第2話 シェアハウスはクラスメイトと

 入学式でも聞いていなかった爆弾発表を急遽言われ、一同驚くが、その中で一番驚いたであろう女が勢いよく立ち上がって口を開く。


「は!? しぇっ、なんだって?」どうやら、シェアハウスを知らなかったらしく、オレ一人だけ豪快にワザとっぽく椅子から右に転げ落ちる。

 立ち上がるんだから、抗議するものとばかり思っていたオレの期待を裏切ってきた。


 右にいる千明はオレが落ちているのを見て『僕も転んだ方が良かった?』と眼差しを向けてきたので『千明が転んだらお互いの頭ぶつけてたから転ばなくて良かったよ』と呟きながら状態を元へ戻す。


「シェアハウスです。複数人が同じ屋根の下で暮らす居住形態です。勿論、五人とも、別々の部屋ですよ」と、何故かここでオレを一瞥してくる辺り『残念でしたね』と言いたげだな。僅かに口角が歪んでいらっしゃるから。


 伊能先生、俺のこと変態だと勘違いしているのだろうか? 

 それとも男に耐性がない温室育ちのお嬢様が歳をとった成れの果てなのか? と心中で思っていると伊能先生が俺の考えがお見通しなのか言葉を続ける。


「皆さんの他にメイド一人がいますので何かしらの変なことがあれば伝えてください。きっちり成敗させますので!」頭の中を覗かれたので、本当に伊能いのう先生は、異能いのうの持ち主ではないかと思ってしまった。勿論………そんなはずがない…………。


 とは言え、シェアハウスに自分が暮らすことをイメージできないな。オレが他人と同居して生活様式を合わせる……か、笑えない冗談かと思いたくなる。


「では、その人に料理を任せればいいってことですか?」芹香が浮かび上がって来た疑問を解消するため、質問をする。


「いえ、皆さんで料理をしてもらいます」


「………」全員がその言葉で沈黙し、瞼をいつもより強く上げただろう。


 何故なら、皆、家事をしたことがないからである。

 全員がメイドや執事に家の事を全て任せ暮らしていたから。

 だから、体中にビビッと『不安』の2文字が電流の如く駆け抜け、その電流は場を支配し、沈黙へと繋げたのだ。


「皆さん、色々な教育と訓練を今まで学んできたと思いますが、家事は習っていませんから、当然そう言う反応をすると思いましたよ。ふふっ、可愛い顔してますね、皆さん」オレたちが魂の抜け殻顔となったのを見てクスクスと笑い終えると、先生がパンと両手で音を出したので、オレたちは泡が弾けたように正気を取り戻す。


 隣にいる若干一名だけを除いて。

 

 だから、オレは隣にいる千明の顔を伺うと『家事できる?』とのほほんとしたことを聞いてきた。本心で聞きたいというよりも自分が驚いてないのを誤魔化すために発した言葉のように感じる。


「いや、全く。自分の部屋ですらゴミやらが散乱してよくメイド達に注意されていてな。メイドからは『大雑把もここまで来ると芸術ですね』とよく褒められる」嘘偽りの無い言葉で返す自己開示で親近感を掴みたいところだが。

 千明は、『そっか。芸術家なんだね』と興味なさげにそう呟き、薄らと瞑目し教壇へ目をやる。

 

 どうやら、シェアハウスに住むからには親睦を深める必要がありそうだな。

 特に女子は、オレ一人男がいるからそりゃ警戒しなきゃいけない。だから、さっきの千明の返答も余り男子に踏み込ませないためにと考えてのことだろう……そうしとこう。


 櫻井さんは、温和な表情の額に汗を滲ませながら手を上げる。


「少し待ってください。家事はともかく……いや、家事も心配ですが、私の部屋にある荷物はまだ持ってきて無いので、今から、手配させますか?」


「いえ、もう皆さんが登校したのを見計らって引越しの用意をさせて頂きました」手が混んでいるな。そうなると入学式の時に何故言わなかったかが気になる。シェアハウスをするって話を事前に言うと学校に来ないとでも思ったと言うのだろうか? それとも別の目的のために今日言ったのか?

