(5)

 この神社。境内とはいっても、その広さはごく普通の家の庭未満。

 神社総代がたまに手入れをしているそうで、雑草もそこまで生えていなかった。


 鎌を使うほどではない。そう思った進は、手で草取りすることにした。

 リュックを近くの大きな石の上に置き、軍手をはめ、一人で神社入り口のほうから草を抜き始める。


「お兄さん」


 すぐに、背中から子供の声。

 体がビクンとなり、「ひっ」という情けない声が漏れた。


 振り返り、見上げる。

 さきほどよりも黒さを増した曇天をバックに、よく日焼けした子供が進を見下ろしていた。

 Tシャツにハーフパンツ姿。そして長い髪の毛。集会が始まる前に会った男の子だ。

 今度は笑顔ではない。


「あっ。さ、さっきの――」


 距離を取りながら、慌てて立ち上がった。

 今度は、男の子のほうが社殿を背にしている。

 草取り前には境内の様子を一通り確認している。そのときは誰もいなかった。草取りを始めてからも、神社に誰かが来た様子はなかった。

 いつ入ったのか? 進には、やはりその子が不気味なものに思えた。


「今日は草取りをする日ですか?」

「あ、ああ。『宮薙ぎ』っていって、毎年七月に神社の草取りや掃除をして、きれいにするんだ」

「……一人で、です?」

「い、いや、自分から『一人でいい』って言ったんだ。他の班長さんたちはみんなけっこうな歳で。膝もボロボロみたいだったから、外の仕事をやらせるわけにはいかなくて」


 雨が、降り始めた。


 ものの数秒で勢いが強くなった。

 それでも、置いたリュックの中にある折り畳み傘を取り出す気にはならない。

 進の足が動き、男の子とさらに距離を取ろうとする。

 しかし男の子も、そのぶん一歩、二歩と、前に詰めてくる。


「もしかして、怖がってますか」

「ご、ごめん。こ、子供が苦手なんだ。な、なんというか。トラウマというか」

「なるほど。トラウマ、ですか」


 空がピカッと光った。

 すぐに、鼓膜を突き破るような、凄まじい雷鳴がした。

 進の心臓が跳ねる。


 どうしようかな、と男の子がつぶやく。


 そして。

 男の子の目が、また光った。


 今度ははっきりと見えた。気のせいではない。

 色は、やはり赤。

 同時に、男の子の長い後ろ髪が、大粒の雨の中にもかかわらず広がった。


「うわあっ!」


 進は叫び、再度男の子に背を向けて逃げ出した。

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