Capriccio
@yumenogen20221010
見習い
EP.3
ショルダーバッグを背負い出掛ける準備を整えたリワナは隣で待っていてくれた華に声掛ける。
「それじゃあ行こっか」
「嗯!」
嬉しそうに頷く華と共に一階へ下りるため階段へと向かう。
「——お前たちどこかへ出掛けるのか」
突然、誰かに呼び掛けられて二人は声がする方へ振り向くと、分厚い書類を脇に抱えた司が立っていた。
「うん!これから華ちゃんと一緒に遊びに行くんだ〜」
「そうか。……暇なのか」
「違うよ〜遊びに行くから暇じゃないよ〜」
「遊びに行くから暇なんだろ」
「……えっ??」
会話が噛み合わない。
リワナは困惑の表情を浮かべ目をぱちぱちさせる。
「……どういうこと??」
「梅にギターを教えてやって欲しいんだ」
「今から?」
「あぁ」
司が軽く返事をすると華は頬をプクッと膨らませ不満な表情を浮かべる。
細長い人差し指をピンと伸ばし、司に向け反論の言葉を投げた。
「哎呀〜。你应该这样做!」
彼女の表情と動作でなんとなく言葉の意味を理解する。
予想していた通りの反応。
辟易しながら軽く溜息を吐くと、華の反論を無視し司は嗜める。
「俺はこの後クライアントの打ち合わせがあるから無理だ。それとも、お前たちが俺の代わりに打ち合わせに出るか?」
「え……?」
「嗯……?」
二人はポカンと口を開く。
司は持っていた書類を二人に見せ付けた。
そこには見た事ない漢字や難しい言葉が書かれていて、一瞬にして読む気が失せる。
「お前たちが苦手と言って放ったらかした書類作成も自分でやるか?」
漢字が苦手な二人。
事務作業も書類作成も出来ず、いつも司に丸投げする二人に出来るわけがない。
それを逆手に取り司は煽る様に反撃する。
「………………」
無表情で沈黙した後、リワナは眉を顰め困った表情を浮かべながら体を左右に揺らし言った。
「えぇ〜ムリだよぉ〜。だってぇ……」
リワナと華はコツンと頭をくっつけ、ニコッと微笑みながら司に言った。
「ボクたち頭悪いもーん☆」
清々しい程に自分の頭の悪さを認めた二人はそう自信満々に答えた。
「………………」
そんな二人を司は哀れ憐れむような眼差しを向けて『だろう?』と返す。
「叹〜」
「よし梅くん!ギターの練習するから出ておいで〜」
こうしてリワナと華の二人は梅の元へと向かう。
華はまだ納得しておらず不満を口にしながらリワナの後に着いて行く。
二人を見届け、司もクライアントが待つ会議室へと歩き出した。
会議室の扉を数回ノックしドアを開ける。
「すみません、お待たせしました」
中には既に二人のクライアントが席に座っており、司が来るのを待っていたようだ。
「いえ!こちらこそお忙しい中、時間を作って下さりありがとうございます」
椅子から立ち上がり礼儀正しく応えた女の子。
黒髪のショートボブ。毛先が外側にハネている髪型が特徴的な彼女は、まだどこかあどけなさが残る。
彼女の名前はスイ。
その隣に座るスーツ姿の男はライブのプロデューサーだ。
「それで早速なのですが、今日の相談は以前にもお話ししたように、ライブの出演についてなのですが——」
司は事前に送られていた書類に目を通す。
企画書と書かれた数十枚の資料をペラペラとめくり、プロデューサーの話を聞きいていく。
「——それで、是非とも司さんたちにバッグバンドとして参加してもらえないかと思いまして……」
男の説明を聞き、司は小さく頷き返事を返した。
「スケジュールが合えば俺たちは構いません」
「本当ですか?!有難う御座います!」
「ありがとうございます!!」
司の返事に肩を撫で下ろし、嬉しそうに顔を見合わせるスイたち。
「それでライブはいつになる予定なんですか?」
「一応、来年の冬に開催する予定です。詳しい詳細は決まり次第、すぐにご連絡します」
「分かりました。で、会場はもう決まってるんですか」
「それがですね、今回の場所なんですけど……」
ライブプロデューサーはチラリとスイと目を合わせコクリと頷くと、スイが答える。
「——ドームです!ドーム球場です!!」
そう答えた彼女の瞳には期待と情熱で輝いていた。
「——いらっしゃいませ。気になる楽器がございましたら、お気軽にお声がけ下さい」
リワナと華と梅の三人はショッピングモールにある楽器店へとやって来た。
ピアノやドラムセットにケース棚にはライトに照らされ金色に輝く金管楽器や木管楽器が綺麗に陳列され、店内奥の方にはアコースティックギター、ベース、エレキギターなどの多種多様なギターたちが壁に掛けられていた。
沢山並べられたギターを呆然と眺めていた梅はふと疑問に思いリワナに尋ねる。
「何故こんなにもギターが置いてあるんだ」
「見た目はどれも同じように見えるけど、使用してる木材や形状、大きさで音色や音量が違ってくるんだ」
「へぇ〜」
一人、店内をプラプラと歩き回っていた華はオンプの形をした珍しい楽器を見つけ驚く。
「哎呀〜。这是什么??」
「こちら可愛い見た目をしているんですが、実は楽器なんですよ〜」
「哦〜!」
大きく目を開かせ興味津々にスタッフから楽器の説明を受ける華を放っておき、リワナはギターの説明をしていく。
「梅くん、これが『アコースティックギター』。通称アコギ」
「アコースティック……」
「うん!音楽の世界で『アコースティック』は『生楽器』って意味だからね」
「うん」
「それで、こっちにあるのが『エレクトリックギター』。通称エレキギター。弦が六本で、弦の振動を電気に変えてアンプに繋いで音を出す電気楽器だよ」
「うん」
「そしてこれが『エレクトリックベースギター』通称ベース。基本的に弦は四本。バンドにとってドラムとベースは『リズム隊』と呼ばれてとても重要な役割があるんだ」
「へぇー」
「ドラムとベースは音域が近くてバンド演奏の土台を担ってる。ベースの低音域や重低音が曲全体を締まらせて臨場感や深みを出すんだ」
「なるほど……ん?」
ふと、リワナと華の二人がいつも司を困らせ怒らせる日常の記憶が脳裏に浮かんできた。
(…………二人の仲が良いのはこのためか)
なんて事を考えていると、しゃがみ込んだリワナが逆に質問してきた。
「ところで梅くんはギターとか触った事あるの?」
「あぁ。高校生の時音楽の授業で一度だけ。弾き方を教わったけど、もう忘れてる……」
高校を卒業して数年。
あの時はまさか自分が音楽をやるなんて思っていなかった。
今こうして音楽の勉強している自分に可笑しな気持ちになる。
「へぇ。そっか〜」
リワナはゆっくりと立ち上がり、梅と軽く笑い合った。
「あと最後に一つだけ。こうして弦を弾いてを音を出す楽器を『撥弦楽器』って言うよ」
クライアントが帰ったその後も司は一人会議室に篭り書類作成をしていた。
不意に扉が音を立てて開くとヒョイと奈々が顔を出した。
「お疲れ様です。あの、いま皆さんと一緒にお茶してるんですが、司さんもどうですか?」
「ん?あぁ……そうだな」
奈々の誘いに乗り一階の休憩室へと向かう。
休憩室には藍と月が先に紅茶とお菓子を楽しんでいた。
「あ、お疲れ」
「お疲れ様。クライアントさんとは上手くいった?」
月はクッキーを片手に持ちながら、ソファに腰掛ける司に問いかけた。
「はい一応は。冬頃になるそうです」
「冬……ならスケジュール空けとくね」
月はそっと紅茶を一口飲む。
「お願いします。お前はどうだ?」
「僕も大丈夫」
「あ、私も大丈夫です!」
奈々は手際よく司の分の紅茶を用意しながら答えた。
「そうか。あれ、やけに静かと思ったら……リワナたちはどこに行ったんだ?」
「リワナくんたちならどこかへ出かけて行きましたよ」
「出かけた?梅にギターを教えるよう頼んだのに……」
司はそうぼやきカップに口を付けた。
「でも大丈夫かな?リワナくんと華ちゃんに指導を任せて」
「……」
「あの子たち二人揃うと暴走する事があるからね」
そう言うと月は再び紅茶を啜る。
(……た、確かに)
あんな頭が悪いと堂々と言ってしまえるアホたちに指導なんて任せたら、梅に悪い影響を与えてしまうんじゃないか……?。
今更ながらに気付いて司の顔色は次第に強張っていく。
お昼時。
華がお腹が空いたと訴えたので、オレたちは飲食店が立ち並ぶ一階へとやって来た。
どの店で食事をするか悩んでいるとリワナが梅に声掛けた。
「梅くん梅くん!どこのお店に入る??ボクはさぁ〜コッチのお店に決めたんだけど〜梅くんもどう??」
瞳を輝かせながらくるりと回ったリワナが選んだ店は甘い匂いが香るスイーツ専門店。
お昼ご飯に甘いものは……と、顔を顰めるていると突然後ろから『欸ー?!』と声が上がる。
振り返ると華は口を尖らせ、リワナの選んだ店を非難する。
「我喜欢这家店!!」
華が指を差して選んだ店は激辛専門店。
店のポスターには『激辛』と書いてありその横には口から火を吹く天狗の絵が描かれていた。
見るからに相当辛そうだ……。
「えぇー!?ボク辛過ぎるのは食べれないよー!」
「オレも」
「没问题〜」
華は親指を上げウィンクする。
「華ちゃんの『大丈夫』は大丈夫じゃないんだよ〜」
肩を落とし辛そうな表情をするリワナ。
「你是怎么样??」
どの店に入るか悩む梅に『ここにしなよ!』と言わんばかりに華はグイグイと進めてくる。
店内は熱気で満ちていた。
厨房では調理人たちが中華鍋を振るい、火柱を立てながら高温で野菜を炒める。
忙しなく料理を運ぶスタッフ。
華と梅の二人は空いている席へと座る。
店内はほんわかとした空気に包まれていた。
中央には果物、一口サイズのケーキ、アイスクリームとチョコレートファウンテンが設置されていた。
リワナは一枚の真っ白なお皿を持つと、ケーキを片っ端から取っていく。
店内には口元を押さえながら悶絶する客や額に大粒の汗を大量にかきながらも食べ進める客たちがいた。
「お待ちどう様です!四川激辛ラーメンです!」
出されたのは黒々しく煮えたラーメン。
スープはドロドロで野菜と肉が盛り沢山。
ふんわりとニンニクの匂いで鼻腔が刺激され食欲がそそられる。
「哇〜好极了〜♡」
顔を顰める梅をよそに、華は口元にヨダレを垂らし目を輝かせながら早速一口食べた。
「嗯〜好吃〜♡」
「……っ?!ゴッ、ゴッホ!ゴッホ!」
梅は麺を啜ると盛大に咽せた。
「かっ、辛っ!?」
これは人間が食べるモノじゃねぇ……!!
梅はヒリヒリする口元を手で押さえながら少しずつ食べ進めていく。
氷が入ってキンキンに冷えている水を一口飲む。
悶絶する梅をよそに隣に座っている華は平然と食べ進めていた。
「好吃〜♡」
「オ、オレ、ちょっと行ってくるわ……」
「好的」
そう言うと梅は立ち上がり、どこかへ行ってしまう。
そんな彼を特に気にする事なく、華は黙々と食べ進めていた。
激辛店を出て向かったのは、真正面にあるスイーツ専門店。
店内奥の方で一人甘い物に囲まれながら黙々と食べ進めるリワナを見つけ、梅はテーブル席に腰掛けるとスイーツを食べ始めた。
「激辛は美味しかった?」
「……辛かった」
「みたいだね〜唇真っ赤だよ??」
「口の中がヒリヒリするんだ」
「ならどーぞ!ソフトクリーム!」
真っ白なソフトクリームを差し出され、スプーンで掬うと梅は一口食べた。
甘く冷たいソフトクリームが口の中でとろけ、ヒリヒリと痛む口を癒してくれる。
「ん〜パンケーキおいしー!」
粉砂糖と生クリームとメープルシロップとチョコソースをふんだんにかかった三段のパンケーキをギリ口に入る大きさに切り分け口に運ぶ。
「んん〜!!美味しい〜!!」
パンケーキを口一杯に頬張り幸せそうに微笑むリワナ。
甘さが足りないのか、追加でキャラメルソースもかけた。
「…………行ってくるわ」
そう言うと梅は立ち上がり、牛乳がコップを片手に激辛店へと戻って行く。
……そうして二つの店を何度も往復し、激辛ラーメンを完食する事が出来た。
その後も三人は色んな店を見て回り、最後洋服店で買い物をしてから帰路につく。
空はオレンジ色に染まっていて、ゆっくりと沈む夕日が沈んでいく。
帰り道の途中で買ったキャラメルラテを飲みながら、リワナが不意に問いかけた。
「——ところで作詞の方はうまくいってる?」
レモンの欠片をストローで潰しながら梅が答えた。
「まったく。何を書いていいのかさっぱり分からない。作文を書けって言われてるけど、語彙力が無いせいでどれも幼稚で似たり寄ったり……」
本や今日あった出来事などを作文用紙に書くのだが半分も埋める事が出来ず、司に『もう少し頑張れ』と言い返される事が何度かあった。
一度、試しに詞を書いてみたがただの説明文になったり、自分に酔ったポエムになったりと…………。
「……なんか自分で書いてて……恥ずかしくなってくる……」
梅はそっと俯いた。
頬が真っ赤に染まったのは恥ずかしいからかそれとも夕日のせいか。
普段何気なく聞く音楽。
今までよく考えていなかったが世の中には様々な音楽で溢れている。
なぜか耳に残ってしまう曲、思わず口ずさんでしまう歌。
どうしてあんな歌が作れるんだろうか……。
「ん〜じゃあ例えば世の中に対する不満を歌詞にするのはどう?」
「世の中の不満?……特に世の中に対して不満はない」
「うーん、じゃあねぇ〜……」
リワナは空を仰ぎながら考えるとハッと思いついた。
「好きな人への想いを詞するのは?」
「好きな人……?特にいないけど」
夕日が沈んだ後の空はまだ燃えるような赤色に染まっていた。
「梅くんって、宇宙人?」
「…………え?」
唐突にそう言われた梅は困惑する。
梅が入って数ヶ月が経ったが相変わらず表情は硬いまま。
感情を表に出すのが苦手なのか、それとも物事に関心がないから何とも思わないのか……。
リワナはずっと考えていた。そして出した答えが『宇宙人』だった。
そんな二人の会話に入らず、チャイティーを片手に一人遊びに興じる華。
「……呀!……呀!」
彼女は真剣な顔で小石を蹴飛ばしていた。
その後も三人は黙々と事務所へ帰って行く。
しばらくすると一歩先を歩いていたリワナが徐に振り返り、ニコリと笑いながら梅に言った。
「まあ!歌詞なんてテキトーでいいんだよ。テキトーで!」
青く暗く染まった夜空には無数に輝く星々が浮かぶ。
事務所二階、練習室から人の笑い声が微かに漏れていた。
「——おい、くすぐったいぞ!」
腕から手首にかけてペン先が滑らかに走り抜ける。
梅はこそばゆく感じ小さく身動きすると、手首を掴むリワナに注意された。
「あ、ダメだよ!動いちゃ!」
その隣で華がドクロや十字架がデザインのイヤーカーフを梅の両耳に着けていく。
「好!」
華は納得した様子で満面の笑みを浮かべ、ポケットからスマホを取り出すと『我们一起拍个照吧〜!』と梅に訴えた。
華が手に持っているスマホを見て、言わんとすることを理解した梅は小さく頷いた。
「え、写真撮るの?ボクも撮りたい!後で撮らせてね!」
華は軽い身のこなしで連写すると、撮ったばかりの写真を確認する為、スマホの画面を注視しする。
「哈哈哈、笑死了!」
突然スタジオの重たい扉がゆっくりと音を立て開かれた。
「——お前たち何、やってるんだ……?」
司は訝しげな表情をしながら中にいた人物たちに声を掛けると、油性マジックを持ったリワナとスマホの画面を見てゲラゲラ笑う華の二人が振り返る。
そして二人のその後ろでは——。
「——な、なんだその格好は?!」
二人の後ろにいた梅の姿を見て司は驚愕した。
「あ、司くん!見てよ、梅くんカッコいいでしょ〜?!」
逆立った髪型にパンダのような濃いメイク。首元にはチェーン、指にはゴツい指輪をはめ、腕と首筋には油性マジックで書いたタトゥーが刻まれていた。
梅の変わり果てた姿に司は怒りで震える。
「な、何でこうなった?!どうしてこうなったんだぁ?!」
「やっぱりさー、形から入った方が良いと思って!」
リワナはいたずらっ子のようにペロっと舌を出し片目を閉じる。
司はチラリとエレキギターを持ったまま呆然と立ち尽くす梅を見た。
「『形から』って、なんだ?!一昔前のパンクロッカーか?!これはもうパンダだ!パンダ!」
司は梅を指差し言い放つ。
「違う!梅くんは人の皮を被った宇宙人だよ!」
「はあ?」
「宇宙人はちょっと爆発した方が良いと思う!」
「爆発?お前……何言って——」
「音楽は『気持ち』が大事だよ!楽器はね『魂』で弾くんだよ!!」
リワナは拳をギュッと握り自身の胸に当てなが力強く梅に訴え、側にいた華もその言葉に賛同するかの様に『是啊!是啊!』と大きく頷いた。
否定する事も肯定する事も出来ず、二の句が告げない司はチラリと梅を見た。
(…………これが、オレ?)
梅はスタジオの大型ミラーで自身の姿を確認すると、何とも言えない高揚感を感じていた。
アウトローな外見に生まれて初めて触れるエレキギター。
まるで、プロのギタリストにでもなった様な錯覚を覚える。
「……なんか、新しい自分に出会えた気がする……!!」
「ホントに?!」
嬉しそうに喜びハイタッチするリワナたちをよそに、司は複雑な表情を浮かべなが、梅の今後がどうなってしまうのか……。
心配で落ち着かない。
「ところで司くんはどうしてここに来たの?お仕事は終わったの?」
「え、あぁ。梅が心配で見に来た」
「心配?……なんで?」
リワナは不思議そうに首を傾げ、聞き返す。
「なんで、ってお前たちだからだよ」
「え、ボクたちだから?」
頭にハテナを浮かべ更に不思議に思う。
「……でも、梅くんにギターを教えろって言ったの、司くんだよね?」
「——っ!」
ブーメランが帰ってきた。
全く持ってその通りだ……。
正論を突っ込まれた司は何も言い返す事が出来ず黙り込んでしまった。
「あれ、どうかした?」
「……いや、何でもない。俺が悪かった、すまん」
「なんで謝るの?」
沈痛な面持ちの司にリワナは訳が分からず更に不思議な表情を浮かべる。
梅を椅子に座らせ、司もその隣に座りギターの弾き方を教え始めた。
「ここが『ヘッド』。この摘みを回して弦の張りを調整する『ペグ』。この部分はナットで——」
司はギターの名称を一つ一つ教えていく。
「ネック表側のフィンガーボード(指板)、その上に打ち込まれた棒状の金属はフレット。この白の小さなマークが『ポジションマーク』」
そのまま下の方まで教えていく。
「で、この部分が『ボディ』。この空洞が『サウンドホール』でこれが『パックガード』。そして弦の一端を押さえるこの部分が『ブリッジ』……ここまで大丈夫か?」
司はその後も弾き方を梅に教えていく。
梅は慣れない手つきで一生懸命に指先を動かした。
司が押さえている指の位置を確認し、自身の手元に視線を向けて間違いがないかを何度も確認する。
——時が過ぎ、少しずつだが指先が慣れ始めた頃、側で見ていた司がそっと口を開く。
「……そろそろ終わりにするか」
梅は手を止めてコクリと頷く。
ギターを仕舞おうとケースに手を掛けたその時、室内の隅でアンプの上に座りギターを掻き鳴らすリワナたちの姿が見えた。
司はその姿に
「……梅、エレキ弾いてみるか?」
ギターを片付ける手を止め、真っ黒な目元を大きく見開き、瞳を輝かせ梅が反応する。
「……いいのか?」
「ああ。……リワナ、そのギター梅に貸してやれ」
「ハ〜イ!」
リワナは持っていたピックとエレキギターを梅に渡し、アンプの音量を上げる。
「…………」
三人に見守られながら梅は左手でフレットを押さえ、右手に持っているピックを弦に添える。
先程、司に教わった弾き方を思い出し、両手の指の位置を確認して息を吐く。
ピックで弦を弾くと高音の鋭い音色がスピーカーから勢いよく流れた。
「——!」
……嬉しさと気恥ずかしさで頬が赤くなり、自然と口角が上がるのを感じる。
プロのギタリストである司たちからしたら出来ていないと思われているかも知れないが、だが、梅は酷く感動していた。
(……楽しい!)
おぼつかない指先弦を鳴らしていく梅を三人は優しく見守っていたのだった。
Capriccio @yumenogen20221010
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