第11話 理由

 賑やかな喧騒が響き渡る町中に、こつこつと足音が響き渡る。

 道中、何から切り出したものかと戸惑っている、水色の髪の少女。……気まずい沈黙。

 俺はそんな彼女に、気になっていることを軽く問いかけた。

「あいつらは、元気にやっているか?」

「……え? あ、はい。レイオスさんがいなくなって、寂しそうにしてましたけど」

「……そうか」

 安堵したかのようにため息を漏らす。……元気ならそれでいい。

 さて、と話を切り替えた俺は、彼女に何が聞きたいのか問いかける。

「それで、お前は何が望みだ? 俺にできることなら力になるが」

 単刀直入に聞いてみる。すると彼女は拳をぎゅっと握り締め、鋭い眼差しで俺を見上げる。

「強くなりたいんです。あの人達の迷惑にならないように」

 その眼差しは、本気の眼差し。覚悟を決めた、治癒術師の眼差しだった。

 彼女の思いを受け取った俺は、眼鏡を軽く押し上げ、正直な意見を告げる。

「大変だぞ。あいつらに追いつこうとするのは」

「わかってます」

 つらそうに微笑む彼女の姿は、その道の険しさを理解しているようだった。

 再びの沈黙。しばらくして、「あ、あの!」と、今度は彼女から問いかける。

「……レイオスさんは、どうしてヒールしか使わない道を?」

「その話、つい最近した覚えがあるな」

 先日の夜会話を思い出し、あの時と同じ答えを彼女に伝える。

「答えは至ってシンプル。俺の出した結論では、不要だったからだ」

「……不要、ですか?」

 だが、そこから先の返答は前とは違っていた。同じ治癒術師なら――ましてや今後、〝デュラン・デルト〟を支えることになるならば――これから先、強くなりたいと願うならば。俺と同じ壁にぶつかることは、目に見えていたからだ。

「上級魔法になるにつれて、詠唱時間は長く、消費する魔力が大きくなる。お前も治癒術師なら、それが何を意味することは理解しているはずだ」

 その言葉に、彼女も「はい」と小さくうなずく。

「回復は基本的に、後出しだ。攻撃を受ける前に着弾しては意味がない。かといって遅れてもいけない。そんな回復魔法において、詠唱時間の長さは想像以上に致命的だ。二手先、三手先を読む力がなければ、詠唱時間をカバーすることはできない」

 うんうんと首を振るセラ。これは治癒術師特有の悩みであり、そして永遠の課題でもある。

「俺は相手の先を読むために、あらゆることをした。ありとあらゆる魔法の呪文を覚え、ありとあらゆる知識を蓄え、ありとあらゆる戦術を覚えた。詠唱を極限まで短縮し、相手が何をしようとしているか見切れるようにした。そこまでやって俺の出した結論は、、という結論だった」

 どんなに効果が素晴らしいものだとしても、適切なタイミングで使えなければ意味がない。

 そのために俺はありとあらゆる手を試した。だが、結局それだけやって得た経験は、そもそも上級回復魔法の構造上の欠陥を覆すことは不可能だ、という事実だった。

「それに、そこまでやっても回復が的確に飛ばせるだけ。それだけじゃ足りない。相手の動きがわかっていても、詠唱で口が封じられていては仲間に伝えられない。最も戦局を見通せる俺が、仲間達を支えるならば――俺にできることは、的確な指示を飛ばすことだった」

 最も安全な位置に控え、最も俯瞰的に状況を見極めることができるのが治癒術師。なら、その立場を活かさない手はない。だが、上級魔法を唱えている間は口が塞がる以上、両立は不可能だった。ある意味では、これが決め手だったかもしれない。

「ヒールなら、それができる。ある日を境に、俺はヒールに絞ったスタイルを試すことにした。回復をしつつ、的確な指示を。それが通用するとわかった時、転生の儀を行い、ヒールに特化した戦闘スタイルを確立した。……〝デュラン・デルト〟が有名になったのも、その頃だったか」

「………………」

 だから、〝デュラン・デルト〟が有名になってから知った奴は、俺が三次職のアークビショップだった時代を知らない。だから俺を一次職だと蔑み、愚弄する。……どうでもいい話だが。

 全てを聞いたセラは、何も言えなかった。どう反応したらいいかわからなかった。

 どれほどの努力を重ねたら、その境地に到れるんだろうか。『努力家』とは聞いていたが、彼の人生は常軌を逸している。普通の人には考えてもやらないどころか、考えもしない領域。

