ペンギン令嬢と飼育執事〜婚約破棄の原因が体型なのに、執事が可愛いから痩せるなと、ダイエットさせてくれません〜

冥沈導

第1部 世界中の誰もがあなたを嫌っても。

第1章 私だけはお慕いしている事を、お忘れなきよう。

第1話 お嬢様、ご婚約おめでとうございます。

「ピノお嬢様、この度はご婚約おめでとうございます」


「ありがとう、デセオさん。でも……、いいのかな?」


「何がでしょう」


「こんな、体型の私と婚約なんて。お相手の方は、スリムな女性がお好きと聞いていたのに……」


「ようやくお相手の御子息様もおわかりになったんですよ! このお嬢様の愛らしいフォルムに!」


「愛らしくないよ……」


 ピノは自分の体を見下ろした。


 ぼてっとしていて、付いた贅肉は肩から腰、そして爪先まで縦に平行でずんぐりむっくりしている。

 その姿はまるで、


「だって、皇帝ペンギンカイザーピングイーンみたい……」


 皇帝ペンギンカイザーピングイーンだ。


皇帝ペンギンカイザーピングイーン! 可愛いではありませんか! わたくしは動物の中で一番好きですよ!」


「可愛いし、私も好きだけど……」


「そうでございましょう!?」


「…………」


 自室にて、ベッドに腰掛け、執事が褒める度に落ち込んでいく少女、ピノ・アリーレン。

 肩までのウェーブがかった焦茶の髪に、茶色の大きく可愛らしい瞳、丸っとした膨よかな顔、そして、贅肉が均等に付いた、ぼてっとぽよぽよな寸胴体型だ。


 服は裾と丈の長い、黒いシンプルなドレスを着ている。


 ピノの前で頰を紅潮させ、嬉々として彼女を褒め倒している男は、デセオ・バーリッシュ。アリーレン家の筆頭執事である。


 灰色の短髪は、中が刈り上げられ、上の髪と段差が付いているヘアスタイル。両耳に銀のラウンドピアス、黒い燕尾服を着こなし、身長も高く、鍛え上げられたその体は、暑苦しすぎず、程よく筋肉が付いている。瞳は切れ長の濃い灰色だ。

 一般的に、美男の部類に入るだろう。


 だが、デセオは悲しきかな、


「俺、あ、失礼。わたくしは国立動物園で皇帝ペンギンカイザーピングイーンを見た時! 思わずお嬢様かと思い! 近くにいた飼育員に! 「テメェ何勝手にお嬢様を連れてきてんだ! あぁ!? 誘拐で訴えんぞゴラァ!」、と、言ってしまいましたからね!」


 崇拝レベルで、ピノに盲愛している、少し、いや、かなり変人な執事である。


「……ちゃんと謝ってくれましたよね?」


「ええ! もちろん! 皇帝ペンギンカイザーピングイーンのムムたんには誠心誠意謝罪しましたとも!」


「いえ……、飼育員さんに」


「は? 何で飼育員のヤローに謝らねばならんのですか? アイツはですね! ムムたんが太ってきたからと、食事の量を減らしてやがったんですよ!? どいつもこいつもダイエットダイエット!」


 デセオは深く長いため息を吐いた。


「世のヤロー共は! 女性の魅力が何たるかをわかっていない! あの時! わたくしは! ムムたんを国立動物園という監獄から連れ出そうと! 気がついたら皇帝ペンギンカイザーピングイーンスペースに入っていましたよ!」


