくるサービス向上の鍵というテーマだっ!」
「それは……マッチングアプリをするための建前が欲しいだけだろ?」
「ハハハ、そういう側面がないわけではない」
「お前、彼女いるだろ?今は誰だっけ?サリちゃんだっけ?」
「いや、実は先週別れたんよー。だから今はホナミちゃんねー」
「ああそうかよ」
カケルはモテる。
それもかなり。
なんせイケメンな上に親は上場企業の社長だ。
イケメンで金も不自由ないほどに持っている。
だからなのかはわからないが、とにかく女にだらしがない。
中学の頃にはすでに年上の彼女がいた。
そのあとは何がきっかけかわからないが、取っ替え引っ替えしていた。
……決して羨ましくないが、まあ少しだけコイツの人生に憧れはする。
何もかも持っている人生か。
といっても、さすがに女にだらしなさ過ぎる気がするが……
何かを察してか、カケルはどんと、勢いよく机を叩いた。
「そんなことよりも、レポートの話だ」
「なんだよ」
「いやー共著でもOKらしいから、一緒にアプリのお試しを協力してくれないかなーって思ってさー。お願いしますっ!」
カケルは大袈裟に頭を下げた。
こいつというやつは……。
「なんでマッチングアプリ関連にこだわっているんだよ?」
「いやー……実はマッチングアプリ産業の事業を買収するかどうか判断するための資料を作れって言われてさー」
「……跡取りも苦労しているんだな」
「まあな。コンサルに金払えば済む話なのに、帝王学とかなんとかの一環として課題を出されちまったよ」
少し困ったようにカケルは頬をかいた。
全くこいつというやつは……肝心な説明をはじめに省くのだから困ったものだ。
「わかった。別にいいけど、誰ともマッチングしなくても許してくれよ?」
「いやいや、お前のその自虐なんなの?普通にモテるだろ」
「いや、俺一度も付き合ったことないの知っているだろ?」
「あーいやーそれはおそらく別の問題があるかもしれないな」
「なんだよ、それ?」
「いや、いいんだ。そのうちわかると思うし」
意味深にそんなことを呟いて、カケルはもうこの話は終わりだと言いたげに席を立った。
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