第12話 稽古

 ――……翌日。

 冒険者協会には、隣に冒険者のための訓練用施設が併設されている。

 小さな村であれば簡易的なものしかない場合も多いが、ここは大都市。ありとあらゆる最新型の設備が整っている。移動する魔法の案山子からあらゆる魔法を自由に撃てるように結界が張られた練習場、一生かかっても読み切れない量の資料室、そんな冒険者に向けた武器防具屋。

 真面目な冒険者にとっては、これ以上ない天国だ。使用料金も基本的にかからず、使用条件も冒険者登録が既に澄んでいることだけ。……なのだが、意外と人の入りが悪いのが悩みの種らしい。やはり粗暴な冒険者は勉強が苦手なのだろうか。

 とはいえ、勉強するならここを訪れるにこしたことはない。広い練習用のトレーニングルームを丸々借りた俺達は、各々が練習用の武器を握り締める。

「……で、レイオスくん。事情はわかったけど、なんであたし達を呼んだの?」

 そう首を傾げるのは練習用の木剣を握り締めたライナと、練習用の魔法の矢をつがえるマリネだ。彼女達にはセラの練習相手として、昨日の間に事情を伝えて来てもらえるように頼み込んでおいた。

「今日の実戦練習で、ちょうどいい相手が練習相手が欲しくてな」

「こう見えても結構強いよ? あたし達」

「ああ、わかっている」

 二人は上級冒険者のバルロスに劣るとはいえ、中級冒険者としては上位の実力を持っている。

 むしろ最上級冒険者を目指すのであれば、これくらいの高い障壁を乗り越えてもらわないと困る。

「え、ええっと……私は何をすればいいんでしょうか」

 杖を握り締めるセラは、困惑しながらこちらに問いかける。そんな彼女に対し、俺は今回の目的を話した。

「お前には、奇襲を受けても捌けるだけの立ち回りを身につけてもらう」

 守られるだけの存在から、仲間の手を煩わせない存在に。俺が初めに手をつけはじめた練習法だ。

「俺が手本を見せる。ライナ、マリネ。俺が詠唱を始めたら、全力で阻止しようとしてみろ」

「え、いいけど……大丈夫?」

「二人同時に相手って、きつくないですか……?」

「いや、大丈夫だ。本気でかかってきてくれ」

 木剣を握り締めた俺は、すこし歩いて二人から距離を取ると、軽く準備を整える。

 運動能力に劣る治癒術師には厳しい訓練なのは重々理解している。だが、

「これくらいの攻撃を捌けなければ、あいつらに追いつくには夢のまた夢だ」

 対人戦が多くなる最上級の依頼をこれからも受けるのであれば、これくらい、できなければいけない。

 俺はもちろん、魔術師のクレアも最低限自衛できる腕前はある。彼らの足手まといになりたくないのであれば、彼女も自衛くらいはできなければ。

「それはあたし達への挑戦と受け取っていいんだよね?」

「ああ」

 苦笑いを浮かべるライナに、俺は軽い挑発のように返事を返す。

 言われてる側からしたらたまったものじゃないだろう。治癒術師を相手に二人がかりで、しかも自分の得意分野である戦闘で挑んでこいだなんて。

 だが、二人は俺の実力を知っている。これだけ舐められながらも、油断することはなかった。

 静かに武器を構え、その時を待つ。深呼吸をした俺は、詠唱をはじめた。