「……新聞に載っていた変質者って、デセオさんのことだったんですか」


 数年前、国立動物園に動物を拉致しようとする謎の美男変質者がいると、報道に大きく取り上げられた。だが、アリーレン家当主により、顔と名前は公表されなかった。


「ムムたんがお可哀想でお可哀想で! この間! 久々にお会いしましたら! お痩せになられていた! わたくしは飼育員に殺意を覚えましたよ!」


「……うん、やめてくださいね」


「まぁ、ムムたんにはいつかわたくしがお菓子をあげるとして」


「……だから、やめてくださいね?」


「あのムムたんのようにお可愛らしいお嬢様の魅力を! ようやくわかってくださる男性が現れた! わたくしは嬉しくて嬉しくて! 殺意を覚えましたよ!」


 デセオは震える両手を見つめた。


「……うん、やめてくださいね?」


「ようやく今日、初対面ですね。会話が弾むよう、念を送っております」


「……デセオさんも、同席してくれませんか?」


 おずおずと顔を上げたピノを見て、デセオは顔を輝かせたが、一瞬で紳士的な笑み浮かべ傅いた。


「お嬢様のご命令であれば」









 数時間後。


 国内唯一の五つ星レストランにて、ピノとデセオは、テーブル席の脇に立ち、婚約相手を待っていた。


「緊張するなぁ……」


「今日のドレスもよくお似合いですよ、お嬢様。ただ、素敵な二の腕と御御足おみあしが出ていないのが、残念ですが」


「……腕や足なんて、一生出したくないよ……」


 ピノは淡いピンクのパフスリーブドレスの裾を引っ張った。


「しかし、女性を待たせるとは何様でしょうか。名家の御子息ともあろう方が」


「お忙しい方みたいだからね、仕方がないよ」


 二人が噂をしていると、


「やぁ! お待たせして申し訳ない! 商談が長引いてしまってね!」


 スラットした体型に、高級なスーツを着たピノの婚約相手、グロンド・ラッヘンが慌てて駆け込んできた。


「いえ、私も着いたばかりです」


「隣の男性は……?」


 グロンドは自分より身長の高いデセオを見上げた。


「ピノお嬢様の専属執事、デセオ・バーリッシュと申します。喋る空気とでも、思ってくださいませ」


 デセオは胸に手を当て傅いた。


「そ、そうか。ところでピノさんは、食べる事がお好きと聞いていたのだが」


「はっ、はい!」


「僕も食べる事が好きでね、一緒にたくさん食べよう」


「あっ、ありがとうございます!」


 ピノはお辞儀をし、安堵した。ようやく遠慮せずに好きなものを好きなだけ食べられると。しかも、共に楽しく食べてくれる人と出会えたと。心の底から安堵した。


「もう料理は頼んであるんだ、好きなだけ食べよう!」


「はい!」


 二人が席に着くと、あっという間にテーブルは料理で埋め尽くされた。鴨胸肉のカルパッチョ、ニム芋のムースとコンソメジュレなど、盛り付けも美しく、目でも楽しめるものばかりだ。


「——……」


 ピノは目を輝かせ、料理を見つめた。


「さぁ、いただこうか」


「はい!」


 ピノはナイフとフォークを持つと、上品に前菜からスープと次々と平らげていった。


(美味しい! 盛り付けも繊細だけど、味付けも繊細だ! 料理人さんの気持ちが沁み込んでくる!)


 見た目も味も、素晴らしい料理に、ピノは心もお腹も満たされていった。

 そんな、幸福な中、


「ぷっ」


「え……?」


 向かいに座っているグロンドが噴き出した。


「ギャハハ! どんどん料理が吸い込まれていく! まるでバキュームだな!」


 涙を浮かべ嘲笑するグロンドに、


「——……」


 ピノはフォークとナイフをテーブルに置き、俯いた。


「しっかし! よく今までそんな体型で生きてこられたなー! お前となんか誰が結婚するかバァーカ! 噂のデブ皇帝ペンギンカイザーピングイーンを見に来てやっただけだよ! 国立動物園から脱走したんですかー? ってな! ギャハハ!」


「——……」


 ピノの目から、静かに涙が頬を伝った。そして、パフスリーブドレスにぽたりと落ちた。


「……お嬢様、少々ナイフをお借りしますね」


 デセオは紳士的かつ爽やかな笑みのまま、スマートな所作でナイフを手に取ると、音もなくグロンドの背後に回った。そして、彼の喉元にナイフを近づけ、こう言った。


「グロンド様? 死んであそばせくださいますか?」

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