第6話 探査命令

「先程、司令部から第二惑星の情報収集を命じられた」

 昼休み直前のことだ。

 艦長の流川瑠偉少佐が、強行偵察艦『朧』のコントロールルームの自席の横に立ち、俺たちのことを見上げながら低い声を響かせた。

 宇宙港の重力方向が変更になったことに伴い、艦長席の後ろ側が床になっており、艦長席が階段の一番下で、操艦担当が階段の一番上に位置するという位置取りに変わっていた。

「すでに知っているかもしれんが、昨日、第二惑星の調査を行っていた無人探査機からの通信が途絶えた」

 垂れ目気味で、普段、のんびりとした雰囲気を漂わせている流川艦長は、珍しく緊張した面持ちで俺たちを見回している。

「信号がロストする直前、無人探査機は第二惑星が発信源と思われる微弱な電波を感知している」

「それって」

「まさか、知的生命体」

 絶句する赤井亜里沙先輩の言葉を継いで、葉隠治忠先輩がつぶやいた。

「移住予定の惑星に、すでに知的生命体がいるのであれば大問題だ。政府は緊急閣議の結果、有人探査を行うことを決定した」

 流川艦長は、いったん言葉を切って俺たちが俺たちのことをゆっくりと眺めまわす。

「具体的には、強行偵察艦の『朧』と『霞』を第二惑星の衛星軌道上に投入し、情報収集を図るというものだ」

 副長の瓜生右近中尉が眉間にしわを寄せ、普段から険しい顔をますます険しくさせていた。

 調査の結果、知的生命体がいたら、どうするのだろうか?

 移住をあきらめ、別の移住可能な惑星を探すのだろうか?

 しかし、我々は二〇光年以上の道のりを数百年かけて旅してきた。

 他の惑星といっても、当てがあるわけでもない。

 おまけに、先日の設備トラブルからもわかるように、この移民船もかなり老朽化している、これ以上の長旅に耐えられるのだろうか?

「なお、恒星間移民船『大和皇国』は安全確認のため、当初予定していた第二惑星へ直接向かうコースを変更し、調査結果が出るまで第五惑星の衛星軌道上で待機することになった」

「第五惑星ですか」

 まったく興味を持っていなかったので、それがどんな惑星なのかピンとこない。

「第五惑星は巨大なガス状天体で、多くの衛星を持っていることが確認されている。我々を待つ間、複数存在する衛星から物資の補給を行うことも検討されている。どうやら氷に包まれた衛星もあるらしい」

