第3話 デート

「ねえ、レンくん?」

「ん?」

「ふふ、口元にクリームが付いているよ?」


 そう言ってレイちゃんは笑った。


 俺は咄嗟に口元を拭った。

 でもレイちゃんはさらにおかしそうに笑った。


「もう……反対側だよ?ちょっとじっとしてね——」


 そう言って、レイちゃんは手を伸ばして俺の唇に触れた。

 ペーパー越しでも色白くて細い指が柔らかくて少しヒンヤリとする感触が伝わってきた。


「ほら、取れたよ」とレイちゃんはペーパーを見せてくれた。

「ありがとう、ございます」 

「いえいえー」 


 レイちゃんと初めて会ってから数日ほど経っていた。

 現在、俺とレイちゃんはカフェ『モカモカ』を訪れていた。


 元々メッセージでやり取りしていた時に『行ってみたいお店があるんだけど……どうかな?』というお誘いをもらった。


 どうやらレイちゃんは甘いものが好きらしい。

 先ほどから美味しそうにパンケーキを口へと運んでいた。


 シズクは別に甘いものが好きなわけではなかったはずだ。

 だから他人なんだよな……?


 それにしたって……本当にそっくりだ。

 レイちゃんの雰囲気というか髪色は派手派手しい金髪であるが、それ以外の容姿——大きい灰色の瞳、色白い肌や少し華奢な身体はそっくりだ。


 そんなことを考えていたのだが、どうやら流石に見すぎてしまっていたらしい。


 キョトンとした顔でレイちゃんが見ていた。


「レンくん、どうしたの?」

「……いや、この後どうしよっかと思ってまして」

「あ、その前にレンくんも普通に話してよ?」

「え?」

「だから、敬語じゃなくていいよ?堅苦しいの好きじゃないし」

「わかり……わかった」

「ふふふ、えらいえらい」


 そう言って、レイちゃんはなぜか俺のことを撫でようとして——やめた。

 何かを誤魔化すように、レイちゃんの伸ばしかけた腕はそのままコップへと向かった。


 一口水を飲んでから、レイちゃんは言った。


「……ん。うーん、解散にはまだ早いし……映画見に行こ?」

「そうだな」

「ふふ、じゃあ決定!」


 そう言ってレイちゃんは屈託のない笑顔を浮かべた。


▲〇▲〇▲


 最近流行りのミステリ映画を見ることになった。

 どうやらレイちゃんはミステリが好きなようだ。


 当日分のチケットを購入して、開場の時間まで近くのソファーに腰をかけた。


 レイちゃんは楽しそうにこれまで見てきたミステリ映画を話してくれた。


「——それでねって、私ばっかり話しているね?ごめんなさい」

「いや、いいんだ。レイちゃんの話を聞けて楽しいから」

「ふふ、ありがと。レンくんってやっぱり優しいんだね」

「そうか?」

「ふふ、もしかして照れているのかなー?」

 

 レイちゃんはなぜか俺をからかった。

 

 それから俺たちは映画が始まるギリギリまで色々なことを話した。


 そしてわかったことがある。


 レイちゃんの趣味はミステリ小説を読むこととミステリ映画を観ることらしい。

 それだけでなく料理をすることも好きらしい。


「こう見えても、私、家事は得意なんだよ?」

「そうなんだ」

「うん。お父さんもお母さんもあまりお家に帰ってこないから、自然と私がするしかなかったんだよね。でも意外とやってみると面白いなーと思って、今ではお料理もお掃除も好きなんだー」

「偉いな……俺は一人暮らしになってから面倒でサボりがちだから」

「じゃあ今度レンくんのお家もお掃除しましょうか……?」

「——!?」

「なーんてね。ふふふ」


 なぜか意味深に微笑んだ。


 こんなに気さくで……レイちゃんは絶対にモテるだろうな。

 

 てか、見た目がギャルっぽいけど、やっぱりめっちゃ良い子じゃないか。


 それから俺たちは他にも色々なことを話した。

 レイちゃんのことをたくさん知ることができた。

 

 例えば、レイちゃんの苦手なこと。

 少し運動が苦手ことや虫が嫌いなこと。


 でもなんと言っても、レイちゃんは些細なことでも俺の話を真剣に聞いてくれた。

 知りたいと思ってくれているんだなと言うのが伝わってきた。


 レイちゃんは興味深そうに言った。


「会った時に『知り合いに似ている』って言っていたけど、その人はどんな人なの?」

「あーいや……大切な人かな?」

「へーそうなんだ」

「あ、でも別に好きとかそういうのじゃないから!」

「ふふ、そんなに必死に否定しなくても、レンくんが嘘をついていないことくらいわかるよ?」


 レイちゃんは聖母のようにやさしく微笑んだ。

 

 それから、上映時間になって室内へと移動した。

 薄暗い場内には、俺たち以外にほとんど人がいなかった。


 レイちゃんの小さな顔が近づいてきた。

 耳元でささやくように甘い声が聞こえた。


「人、少ないね?」

「そ、そうだな」

「ふふ、それにカップル席って意外と広くていいね?」


 そう言って、レイちゃんはクッションのようなものを抱えた。


 くっそ……めちゃくちゃ可愛い。


 そして映画が始まった。

 

 真剣な顔で映画をみるレイちゃんの横顔は、やはりシズクと瓜二つのように思った。


▲〇▲〇▲


「あのレンくんっ!」

「あ、レイちゃん!」


 俺とレイちゃんの声が重なった。

 どうやらお互いに話したいことがあるらしい。


 妙に照れくさくなってしまう。

 てかレイちゃんのちょっと頬を赤く染めたところがめちゃくちゃ可愛いんですけど。


「レンくんからどうぞ」

「えっと……俺と付き合ってくれますか?」

「あはは……先に言われちゃった。私も同じこと言おうと思ったんだよねー」

「……マジで?」

「うん……逆に聞きたいんだけど、私と付き合ってくれますか?」

「もちろん」

「ふふ、ありがと」


 レイちゃんは小さな声でそう言った。


 ミステリ小説や映画が好きなところだったり、甘いものが好きなところだったり、価値観が似ている。

 

 時間が過ぎるのが早いと感じるくらいに、レイちゃんとしゃべるのが楽しかった。


 付き合いたいって心の底から思った。

 だから告白しようと思っていた。

 

 でもちょうど告白のタイミングが重なるなんて……本当にAIマッチングアプリとやらは理想の相手をマッチングさせるらしい。


 てかそんなことよりも、レイちゃんのことだ。

 

 これからは何か口実がなくても会えるではないか!

 それがたまらなく嬉しい。


 今日は祝杯だな。

 

 俺は改札口からレイちゃんの姿が見えなくなるまで見届けた。

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