白髪、老け顔、草食系のロマンスグレーですが、何でしょうか、お嬢さん?~人生で三度あるはずのモテ期が五十路入ってからしかも、一度で三倍って、それは流石にもう遅い、わけではなさそうです~

だぶんぐる

第1話 五十路、クビになる。

 私の名前は、福家拓司(ふけ たくじ)。

 喫茶店勤務。20代のころからオーナーである小野賀さんに気に入られ、ずっと働いており、将来はマスター、店長を継ぐ話も出ていました。そんな私ですが、


「え? なんですって?」

「耳も遠いのか? だから、じいさん。あんた、クビ」


 クビになってしまいました。

 クビを宣告したのはオーナーである小野賀小鳥(おのがことり)さんの息子さん小野賀一也(おのがいちや)さん。

 小鳥さんが入院中で、見習いとして入った一也さんが仕切るようになったらしく、そこから私の状況は一気に変わってしまいました。

 というか、クビになりました、いきなり。


「あ、あの、何故でしょうか?」

「え? うそ? わかんねえの? ウチってさ、今、めちゃくちゃ女性客多いのよ」

「はあ」


 確かに分かります。

 以前は小鳥さん目当てなのか男性客ばかりでしたが、どんどん女性客が増えているのです。

 私は、やはり、一也さんみたいな若い人がいると客層も変わるんですかね、と言っていました。


「そんな中であんたみたいな辛気臭いジジイが居たら、テンション下がるだろ!」


『辛気臭い』『ジジイ』『テンション下がる』


 その言葉達が私の中で響き渡ります。


 ジジイと言われましたが、私は今年50歳になったばかりです。

 まあ、20代の一也さんからしてみればジジイなのかもしれませんが、ジジイ呼びには慣れています。

 なんせ私は中学生のころからあだ名が『たくじいちゃん』でしたから。



********


「たくじいちゃん! 宿題やってきた? 見せてくれない?」


 そう言って笑いながらこちらに近づいてきたのは、幼馴染の外岡美香です。


「美香さん、ええ、いいですよ。どうぞ。でも、次からは自分でやるんですよ」

「もう! たくじちゃんったらほんとにウチのおじいちゃんみたい。は~い、たくじいちゃん!」


 美香さんとは幼い頃からご近所さんで幼馴染でした。

 ですが、向こうは非常に童顔で小柄、アイドルのような容姿。

 一方の私は、老け顔で背が高く、しかも若白髪でした。

 その上、私はこういう性格なので、もう本当におじいちゃんと孫のような関係で、世間一般で言う幼馴染との恋という感じではありませんでした。


「へへ! たくじいちゃんに宿題借りてきた!」

「じいちゃん、良い人よね~。でも、ほんとおじいちゃんみたい」

「そうなのよ! たくじいちゃんって、見た目だけじゃなくて中身もおじいちゃんなんだから!」


 そう、私は中身も老けていたのです。

 私は、幼い頃から祖父の元で育てられ、祖父の趣味に付き合っていました。

 囲碁・将棋・ガーデニング・クラシック鑑賞・盆栽・ゲートボール。

 嫌いではありませんでしたし、なにより、一緒にやってるとおじいちゃんが喜んでくれました。

 テレビもおじいちゃんにチャンネル権は譲っていました。

 幼い頃から祖父と一緒にテレビを見ていた私にとって、流行りの番組はさほど興味のないものだったのです。

 そんな私がどのように育つかというと、環境は人を育てる。

 私は、祖父のような穏やかな、そして、かなり落ち着いた人間になってしまったのです。

 とはいえ、私も人並みの恋もします。

 そして、その時恋をしたのは一つ上の先輩、佐野真由美先輩でした。

 ラブレターを送り、体育館裏に呼び出し、想いを伝えると、佐野先輩は微笑みながら言ったのです。


「ごめんね、私、おじいちゃんはちょっと……」


 おじいちゃんでした。

 一つ上の佐野先輩にとって私はおじいちゃんでした。


 しかも、その後偶然佐野先輩が友達と話しているのを聞いてしまったのですが


「いやー、流石にない! ジジイだもん! あの子!」


『ジジイ』


 そうして、私の、ジジイの中学の恋は終わりを告げたのでした。



 高校生になり、アルバイト先の大学生、下平陽子さんに恋をし、想いを告げると。


「いやあ、ちょっと……正直なところ、福家くんって落ち着きすぎてて、話しててもテンション下がっちゃうというか」


『テンション下がる』


 そうして、私の、話しててもテンション下がるジジイの高校の恋は終わりを告げました。



 大学生になり、私は合同コンパでお会いした10歳上の上杉恵美さんの大人っぽさに惹かれ、お付き合いのお願いをさせていただきました。すると、


「んー、福家君はさ、ちょっと辛気臭くて、私、苦手かなー」


『辛気臭い』


 そうして、私の、辛気臭くて話してるとテンション下がるジジイの恋は終わりを告げました。


 しかし、なんと辛気臭くて話してるとテンション下がるジジイの私にもようやく春が。

 しかも、お相手は同級生の内野美穂さん。

 内野さんから告白されまして、私はお友達からでということでお話を受けさせていただきました。

 内野さんの天真爛漫な姿に私は少しずつ惹かれていきました。

 ですが、その後、衝撃の事実を知ることになるのです。

 その告白は後に言う『嘘告』というものでした。

 実は、内野さんは同じゼミの横河君と付き合っており、私がどこまで夢中になるか二人で賭けをしていたそうです。

 私が、内野さんとお出かけすること七回目、遊園地での出来事でした。

 私は勇気を出して改めて、私から告白をしたのです。

 すると、内野さんは、


