アストロなろう系

過鳥睥睨(カチョウヘイゲイ)

なろう→なった系

「私、小説家になろうと思ってます」


 私の告白を受けた先生は面白いほど呆気にとられて、口を半開きにしていた。

 この決断が意外だったのは確かなようで、けれどもこの程度の反応は想定内だったし気にするほどでもなかった。


「こう、集中できるひなびた感じの田舎に住んで、小さな窓から巡る四季を眺めながら大作とか書きたいんです」


 こないだ友達に同じことを言ったら「祥子は形から入るやつだったかー」って笑われた。いいではないか、形がしっかりイメージできる方がいいに決まっている。


「いや、それは大いに結構なんだが……お前理系だろ?」


「だから少しずつ勉強してますとも!見ててください、きっと誰もがあっと驚く大作を書き上げてみます!」


 学校の図書室にはなんでもある、それもそのはずで大体の作品はアーカイブされ図書室の蔵書可能数を何万倍も超えた書物が眠っている。

 でも、だからこそ関心のないものには一切手が伸びなかった。


 ある日手を伸ばしたのは偶然、生命倫理関係の書物を漁っている最中にある小説が引用されていたことだった。

 早速全文を閲覧しようとアーカイブにアクセスして書籍データを手に入れる。

 けれども引用部分だけ読んでもパッと理解できない。不思議に思って前の段落から、さらに前の章から、ついには小説の最初から。

 疑問は疑問を呼び、慣れない手つきで小説を全部読み切ってしまっていた。


 不思議な読後感があった。

 とある夏季休暇中に起きた教師と生徒の交流の物語で、人物の考えること、それを包む情景、五感を活用して人間に生じる感性について丁寧に描かれていた。

 小説はこんなに面白いものなのかと、私は思った。

 そうして私は、小説家になることを志し。


 そうして私は、小説家になった。



 凍える寒さに目が覚める。ここは学校のあった都会とは違って気温の差が激しい。

 和装に袖を通し、長い髪をくくり、布団をどけてから縁側に向かう。


「うぅ、今日から冬だっけ。デフォルトを弄らないまま運用するのはよくなかったかもなあ」


 ぼやきながら縁側に立ち、庭を見る。


 庭、というものはこういうものであっているのだろう。こけむしていた地面は雪に覆われ、昨日まで音を立てていたししおどしは凍りついて固まっていた。

 素足だと冷えるから、そそくさと居住スペースに戻ることにする。書きかけの原稿に向かわなければ、何のためにここまで不自由な場所に家を建てたのかわからない。


 来客はときどき、学生時代の友人がやってくる。これまた前時代的なと呆れるのもいれば、俺の家より先進的だなと快適そうにするのもいる。

 一体何を思ったら戦国武将になりたいなんて言い出すんだろう、多分一番の問題児はあいつだ。私じゃない。


 けれども、あいつの言うことに賛同する部分もある。例えばこの四季だ。

 私は手をこすりながら考える。

 自分の手に負えないもの、というのは脳みそに良い負荷になる。なんでも叶うようになってしまっては、人間としての耐用年数に関わってくる。


 小説家は素晴らしい。まず考えることが多い。

 多方面に知識がなければきっとリアルな作品は書けないだろう。

 文化、自然、科学にはじまり、それらを細かく噛み砕いて表現する技能。幸いなことにアーカイブにはいつだってアクセスできる、ならばいずれ自分の描く世界は旧時代のどの文学より素晴らしいものに昇華されていくはずだ。

