WIZARD×BLADE

@Ryuugazaki

序章



宵闇の空を桜の花弁が舞い踊る。

頬を撫でる柔らかな風が吹き抜け、踊る花弁を遥か高くへと運んでいく。

雲の隙間から差し込む月光に照らされたその光景はひどく幻想的だ。

夜の帳が降り、人気の無い校舎は日中の喧騒が嘘なんじゃないかと思えるほどの静寂に満ちていた。


──そんな静寂を切り裂くように、校庭を駆ける音が木霊する。


音の主は一人の少年。艶やかな黒髪にルビーを思わせる真紅の瞳と何処か幼さが残る整った顔立ち。

身に纏う制服から、この高校の生徒だと窺える。

だがしかし、彼の腰には一振りの刀が吊るされていて、その佇まいからは鍛え抜かれた武人のような威圧感を放っていた。

少年──十六夜いざよい龍斗りゅうとは校門から一気に校庭の中央まで駆け抜けると、脚を止め、周囲へと視線を巡らせる。


「──いい加減出てこいよ」


無感情に虚空へと吐き捨てる。

刹那。龍斗の言葉に応えるかのように眼前の空間が歪み、異形がその姿を現した。


歪曲した空間からぬるりと這い出たのは、三メートル近い巨躯を持つ骸骨の騎士。

一振りで十人は容易く屠るであろう大鎌を持ち、前屈みで獲物を狙うその様はまさしく餓えた獣だ。


餓者髑髏ガシャドクロってとこか」


──『餓者髑髏ガシャドクロ』。それは、昭和中期に産み出された怪異だ。

戦死者や埋葬されなかった者の怨念が集積し、巨大な骸骨の体を得た怪物と定義され、夜な夜な戦場の跡地に出現し、蹂躙の限りを尽くして生者を貪るという伝承の基、畏敬の念と恐怖を集め、存在の基盤を築いた。


眼前の骸骨騎士はその基盤を元に時代の変化に伴い、その姿と能力を変え、進化を遂げた新種だ。

備わった暴威と狂暴性は従来のモノより数段上。常人が立ちはだかれば、瞬く間に肉塊へと化すであろう。

だが──。


「──良いぜ。相手になってやる」


龍斗は怯えることもなく不敵な笑みを浮かべて、腰の刀を抜刀。鮮血を垂らしたかのような紅色の刀身が露になり、その切っ先を突き付ける。

その行為を挑発···或いは開戦の狼煙と捉えたのか、騎士の威圧感が増し、大気が戦慄いた。


龍斗は腰を落とし、刀を正中線に構える。

対して騎士は大鎌を大ぶりに振り上げ、勢い良く真横に薙ぎ払う。

咄嗟に地面を蹴って跳躍。大気を切り裂く一撃を避けると、そのまま懐へ踏み込んで刀を一閃。


──ガキィィィィッン!!


骨を斬り付けたとは思えない激しい金属音を奏で、騎士の体が仰け反る。

その隙を見逃さず、龍斗は身体を捻って回し蹴りを叩き込む。

角度、タイミングともに完璧な一撃は、騎士の肋骨に罅を入れて大きく後方へとよろめかせる。


──とった···!!


龍斗は騎士の膝を踏み台に跳躍。両手で刀を握りしめ、大上段から振り下ろす。

がしかし、繰り出された斬撃は騎士が張った魔力障壁に阻まれ、騎士の頭上数センチの所で止まっていた。


「──チッ···!此処からが本番ってことか···!」


冷や汗を流しながらの舌打ち。刹那、強烈な衝撃に視界が揺れる。

理由は単純。騎士がその拳を真横から叩きつけたからだ。

全身に走る痛みを堪えながら吹き飛び、何度か地面を転がって漸く止まる。


「クソッ···!」


苦痛を押し殺し、立ち上がる。

刀を構え直し、騎士に向かい直る。


「───オォオオオォォ」


騎士は唸り声を上げながら全身に漲る魔力を発露させる。

高まった魔力は大鎌へと流し込まれ、刀身が必殺の輝きを帯びる。

大きく身体を捻り、大鎌を背後へと振りかぶる。


(──不味い。来るッ!)