「あ、あのね、福家君」


 内野さんが何かを言おうとすると、不機嫌そうな横河君が物陰から出てくるではありませんか。


「おい、福家。七回もあとつけさせて俺を負けさせるなんて分かってやってんじゃねえか?」


 何も分かるはずがありません。ですが、私は混乱した状態で横河君から何度も殴られてしまいました。


「クソジジイが! てめえがモテるわけねえだろ! ばーか! 美穂、賭けはお前の勝ちだ。約束通りなんでも奢ってやる。何がいい?」


 そう吐き捨てて去って行く横河さんと内野さんの足音を聞きながらボロボロの私はようやく気付いたのです。アレは全てうそだったのだと。

 そうして、私は、クソジジイの私は、自分に恋なんて出来ないのだと諦め、せめて、社会の役に立とうと卒業し、アルバイト先のオーナーを助けるべく、そのまま就職したのでした。



*********


「おい、ジジイ! 聞いてんのか!」


 ですが、ここでも私は役立たずのクソジジイだったようです。

 何事も諦めが肝心。

 私は、付けかけていたエプロンを外し、深々と頭を下げます。


「今までお世話になりました。オーナーにもよろしくお伝えください」

「お、おう」


 私はエプロンをたたむと、荷物をまとめ、店を後にしました。

 少しだけ歩いて振り返ると、焦げ茶色の趣ある喫茶店【カルム】。

 長年働いたその居場所を離れることを実感すると涙が零れてきました。

 今でいう誰得です。私のようなクソジジイが泣いたところで。

 でも、なんでしょうか。

 私も私なりに一生懸命やってきたのに。

 そう、くやしい。

 くやしい!

 クソ!

 クソ!

 クソ!


 私は嗚咽を漏らしながら泣いていました。

 クソジジイの癖にみっともなく。


「え? 福家さん!?」


 私の名前が呼ばれました。

 けれど、振り向くわけにはいきません。

 こんなジジイのぐしゃぐしゃな泣き顔お見せするわけには。

 そして、この人には特に。


「あ、南さんですね。その声は、あはは……」


 南さんはウチの……いえ、もうウチでもありませんがカルムの常連さんで出社前に一息入れるためだけに短い時間にも拘らずご来店下さるお客様です。

 そのような方の足を止めるわけには。


「どうしたのよ! こんな所で」

「いえ、なんでもないんです。それよりカルムへ向かう途中だったのでは……」

「いや、まあ、そうなんだけど、でも、福家さんが……」

「ああ、私の事はお気になさらず」


 私が辞めたと知れば、優しくて私なんかにも気を使ってくださる南さんであれば、心を痛めて今日の一杯を楽しめないかもしれません。

 こんなクソジジイでも。


「気になるわよ!」

「え……?」


 私はぐしゃぐしゃの顔にも関わらず振り向いてしまいました。

 だって、いつもクールで格好の良い南さんが大声で叫んだのですから。

 そこには、いつも通り美しい黒髪ロングでハリウッド女優なんかも顔負けのプロポーションの身体に優しいクリーム色のスーツを着た美しい女性が、少し泣きそうな目で、大きな勝気そうな瞳を曇らせて、こちらを見ていました。


「福家さん、お願い、何があったか、話して……私じゃ、駄目……?」


 南さんは確か30代。20も下の女の子にこんな顔をさせて情けない。

 私は南さんにしっかりと謝り、事の次第をお話させていただきました。


「っはあ!? 辞めさせられた!? 本気で!?」

「はい……なんともお恥ずかしい話ですが……」

「ちょ、ちょっと待ってね!」


 南さんが私の言葉を遮り、どなたかに電話をかけます。


「……あ、ちょっと、先輩! 先輩の息子、福家さんクビにしたって今福家さんから聞いたんだけど!」


 小鳥さんへの電話でした。いやいや! 小鳥さんにまでご迷惑をかけるわけには。

そう思い、私は南さんに電話を辞めてほしい旨をジェスチャーで伝えますが、南さんは大丈夫だという風に手で私を制し聞いてくださいません。


「……うん、そう、分かった。じゃあ、いいのね。ふ~ん、いいのね。分かった」


 南さんは電話を切ると、私の方へ歩いてきます。

 なんだか口が、こう、もにゃもにゃとしてらっしゃいますが、何処か痒いのでしょうか。


「福家さん」

「はい」

「私の店で働かない?」

「え? なんですって?」


 いやですね、年を取ると本当に耳が遠くなって。


「私の店で働いて!」


 南さんが私の腕をとって、自分の元へと引き寄せます。

 腕に柔らかい感触が、あの、すごくよいああ、これは、石鹸の匂いですかね、あと物凄く近くて体温が、見ると、南さんも顔を真っ赤にしています。


 夏だからでしょうか。

 だって、こんなジジイに南さんのような美しい女性がドキドキしているはずがありません。

 いや、私の方が年甲斐もなくドキドキしてお恥ずかしい限りですが……。


「ねえ、聞いてるの! 私の所に来てって言ったの!」


 あれれ? 先ほどとちょっと違っているような気がしますが、一先ず置いておきましょう。


「あの、お店というと」

「あ、そうか。福家さんに具体的な私のお店の話してないもんね。ウチはね、カルムとは違ってコンセプトカフェをやっているの」

「こんせぷとかふぇ?」

「そう! 執事喫茶!」

「しつじきっさ?」

「福家さん! 最強ロマンスグレー執事として、ウチで働いて!」

「え? なんですって?」


 いやですね、年のせいか耳が遠いもので。

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