 どうして、そこまで――。すこしでも彼のことが知りたくて、その小さな口を開く。

「ある日を境にって、何があったんですか?」

 気になったワード。ヒールに絞ったスタイルを試すようになった理由。

 その問いかけに、触れてはいけないような沈黙が一瞬流れ――彼は、重い口を開いた。


「俺のせいで、〝デュラン・デルト〟のリーダーが命を落とした」


 それは、信じられない告白だった。

「えっ? で、でも、アランさんは――」

「アランは、あいつの代わりにリーダーになっただけに過ぎない」

 知らない過去。本来、〝デュラン・デルト〟は五人パーティだった事実。

 あまりの衝撃に耐えきれず、目眩を起こす中――現実に引き戻すように、彼は言葉を紡ぐ。

「魔神討滅作戦を知っているか?」

「二年前、緑の魔神が暴走し、この世界に現れた事件ですよね……?」

「ああ、そうだ。まるで台風の中で戦い続けているような、激しい戦いだった」

 淡々と、事実を述べる。どこか寂しげな顔を浮かべた彼は、

「あの日、俺は死ぬはずだった」

 といつもの調子で告げる。

 それは、どういう――。そんなことを利くまでもなく、彼は何があったのかを語ってくれた。

「まだこの戦闘スタイルを確立する前、アークビショップだった俺は、上級回復魔法サンクチュアリで前線を支えていた。その中で緑の魔神が、俺に狙いを定めていることに気付いた」

 治癒術師が狙われるのは世の中の常だ。

 だが、緑の魔神――つまり、だなんて、死刑宣告に等しい。

「気付いたところで、前衛には伝えられない。俺にできることは、後衛が固まっている地点を離れ、被害を最小限に抑えることだけだった」

 でも、彼は生きている。一体何が――。

「そのことに、いち早く気付いたのが、俺達のリーダーだった」

「……! まさか――」


「あの日、俺を庇って俺達のリーダーは――〝


「俺がもっと早く結論に辿り着いていれば、前衛を指示で支え、何が起きているのか知らせることができた。……全ては、俺の責任だ」

「………………」

 そんなことない、とは言い出せなかった。

 どれだけ彼が思い悩んだのか、セラは知らない。だが、治癒術師じぶんのせいで命を落とした人がいたとしたら――きっと、自分なら一生後悔する。それだけは彼に同意してたからだ。

「こいつは、あいつの形見だ」

 そう言って俺は、腰の剣を抜いて彼女に見せつける。

 特別な装飾が施されたそれは、宝剣のようですらある――傷ひとつない完成された一品。

「〝聖剣デュランデル〟――あいつが勇者に選ばれたことを証明する不壊の剣だ。……ただの一般人に過ぎない俺には使いこなせない代物だがな」

「デュランデル……。もしかして、パーティの名前って――」

「ああ」

 セラの推測を肯定するかのように、俺はうなずくと、その本当の由来を語る。

「〝デュランデル〟と〝ルト〟を合わせて、〝デュラン・デルト〟。あいつが勇者に選ばれた記念につけられた名前だ――あいつは恥ずかしがってたけどな」

 懐かしい記憶だ、当時を思い出す。

 思い出に耽るのも程々に、俺みたいに振り切る必要はないと、改めて彼女に釘を刺す。

「一応言っておくが、お前は俺と同じ道を進む必要はない。俺のこの戦闘スタイルは300を超える膨大なスキルポイントがあったからこそだ。自分にできることをやった方がいい」

「自分にできること――」

 通常、三次職になるのに必要なポイントが120から150程度。人生で稼げるポイントの大半を注ぎ込んだ形だ。実際多くの人は三次職には関係ないスキルにポイントを割り振るが故に、合計では200ポイントを超えることが多々ある。

 俺の場合、それを遥かに上回るほどの経験を積み、スキルポイントを積み重ねたからこそ、限界がない【常時発動能力パッシブスキル:魔力向上】に大量にポイントを回すことで魔力を確保し、ヒールの回復量を底上げしている。だが、普通の人はそんなことはできない。

 そんな非現実的な方法を取るくらいなら、もっと自分にできることをやった方がいい。例えば――

「っと、続きはまだ後にしよう。着いたぞ」

 そうして着いたのは、煉瓦でできた集合住宅。紹介状を取り出し、その二階にあたる部屋の扉をノックする。……返事はない。

「……留守、でしょうか?」

 そうして油断したその時、急にがばっと扉が開き、背の低い叔父様が飛び出してきた。

「ハイハイハァーイ! どぉーちら様でしょーか?!」

「きゃっ?!」

 思わず驚いて、俺の後ろに隠れるセラ。彼が暗号解読のプロだろうか。

 俺は依頼書を彼に見せ、端的に要件を伝える。

「コリー・フォースター氏から、貴方様に依頼だ。解読してもらいたいものがある」

「おぉぉぉぉぉぉ! 協会の方でしたかぁー! さささ、どぉーぞこちらへ、お話はなぁーかでお聞きしましょーう!!」

「ああ」

 彼に誘われるまま、俺は薄暗い部屋の中へ足を踏み入れる。

 そんな様子を見て、後ろでぼけーっとしていたセラは一言、

「……あれくらい落ち着いてないとダメなんでしょうか」

 とつぶやくのだった。


     +     +     +


 薄暗い部屋。本棚に入れきれなくなった無数の本が、床に山積みにされている。

 崩さないように気をつけながら奥に進むと、最低限応接用に置いてあるソファーがあった。

「どぉーぞおかけくださぁーい!」

「し、失礼します」

 二人してソファーに腰掛けると、俺は単刀直入に依頼書と、手帳を彼に渡す。

「こいつを解読してほしい」

「ほーうほうほうほーうほう。これはまたまた難解ですねