第9話 まかない飯


 もっとどんぶり食堂に通い、全ての薬味を試してみたくなる。実は居ても立ってもいられなくなっていた。


 いぶりがっこ以外のミョウガ、白髪しらがねぎ、三つ葉、漬けサーモン、豆板醤、わさびの七つ全制覇をやってみたい。残念ながらセリは季節柄食べられないそうだが、すっかり顔馴染みの店となっていた。


 今日で七日目となり、いよいよ全て達成の予定だ。こんな風に、昼食ひとつに満足感を覚えることはかつてなかった。


 ところが、訪れたのは昼食が終わりそうな時刻となってしまう。営業は午後三時で一旦休憩し、五時から再開のはずである。


 ああ~遅刻、大失敗。


 食い物の恨みは後悔先に立たずや。思わずため息を漏らしてしまう。


 でも、よく見ると、まだ、暖簾は掲げられていた。もしかすると、大丈夫なのかも知れない。慌てて店内に飛び込むと、いつもの主人から声を掛けられた。


「今日は姉っちゃ、遅がったでぇが。店閉めるどごやった」

 

 いつものように口元は緩み、笑みを浮かべている。


「早く来ようとしたのだども、仕事忙しくてごめんなさい」


 慌ててしまい、私まで少しばかり秋田訛りが混じってしまう。見渡すと、他にお客はいなかった。店にいるのは主人と若い女性だけ。お詫びに答えるように男からは意外な言葉が返ってくる。


「えがったら、おいがだのまがねぁ飯でも食うが。おめは好ぎ嫌いあるんか」

 

「心配しねでなもかも大丈夫。雑食で肉食系の動物やがら」


 まがねぁ飯は、まかない飯のことだ。首を振りながら、笑顔で答えていた。店内には三人の笑い声が響き渡ってゆく。東北訛りは恥ずかしいが、自分も遠慮なく何でも話せる関係となっていた。

 職人は秋田出身と聞いたが、関西でも料理人としての腕を磨いたという。郷に入れば郷に従え。和食や洋食と共に方言も勉強したと聞く。料理の神髄には日本も外国もなく、おもてなしの心だという。彼の言葉に目を開かれる想いがしていた。


「そりゃえーさ」


 主人の良い話に聞き入っている。けれど、彼は顔色ひとつ変えずに無関心を装い、ただ恥ずかしそうに店の暖簾を一旦片付けてしまった。いったい、何が始まろうとしているのだろうか……。

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