「――天の恵みよ、天の光よ。救済を求めし人の声を聞け。嘆きに満ちた地の声を聞け」

 詠唱の一文を唱え始める。上級回復魔法――サンクチュアリの一文だ。

 唱え始めた術者は基本的に無防備。その無防備な姿に、ライナが容赦なく斬り込む。

「この地には救済の光が求められている。もし我らの嘆きが届くならば、どうか光で我らを照らしたまえ」

 それを落ち着いて木剣で受け止め、捌き。さらには隙を見て反撃にまで出る。その間も詠唱は止まることはない。

 素早いライナは即座に体勢を立て直し、常に自分が攻めることを意識し続ける。

「全てを癒やす救済の光よ、我らの嘆きを、血の涙を、痛みを。癒やし、救い、立ち上がる勇気を与えたまえ」

 そこにマリネの弓矢が的確に狙いを定める。

 だというのに、詠唱は止まらない。何度撃っても軽く最小限の動きで避けられ、ライナの剣撃もまるでダンスに付き合っているかのように、的確に捌かれる。

「全てを照らす再起の光よ、この戦士達に新たな息吹をもたらさん――生命の息吹よ! サンクチュアリ!」

 光が集まり、頂点に達し、霧散する。未習得のスキルを発動しようした結果だ。

 発動はできなかったが、詠唱は完成した。もし習得していれば、この場の仲間の傷を全て癒やす聖なる陣が展開され、起死回生の一手となっていたはずだ。

「とまぁ、こんな具合だ」

 平然と言ってのけるレイオスに、息を切らし崩れ落ちるライナとマリネ。

「な、なんでぇ……!?」

「わ、私達の攻撃、見事に捌かれちゃいましたね……」

 俺はセラの肩を叩くと、「やってみろ」と伝える。

「やってみろ、と言われましたも――いきなりは無理ですよ!?」

 まぁ最初からは無理だろうな。故に、最初は簡単な内容から徐々に難易度を上げてゆく。

「まずは奇襲されても詠唱を途絶えさせない練習からだな」

 妨害をされてもびびらず、詠唱を完成させられるようにならないといけない。特に最上級の依頼となると相手の知能も高くなるため、治癒術師が優先的に狙われる可能性は高い。

「マリネ、まずはスキルなしで照準と間隔甘めで練習相手になってくれ」

「はい、わかりました!」

 想定されるのは弓矢や魔法の攻撃。まずはこれに耐性をつけないといけない。

「ある程度最後まで詠唱できるようになったら、スキルありの狙撃に対応できるように練習。それができるようになったら、ライナと近接戦の練習だな」

 一日目。どこまで彼女ができるかは努力次第だが、方針は決まった。

 ……結果としては、残念ながらセラは、この日は一度も詠唱を完遂させることはできなかった。


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 二日目。今日も朝から訓練に励んでいる。

 セラが練習をしている間、俺は暇してるライナの練習に付き合っていた。

「というか! よく! 余所見しながら! 攻撃を! 捌けるねっ!?」

「息遣い、動作所作、魔力の集中箇所。ある程度分析できていれば、次の行動を読むことは造作もない。お前の強みはその身のこなしと手数だ。攻撃は軽く横に受け流し、その隙に攻め込むことを心がけろ。正面から力勝負をするな」