 書いた作品がどんどん棚を埋めていく感覚は良いものだ。それらを勲章のように思う時すらある。

 修行僧のような心持ちで筆を取り、原稿用紙に次を書く。

 編集や出版については考えなくてもいい。食料も他インフラについても。必要なものは全て揃う。

 不自由にして自由な、これこそ私たちの宇宙だから。



 しばらくして目が覚める、アラームが遠くで鳴っていることに気づく。調子のいいところだったのに、と腐る反面腹が空いてることに気づいた。

 空腹は虚無感を通り越して痛いくらいのはずだが、麻酔のおかげで不快感は感じない。


 やがてスリープ解除のアナウンスが場内に響き渡り、取り囲む機械から解放される。

 周囲を見渡せば仲間たちが同じように休眠カプセルから出てくるのがわかる。

 友人の一人は目が合うと、まだ麻酔が効いているだろうに器用にウインクをしてみせる。確か戦国武将だ。


「宙域航行システムにERRORが発生しています、航行士はスペースFへ移動してください。繰り返します……」


 どうやら今回はエラーによる緊急措置での休眠解除らしい。バイオ組の私はしばらく船内をぶらぶら歩き回ってからまた休眠コースだろう。

 航行士のメンバーたちは慌ただしく機器とのリンクを行いながら長い廊下に続く出入り口へ向かっている。


「黒川、おい、黒川」


 ぼーっと考え事をしていると戦国武将が私の小脇を突いてくる。痛い。私は文豪なんだ、デリケートなんだ、もっと優しく扱え。


「パイロットルーム見たことなかったろ?良かったら一緒にこいよ」


 何故この戦国バカが私に友好的なのかわからないが、なにより私が現場にいても邪魔なだけだろうに。意図がつかめず首を傾げていると、ようやく私の困惑を理解したそいつは補足してくれる。


「こないだ読ませてくれた戦国小説あったろ?あのシナリオをデータとして組んだらめっちゃ面白くてさ」


 そんなこともあった。あれ自体は戦記物を適当にAI学習させてシミュレーションさせたものを書き起こしてみただけなんだが。予想外に好評だったみたいだ。


「何か礼できないかなって思ってたんだよ。小説のネタになるかも知れねーだろ?」


 言われてみればそうかもしれない。いままで小説のネタは全てアーカイブから引っ張ってきたから、現実をネタにすることに考えが至っていなかった。


「楽しそう」


「よしきた。見学ってことだから他のパイロットにも文句は言われねえだろ」


 戦国バカはそう言って先導として歩き始める。

 私は後ろから、転ばないよう気をつけて着いて行った。


 パイロットルームへの道のりはそこそこ長く、思考をまとめるのにちょうどいいくらいだった。

 ところどころに船外を観察するための窓が取り付けられていて、その先は宇宙の闇が広がっている……今更珍しくないけれど、休眠状態が長かったからどこか感慨深い。


 この宇宙探査船『メリア』はそもそも、汚染された地球を離れ新たな星を目指すことにした人類のための船だ。

 半永久的に酸素や水、食料を確保できるよう設計されているほか、冷凍休眠を利用した延命措置や神経接続によって冷凍休眠中に共同夢を見ることでの精神保持もプログラムされている。