 そんなことよりも、オレがベッドの下に隠してあったウフフシリーズも掘り出してきたというのだろうか…ゴクリ。


「そうですか………では私たちが今日からシェアハウスで暮らすこともご主人様達には伝えてあるという事ですね?」家族達に心配をさせたく無いと思ったのだろう櫻井さんが優等生な質問で聞き返す。


「そうです。ですから…………ですよ?」


 俺たちの思考を先読みする一言。


 勿論、屋敷のみんなには感謝とシェアハウスに住む事になった旨を伝える事は脳裏を過ぎったが、父上や母上に会うことは三年ほど無いからそんなことは言えないのは分かり切っている。

 オレが屋敷に居ようとも関わる人は限られているし、それを知った上で今日接してくれたのであれば他に残しておく言葉もないだろう。

 だけど………アイツには感謝と最後の別れを伝えておきたかったな……。


「で、でも、帰ってもいいんですよね?」櫻井さんはどうしても家に帰りたいのかそう口調を強くして再度問いかける。





 突如として、またも理解ができない事実を言われ皆混乱したのか、沈黙ではなく、『は?』と声を漏らしていた。またも、横にいる千明は声を漏らさない。


「な、何言っているんだ? 誰もいないはずないだろ!? さっきまでメイドがあたしのためにジャムパンを作ってくれたぞ?」配膳するのはメイドではあるが、調理していたのもメイドだと思っているのか………望の場合、本気なのかボケなのか分からないな。


「皆さんを送り出した後、屋敷を空にするよう手筈を進めていますからね。ほんとこれだけでいくらのお金が消えると思います? ........無事に進めば午前中に終わりますよ。そして、屋敷で住み込みをしていた方も居なくなります」


 屋敷がオレ達にとっては唯一の居場所と分かって逃げ場を無くさせた。帰る場所を無くすことでシェアハウスに行くという選択肢しか無いと解らせるために。

 逃げ場? 

 ……オレは、逃げようと考えているのか?

 まだ関係構築を進めきれていない同年代の学年と一緒に暮らす……そのことに薄らとした一抹の不安がオレに無意識的な『逃げ』を頭に過らせたというのか?


 ……オレの心の拠り所は潜在的に屋敷だけしかないようだ。


「な、何でそんな事をするんですか?」伊能先生の話に食い気味になって櫻井さんが聞き返す。


「皆さんが自立するためです。今のその質問も自立ができていない証拠ですよね?」

 確かにそうかもしれない。

 『自立』とは自ら立つと書くように誰かの援助なしで社会を生きるということ。深慮するほどに自分の環境が恵まれていてあの環境に縋り今後も変わらない日常を何処かで描いていたのかもしれない。


 家族という温かみを知らなかったオレが初めて知った大事な場所だから。

 それは、こいつらもそうなのだろうな。 


 伊能先生は『それに』と呟き、悪魔的な笑いを見せると、肘を突きながら顔を置いて何やら思案中の芹香に向かって言葉を紡ぐ。


「聞いた話によると望月さんは寝る直前、耳かきをメイド達から定期的にしてもらわないと駄々っ子になると」そのカミングアウトに顔を真っ赤にして机をバンと両手で叩き、立ち上がる可愛らしい女の子。


 『あはははっ』と大爆笑の望のウザさを無視している所を見るに探られたくない事実だったのだろう。俺は芹香の右耳が見えているので眺めると視線を感じたのか右耳を咄嗟に隠す。

 続けて、こちらをギロっと冷酷な視線で睨んできて、視線を先生に向け直す。


「ちっ、違うっ! き、きもちい……って何言わせようとしてるのよ!! バカァっ」先生に『バカ』と言う駄々っ子が『ふんっ』と鼻を鳴らし座り込んで腕を組み外方を向く。それを可愛いと思ったのかふふっと笑う櫻井さんを見て伊能先生が言葉を続ける。