「単純にヒーラーに力負けしてるのが悔しいんですけどっ?!」

 あたし前衛職なのに! と言いたげに剣を振るう。

 そんな大振りになった隙に、遠慮なく木剣の一撃を叩き込んだ。

「うぐっ! いったたぁ……ちなみにどう? あの子――セラちゃんだっけ?」

「悪くはない。元々治癒術に特化していただけで、腕前は上級冒険者の中でも上澄みだ。素質はある」

「端から見た感じ、まだまだな気がするけど」

「最も詠唱の長い上級回復魔法のサンクチュアリに絞っているからな。中級回復魔法のリカバリーなら、もう次の段階に進めるくらいには成長が早い」

「そうなんだ」

 隣で昨日と同じ訓練を続けるセラに目を向ける。

 今回も詠唱が途絶えてしまったが、詠唱の内に半分以上は安定して唱えられるようになっていた。

「この調子なら、明日には次の段階に進めそうだな」

 そんな俺の予測通り、夜にはだいぶ安定し、三連続で詠唱に成功する姿が見られた。


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 三日目。

 今日からスキルありの本気モードのマリネの攻撃を避ける段階に入ったが、こちらの攻撃を見切るには相当苦戦しているようだった。

 昨日までとは違う、スキルありの的確な攻撃。的確に急所を狙ってくる腕前に、攻撃が直撃すればそのたびに詠唱が途絶える。

「れ、レイオスさぁん……無理ですよぉ避けれません……」

「それはどうしてだ? 相手の狙いが正確無比だからか? それとも詠唱に集中しすぎて飛んでくるのが見えないからか?」

「どっちもです!」

「そもそも実戦では飛んでくる矢を見て避けれると思うな。相手はこちらの目が届かないところから狙撃してくるわけだからな」

「じゃ、じゃあどうすればいいんですか?!」

 残酷ですらある現実を告げた俺の言葉に、逆にどうすればいいのかと声を上げる。

「まず、攻撃は最小限の動きで避けろ。相手の狙いが正確無比なら、逆に言えば大きく動かずとも避けられる」

 マリネに合図を送ってこちらに撃ってもらう。頭を狙ったその矢を、これが理想形だと言わんばかりに、首の動きだけで軽くよける。

「そして発射されたかどうかは、魔力を見て判断しろ。スキルを発動する時、指先に魔力が集中し、発射と同時に霧散する。その霧散するタイミングで、少し横に避ければいい」

「魔力を、見る……」

「これは何も弓使いを相手にする時に限った話じゃない。魔術師相手でも発射したタイミングを読めるし、その性質から何をしようとしているか読み切れることもある」

「た、試してみますっ」

 アドバイスを聞いて、再び構えを取る。

 練習再開。詠唱しながらはじめのうちは避けてゆくが、集中力が高まる中盤以降に入ると、

「――もし我らの嘆きが届くならば、どうか光で我らを――いたっ?!」

 おでこに一撃をもらい、詠唱が中断される。……まだまだ反応が遅い。次の段階に進むにはもう少しかかりそうだな。

「魔力を見るって……見えるものなの?」

「実際に視覚化されてるわけじゃない。だが、目を瞑っていても流れや気配といったものは感じ取ることはできる。その微妙な気質を感じ取ることを、魔力を見る――というわけだ」

「……なんか難しいこと言ってない?」

「基本技能だと思っていたが」

 当然のように言ってのける俺に、何故かライナはため息をつくのだった。


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 四日目。

「ところで、なんでバルは呼ばなかったの?」

「あいつを呼んだところで、セラの練習にならないからな」

 なんでと問いかけるライナに、俺はきっぱりと言い切る。

 その心は、とでも問いかけるかのように、首を傾げるライナ。彼女にもわかるように、俺は改めて説明する。

「大剣を持った前衛が後方まで抜けてくることは、まず基本的にありえない。その時は前線が崩壊している時だ。故に、想定する必要がない。狙われる可能性があるとしたら、回り込んできた身軽な奴の奇襲か、遠距離から狙い撃ちされるかのどちらかだ」

「ああ、確かに。だからバルだけハブられたんだ」

「……別に仲間はずれにしたわけではないが……今回は必要なかっただけだ」

 確かに、一人だけのけ者にしたみたいで感じで、あいつに悪かったか。

 そんな心配は要らぬ心配だと言うように、ライナが肩を叩いて自分なりの見解を述べる。

「まぁいいんじゃない? 今頃寝てるか美味しいものでも食べてるって」

「ならいいんだが」

 確かに、宿屋で大きないびきを立てて寝ている姿が思い浮かぶな。

 そうこうしている間に、稽古は二段階目の終盤まで辿り着いていた。

「――生命の息吹よ! サンクチュアリ!」

 杖から光が解き放たれ、広範囲の味方を癒やす魔法陣が展開される。

 久々に完遂することができた上級回復魔法に、セラは感極まった声を上げる。

「……! レイオスさん、できました!」

「上出来だ。後はこれを安定させるだけだな」

 まだ安心はできない。たまたまかもしれないからな。

 釘を刺されたセラは「が、頑張ります!」と告げて、練習に戻る。

 その日、セラはサンクチュアリを最高で二連続で完遂させることに成功した。


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 五日目。

 明日は開拓記念祭。つまり、今日が稽古に付き合える最後の日だ。

 この数日間で彼女は成長した。最低限、遠距離攻撃に対する耐性はつけなければ――と考えてこの稽古をはじめたが、彼女の努力の甲斐あって多少なりと遠距離攻撃に対する耐性と、対処できるという自信は得られたはずだ。