本能が警鐘を鳴らす。

直感が命じるままに咄嗟に上空へ跳ぶ。

刹那──大鎌が虚空を薙いだ。

地面スレスレを滑空する一閃は地を削り取り、土煙を巻き上げる。


「くっ···!」


龍斗は苦虫を噛み潰したように表情を歪め、刀を振るって土煙を切り払う。

視界が晴れる中、高速で迫るは突き出された脚。

それが攻撃だと気付いた時には時既に遅く。龍斗の体を後方へと蹴り跳ばす。

強烈な衝撃と苦痛に肺から空気が漏れ、全身の骨が軋む音が響く。

勢い落ちぬままに背中から校舎の壁に叩きつけられ、その衝撃で亀裂が走り、砂礫が舞い散る。


「が、は···ッ!」


苦痛に顔を歪めながら噎せたように咳き込む。

片手に携えた愛刀を杖代わりに立ち上がるが、視界が霞んでままならない。


「オォオォオオオオオオ···」


騎士は吐息を漏らしながら大鎌を片手にゆっくりと龍斗めがけて歩を進める。

狩人が獲物を追い詰めるようにゆったりと、逃さぬように。


騎士は龍斗のすぐ側まで近付くとその歩みを止め、確実な死をもたらそうと大鎌を振りかぶり、魔力を集束させていく。


爛々と輝きを増し、その脅威を高めていくのを見ながら龍斗は一度空を見上げ──不敵に笑った。

不可解な様子に騎士はつられるように空を見上げると、其処には、青い業火を纏った少女が降ってきていた。


突如襲来した銀髪の少女は空中で一回転し、業火を纏う槍を騎士の頭蓋に叩き付けた。

落下重力を加算された一撃は魔力障壁を易々と打ち砕き、そのまま騎士の頭蓋に罅を入れ、強烈な衝撃を生む。

迸る衝撃が地面を駆け抜け、蜘蛛の巣状に亀裂を刻む。


「グ──ッオォオオオォォッ!!」


ぐらつきながらも騎士は大鎌を振り上げ、死の輝きを纏った必殺を少女に振り下ろす。

しかしその一撃は軽やかな身のこなしで避けられ、続けざまに放たれた蹴撃が脇腹に直撃。騎士の巨体が吹き飛ぶ。

地面を何度かバウンドし、校庭に隣接するプールの柵を粉砕しながら水中へと落下。


少女はその様子を見届け、緩やかな足取りで龍斗に歩み寄ると、無邪気に笑って問い掛けた。


「大丈夫?龍くん」

「ああ···なんとかな。ってか、おせぇぞ──綾乃あやの

「あ、ははは···ごめん」


ムッとしたように答えると、少女──白雪しらゆき綾乃あやのは苦笑しながら頬を掻いた。

夜の闇の中で美しく輝く白銀の髪に澄み渡る青空を思わせる蒼い眼。あどけなさを残しながらも、非常に整った端正な容姿。

一見すれば、だ。

だが──頭上に存在する髪と同じ白い狐耳とゆらゆらと左右に揺れる一本の尻尾が、彼女が人間ではないことを証明している。


「で、祓ったのか?」

「いや、多分まだだよ」


手首を回しながら問い掛ける龍斗に綾乃は真剣な表情で答える。

その返答に龍斗は不敵に笑って刀を構え直す。


刹那──プールから大量の水飛沫が上がり、巨体が宙を舞う。

ズシンと地面を揺らし、二人の前に着地した騎士は灰色だった全身を赤く染め上げ、溢れる魔力が形成した炎のように揺らめく羽衣を纏っていた。

ビリビリと肌が粟立つような圧力。先程までの騎士とは正に別格といえる。


──そんな中、二人は冷静に視線を交わして頷き会う。


「──行くよ。龍くん」

「──おう」


綾乃は手に持つ槍に魔力を注ぎ込み、全身に魔力を循環させて肉体を強化。何時でも飛び出せるようにと腰を落として気迫を練り上げる。

対して龍斗は眼を閉じ、呼吸を整える。

全身に意識を張り巡らせ、魔力を隅々まで行き渡らせる。

鼓動が加速する。ゆっくりと刀を正中線に、両目を開くと同時に──己の能力を解放する。


深紅の瞳が、魔力量が急激に増加。

眼前の騎士を優に上回る魔力を放ちながら龍斗は刀を握る力を強めて、力強く踏み込んだ。


──バゴンッッッ!!