「櫻井さんもメイドの女の子に色々と無茶振りを言ってたみたいですね」先生は、近づきキョトンとした丸目櫻井さんの左耳元に近づき、髪を素早くそっと上げて囁く。


「イケボで耳元に『可愛いよ』と囁いてと」その色っぽくイケボの声色に俺も少しゾクっとするが、一番ゾクゾクとした声フェチが肩を竦めて『ひゃっ』と声を漏らし、股に両手をシュッと差し込んで顔を一気に赤らめる。


 なんか見てはいけないものを見た気がする。


 それに2人とも耳に弱いと言う、仲良くなってから段々と知りえた? であろう聞きたくなかった情報が次々と暴露される。


 またも大爆笑の望の自立出来ていない暴露をするのかと思うも、当然スルーして俺の方を見る。それに何故かご立腹の望様。


「おいっ!! 私のもなんか言えよ!」普通スルーされて喜ぶだろうに自ら要求する。

「道玄坂さんが自立できていな…………次は、明智さんですね」ここで自立できていないと断言するとめんどくさいと思ったのだろう切り替えて俺の方へ顔を向けた。


「私が自立できている大人とわかっているんだな。あははは」そんな稚拙な独り言を無視して話を続ける。


「明智さんは…………今のメイドさんと仲がよろしいようで」含みのある言葉が引っ掛かったのか望以外が俺の方へ視線を向けてくる。


 まさか………バレていないよな………。


「………当然のスキルですよ。人間関係を円滑にすることは明智家の家訓の一つですから。それは、メイドにも適用されます。第一、メイドと仲が良いだけで自立が出来ていないと先程からおっしゃっていますけど関係ないのでは?」饒舌に捲し立ててしまった事に言い終わってから気づき、後悔するも既に遅し。


「あなた達がメイドと長い時間を共に過ごしてきたのでしょうから心の拠り所としてきたのだと想像つきますし、そのことは当然理解できます。ですが、その拠り所があなた達を鎖で閉じ込めているのも確かでしょう」


「…………」望すらも含めた全員が口をつぐむ。メイドたちは俺たちを全て肯定的に認めてくれるし、温かく迎えてくれる。


 だが、それは俺たちが今後自立する上での弊害になっているのだと諭しているのだろう。まだ未熟で親元を離れることができず、巣に閉じこもってヨチヨチしている雛だと。


「まだ、途中でしたね。徳橋さんは…」

「いえ、言わなくていいです。僕は自覚しているので」先生の言葉に割り込み言葉を閉じさせる。閉せられた口はアルカイックスマイルでニッコリ微笑む。



 そこで皆気づいただろう、伊能先生が超絶怖い担任だと。



「放課後に早速、皆さんが住まれるシェアハウスに案内しますのでお楽しみに。では、連絡事項を伝えますね」そう淡々とした口調で話し始めるも皆の頭はシェアハウスに引っ張られているのだろう、望以外静かになる。


 望は、終始連絡事項にどうでもいいツッコミをしていたが華麗に先生は受け流していった。




 俺たちは、伊能先生が案内役になってシェアハウスへの帰宅道を教えてくれるのだとばかり思っていたが、そうではなく「一人一人に渡したスマホの地図に設定をしておいたからみんなで確かめながら一緒に帰って」と投げ捨てられ、今に至る。


 全員は、教室のところでお互いの席ではなく、真ん中にいる望に近づいて棒立ちになっていた。


 皆の顔を盗み見るとこの五人で暮らす事実に不安感を覚え、シミュレーションを何度も繰り返すも、大惨事になる結果が出ているだろう。


 俺のシミュレーションでも五回ほど簡単に試行してみたが、毎回望が家を崩壊させている映像が流れる。火事・浸水・純粋な家の破壊をやり得るだろうな。そんな四人が既に容易く頭に描いたシナリオに背筋が寒くなっているのもいざ知らず、口火を切る犯人。


「何見つめあったんだお前ら? シェアホーム行かないのか? だったら、あたしはもう行くぞっ」それを言うなら『ホームシェアだろ!』とツッコみたい気持ちなどなかった。


 ただ、この望に放課後を仕切られた恥ずかしさに全員が面を食らった。


 考えてもしょうがないよな、と踏ん切りをつけて鞄を持ち上げてシェアハウスへ向かうも望以外の4人の足取りはやはり重かった。

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