 昨日の復習も兼ねて最初はマリネに相手してもらったが、セラは一発でサンクチュアリの詠唱に成功させてみせた。……一旦ここまでできれば十分だろう。

「今日はライナとの戦闘訓練だ。目標としては、攻撃を捌きながら詠唱を完成させること」

「は、はい!」

「相手にビビらず杖で受け止め、横に力を逃がすんだ。間違っても正面から殴り勝てると思わないこと。詠唱を続けながらも、時間を稼ぐことを意識しろ」

「わかりました!」

 杖を構え、深呼吸をするセラ。それに相対するように二本の木剣を構えようとしたライナに、俺は待ったをかける。

「ライナ。木剣は一本で相手してくれ。さすがに二本同時はまだ早いだろう」

「りょーかい!」

 一本を鞘にしまうと、慣れないからか妙な違和感を感じながら、ライナは対峙する。

 そして俺が「はじめ!」と掛け声を送ると、「よろしくおねがいしますっ」と挨拶から始まって、二人の模擬戦が始まった。

 ここ数日、ライナの練習相手をしていて感じたが、彼女は相手の防御を崩すのが苦手みたいだ。防御に専念するセラを相手にするのは、彼女にとってはいい練習になるだろう。

 二人の戦闘風景を見ながら、俺はマリネの隣に座ると、彼女に問いかけた。

「どうだった、セラを相手にして」

「成長が本当に早いです。レイオスさんの指導もありますけど、攻撃を見切るのが早いです」

 指導があったとはいえ、たった四日でここまで成長したのは、ひとえに彼女の努力の賜物だ。

 俺はふっと笑みを零すと、素早い連撃に苦戦するセラへと目を向ける。

「でも、レイオスさん……。どうして彼女にここまで肩入れするんですか?」

 別にあなたに得はないのに、を言いたげな表情でこちらを見つめるマリネ。

 そんな彼女に軽く微笑むと、俺なりの理由を彼女に伝える。

「あいつには強くなってもらわないと困る。それに――俺にも、そんな時期があったからな」

 訝しげな表情を浮かべ、「そんな時期?」と聞き返す。床に座った俺は、二人の練習風景を眺めながら、その内訳を話し始めた。

「俺は決して才能に恵まれた方ではなかった」

 意外そうな顔を浮かべるマリネ。それもそうだろうな、と苦笑する。

「治癒術師になったのも、孤児院暮らしの頃、怪我しがちなガキ達を治すために覚えただけで、才能があったから目指したというわけではなかった」

 今改めて考えるならば、俺は料理人としての方がよっぽど才能があったと思う。

 だが、そうはならなかった。リックと共に冒険者となり、〝黄金の篝火〟に辿り着き――そして、〝デュラン・デルト〟のみんなと出会った。

「そんな奴が、才能の塊みたいな奴らとパーティを組むことになったんだ。俺は必死に勉強した。誰よりも勉強した。雑用なんかも積極的に俺が担当した。それが、俺にできる唯一のことだったからな」

 だから俺は、雑用がそんなに苦ではない。それくらいでしか貢献できない時期があった。

 常に自分の力不足を嘆き、それでも前に進まないといけない。並大抵の努力で追いつけないことは理解していながらも、努力を重ねる以外に俺に道はなかった。

「俺には、あいつの気持ちがわかる。仲間達の力になれない悔しさも、強くなりたいと願うその気持ちも。……だから」

「だからあの子の力になってやりたい――、ですか」

 俺の続けようとしていた言葉を汲み取り、声を続ける。

 一瞬驚いたが――そうだな。ふと笑みを漏らし、一言。

「ああ」

 と彼女に返した。

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