 俺のつぶやきをうけて流川艦長は丁寧に説明してくれた。

「直ちに出港ですか?」

 葉隠先輩がやる気に満ちた表情で尋ねた。彼はいつでも前向きだ。

「いや、食料や推進剤の搬入が終わってからだ。数週間規模の旅になる。各人、旅支度を整え、六時間後に集合せよ」

「あの、質問してもよろしいでしょうか?」

 立花千鶴が小さく手を挙げた。

「構わん」

「『霞』と『朧』は同時に出港ですか?」

 立花さんは何故かそんな質問を真剣な面持ちで行った。

「そう言えば『霞』は立花の前の所属だったな。『霞』が先に出港する。加速力はともかく、巡航速度は『霞』の方が上なので『霞』が先行して調査を行うことになっている」

「ありがとうございました」

 俺は、複雑な気持ちで立花さんの横顔を見つめた。

 濃紺の浴衣を身につけた長身のイケメンの姿が否応もなく脳裏によみがえってきた。

 年齢は俺たちと同じか少し上だろうか、彫が深く、鼻が高く、色白で、眉が濃く、目鼻立ちが整っていて、爽やかで。

「これは極めて重大な任務だ。心して事に当たるように。では、解散」

 流川艦長の鋭い声に、俺の心は現実に引き戻された。


「へえ、第二の地球で有人探査か。楽しそうだな」

「毎日、ちゃんと下着を替えて歯磨きもするのよ」

「兄ちゃん頑張ってね。お土産はいらないからね」

 俺の家族はそんな緊張感のかけらもないセリフで俺のことを送り出した。

 六時間もかからず旅支度を終えた俺は、かなり早めに宇宙港に到着した。

 通常の軍事訓練の開始や終了の時刻から外れており、かつ、軍艦以外の宇宙船で移民船の外に出かける人間などいなかったので、宇宙港ロビーの人影はまばらだ。

 ロビーはブルーとグレイを基調にした清潔感あふれる内装で、微かにオゾンの匂いが漂っていた。

 実際に艦艇が置かれているエリアは真空で、わざわざ宇宙服を着脱しないでも艦艇との行き来が出来るようにチューブ式の乗降口が宇宙港には設けられていた。

 俺たちが乗る小型の強行偵察艦でも全長一〇〇メートル、大型の宇宙戦艦にいたっては全長五〇〇メートルに達するため、チューブ内にはエレベーターのように高速で移動するゴンドラが設けられている。

 移民船が慣性航行を行っていたときは水平に移動していたゴンドラも、重力方向が変わった今は垂直に移動するようになっている。

 戦闘用のものだけでも二〇隻を超える艦艇を収容している宇宙港ではあったが、チューブ式の乗降口は十二基ほどしか存在せず、切り換えて使用するのが通例だ。

 残念ながら、強行偵察艦『朧』の出港には、だいぶ時間があったので、チューブ式の乗降口は、まだ『朧』には接続されてはいない。

 そのため、俺は『朧』に乗り込むことができず、ロビーで所在なく時間を潰すことになった。

 ロビーのあちこちには宇宙港の様子を映し出す空間投影モニターが設置されており、俺の近くのモニターにはチューブ式の乗降口が接続された強行偵察艦『霞』の姿が映っていた。

 強行偵察艦『霞』は灰色で細長い紡錘形のフォルムだ。

 全長は『朧』とほぼ同じだったが、色も形も『朧』とはまるで違う。

それもそのはずで『霞』は大和皇国が建造したもの、『朧』は元海賊船だ。

設計思想が根本的に異なっており、『霞』には敵艦に強制的にドッキングして乗り込むというような機能は設けられていなかった。

 代わりにセンサー類の性能は『朧』よりも上だということだ。

「先に行ってるぞ」

「ああ」

 少し離れた乗降口から『霞』に乗り込もうとしている軍服姿の一団が目に入った。

 つい先日まで『朧』にいたニキビ面でやや太めの井上勲先輩もその中にいた。

 一瞬、声をかけようかとも思ったが、俺が近寄る間もなく、井上先輩は数人の男たちとともにゴンドラの中に姿を消した。

 そして、若く、姿勢が良く、長身で、彫が深く、色白で、眉が濃く、目鼻立ちが整ったイケメンの軍人が、一人だけロビーに残った。

 階級章は銀色の星三つ、上等兵だ。

 上等兵は、二年間の年季奉公を終えた後、軍隊に残る決意をした者の階級なので、俺より二つか三つ年上か。

 俺はその男の顔に見覚えがあった。

「ごめんなさぁい」

 聞き覚えのある女性の声がロビーに響き、黒い詰襟の軍服を着た髪の長い女性兵が男に駆け寄った。

 俺は思わず、近くの柱の陰に身を隠した。

「ごめんなさい、遅くなって。待った?」

 声の主は立花千鶴だった。

数メートルしか離れていなかったが、幸いなことに俺のことに気が付いていないようだ。

「いや、俺も今来たばかりだ」

「昨日はとっても楽しかった」

「おれもだ」

「しばらく会えなくなるね」

「ああ」

「さみしいわ」

 彼女の声が格段に甘さを増した。

 残念ながら俺に向けられた声ではない。

 俺は柱の陰に隠れたまま目を瞑った。

 できれば耳も塞ぎたい。

 とても惨めな気持ちになった。

 そして、俺は、彼女がこの時期、急に異動してきた理由が分かった。

 軍隊では職場内の恋愛はご法度だ。

 恋愛関係にあることが発覚した彼女たちは、引き裂かれたのだ。

 俺は、二人の愛の語らいが終わるのを拳を握りしめながら待っていた。

 そして、それは、とても長い時間のように感じられた。

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