 通っていた学校も、小説家の私の家も、実在しない共同夢の中での出来事、というわけだ。


 当然戦国バカの戦国時代もあいつのイメージからくるものの筈なんだけれど、そんな殺伐とした世界を望むのが目の前にいると考えると少し……いや、かなりドン引きだ。

 私の世界も人のことを言えないが。


「次はどんなの書くんだよ、黒川」


「ううん、ファンタジー……とか?2000年代初頭に流行ったようなやつ。異世界転生したり、奴隷の女の子助けたり」


「おー、いいなそれ。今度ドラゴンのデータ組めたら教えてよ、戦ってみたい」


 思考蛮族かよ。

 少しげんなりしながら共同夢の感想を交わしつつ、既にパイロットや技師の担当者たちが慌ただしく活動しているパイロットルームに到着した。


 こういうのって眼前に大きな窓がはめてあると思いきや、あちこちにモニターがあるばかりだ。


「いや、そういうのいらねーんだよ。そもそも今の速度で目視できる小惑星なんか見つけても回避できないだろ?」


 感想を伝えると至極真っ当なことを言われた。戦国バカのくせに真面目な。


 技師やパイロットがあちこち歩き回り機器の確認をしている様子で、戦国バカも私に断ってからその面々に紛れていってしまう。

 私は時折流れるアナウンスを聞いて現状把握をしながら、得体の知れない機器をいじる人々を観察することにした。


「空間流動値が高く〜」だの。


「宙域座標の設定が〜」だの聞こえてくるが、なんとなくわかるのは何らかの不具合によって自動航行ができなくなってるってことだった。


 この船はとうに地球から観測できていた宙域を抜けていて、多くの未知に溢れた世界に浮かんでいる。そういうトラブルがあって然るべきなのかもしれない。


 心配することはあまりない、船の行先にも漠然とした安心を感じていた。

 私は新しい星について想いを馳せるのが好きだ。それに気づいたのは小説家を始めて最初の年だった。

 踏みしめる大地、そよぐ風、照り下ろす太陽光。そういったものを想像するのは思ったよりも愉快だった。


 けれどその反面、私はそれを正確に小説に書けている自信はなかった。

 私は地球を知らない。

 私の両親のそのまま両親の世代にこのメリアは出発したから、メリアの誰も土を踏むこと、風に吹かれること、光に照らされることを知らなかった。


 目的の星に辿り着けばきっと、もっといい小説が書けるに違いない。

 私はそう感じていた。



 しばらくして異変に気づいた。

 星を夢想している間に、航行士たちの間に奇妙な緊張感が漂っていることに気づいた。

 顔つきには不安が張り付けられていて、中には震えている人もいる。


 その一団の中から、私めがけて戦国バカが戻ってくる。


「おい黒川!」


「どうしたのこれ?何が……」


「お前バイオ組だろ、ちょっと来てくれ」


 有無を言わさず手首を引っ掴んで観測機の一つに張り付いている集団に突っ込んでいく。

 私と戦国バカに気づいたパイロット達は次々に道をあけ、モーゼさながら私は危機の前に座らされた。


「いまこの船は『何者かに並走されている』」


 そんなバカな、宇宙人でもいたのか?


「しかもそれは……その……いやこの実数値を見てくれ」


 パイロットの一人がモニターを動かすと、例の並走物のシルエットや、動きのデータが現れる。カメラを設置していないため写真のようには映らないが、数値から姿は割り出せる。

 そのデータが正しければ……。


「バイオ組としての意見を聞きたい、こいつの正体を」


 データが正しければ、それはまるで空中にいる生き物のように宇宙に翼を伸ばし、飛んでいた。

 長い首、たなびく尻尾。手足と思われる器官は短く、けれどもその身にふさわしく大きい。

 これは宇宙船メリアを超えるサイズの……。


「宇宙……竜?」


 まるでフィクションに出てくるそのままの竜が、宇宙船の横腹すれすれを飛行しているらしい。

 目眩を起こしそうになる、が驚くポイントはそれだけじゃなかった。


『宇宙竜……なるほど、ではそう名乗らせてもらおうか』


 腹の奥底から響くような、体の内側から音が発せられたかのような感覚に襲われた。

 おそらく周りのパイロットにも聞こえたんだろう、皆不思議そうに辺りを見回している。


『そうだ、私は宇宙竜。この形而上宙域の王であるぞ』


 また声が体の内側から聞こえてくる、この様子なら船に乗っている全員に声が聞こえていそうだ。


『うん?何故私が話しかけたか、聞きたがっているのか?』


 きっと船内の誰かが質問したんだろう。さっきの私の発言から宇宙竜を名乗り出したように。


『そうだな……単刀直入に伝えよう』


 仕組みは不明だけれど、さっき言っていた形而上宙域ってのが関係しているのかもしれない。この宇宙竜を名乗る存在はあっさりと、私たちとコミュニケーションを取ることに成功していた。


『君たちとこの船は、そう遠くないうちに死ぬんだ』


 そして早々に、私達を恐怖と恐慌に陥れてきたのだった。

 

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アストロなろう系 過鳥睥睨(カチョウヘイゲイ) @karasumasiro

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