増大した魔力によって強化された脚力は大地を踏み砕き、爆発的な加速を生む。

運動法則すら無視した加速は驚異的なスピードを叩き出し、容赦なく風を切り裂き、騎士の背後へと回り込んだ。


騎士の動体視力を振り切って背後へと回ったため、敵はまだ此方に気付いていない。

龍斗はこれ幸いにと刀へと魔力を叩き込み、刀身を強化。日本刀特有の波紋が怪しく煌めき、物質界の綻びを埋めるように流れ込む魔力は彼の刀に結合限界を超えた硬度を与える。


「フッ──!」


一呼吸と共に真下から左斜め上へと斬り上げる。

強化魔術によって大幅に威力が増強された斬撃は易々と騎士の背骨を切り裂き、斬撃の余波だけで強烈な疾風を起こす。


「ガ──ッ」

「良いぜ、綾乃」


苦悶の声を上げる騎士を見ながら、龍斗は背後の相棒へと合図を出した。


「了解!」


言うが速く綾乃は携えた青い魔槍を騎士に向け、魔術を起動させる。

先ほどの業火とは違い、凄まじい冷気を発して大気中の水分を冷やしていく。

白く濁った息を吐き出し、綾乃は静かに必殺を示す名を紡ぐ。


氷淵呪法ひょうえんじゅほう──"霙薔薇みぞればら"」


魔力が大気を走り、その後を冷気がなぞる。

瞬間。騎士の足下から氷の薔薇が出現し、凍てつく茎が脚を絡めとり身動きを封じる。

パキパキと絡み付いた箇所から凍結が始まり、瞬く間に下半身を氷漬けにする。


「良いよ。やっちゃって」

「オーケー」


不敵に微笑む綾乃に親指を立てて返し、龍斗は刀を天へと掲げ──異能を発動。

全身に駆け巡る魔力が加速。絶大な加速を経た魔力は光へと変換され体外に放出される。

溢れ出る光の粒子は龍斗の全身から立ち上ぼり、刀身へと集束されていく。

極光を纏った刀身は闇夜で輝く月のような燐光を漂わせ、宿る必殺を誇示していく。

骸骨騎士はがらんどうの眼窩で極光を眺めながら硬直し、そして理解する。

これは超常の力の顕現であり──避けられぬ一撃であると。


「グ──オォオオオォオォッ!!!!」


最後の悪足掻きとばかりに騎士は咆哮。

すべての魔力を絞り出し、大鎌へと叩き込む。只では死なない。その一念だけが騎士の体を駆動させる。

あの光を放たれる前に龍斗を屠らんと脚に纏わりつく氷の茨を粉砕。絶対の死を宿した大鎌を振り上げ、駆け出そうとするが──もう遅い。


は神話に語られる聖剣の再演。

必勝を掲げ、万の軍勢を退けた究極の一刀。

その名は──


「"最果てを紡ぐ理想郷フェアリーテイル·アルカディア"」


極光が振り下ろされる。闇夜を切り裂く光の奔流は抵抗すら許さずに騎士を飲み込み、その巨体を焼却。

痕跡すら残さずに騎士の全てを消し去った。


光の粒子が闇夜に溶けていく。

龍斗は刀を左右に切り払い、ゆっくりと腰の鞘に納める。

短く息を吐き出し、いつの間にか隣に駆け寄っていた綾乃へと労いの言葉を掛ける。


「お疲れ」

「龍くんもお疲れ」


二人は微笑み合い、拳をぶつけ合った。


◇◇


「良し!これで終わり!」

「ふぅ···やっと終わりか」


骸骨騎士を祓った後、二人は先ほどの戦闘で破損した校舎の修復を済ませ、一息吐いていた。

火照った体に夜風が心地よい。


「で、これからどうする?」

「んー···そうですねぇ」

「スマブラでもするか?」

「お!良いね!じゃあこのまま龍くんの家に行くね!」

「俺の家前提かよ。オンラインって発想はないのな」

「ふっふっふ···スマブラは一緒にやるのが良いんですよ」

「そうですか···じゃ、行こうぜ」

「うんっ!」


龍斗は呆れたようにため息を吐きながら帰路に着き、その隣を綾乃が歩く。

校庭から離れ、校門に差し掛かった瞬間、綾乃が月を見つめながら問い掛けた。


「···もう慣れた?」

「ん···まあ、な。まだまだ魔術とかは覚えきれてねぇけど」

「そっか···ありがとね」

「気にすんなよ。俺が好きでやってるんだ」


後頭部を掻きながら龍斗は笑う。

その笑顔を見つめた綾乃は、一度眼を瞑ると、一気に駆け出して龍斗へ叫ぶ。


「家まで競争ね!負けたらアイス奢り!」

「はあッ!?おま、走り出してからそれ言うかよ!?」

「ふっふっふ···勝てば良かろうなのだぁ!」

「くっ···この駄キツネめ!」


不敵に笑いながら走る綾乃の背を見ながら、龍斗も追走する。

その傍らで、あの日の事を思い出していた。


──大切な幼馴染みと再会し、が廻りだした日の事を。


これは、闇に紛れ闇を祓う者たちの物語。

その一ページだ。








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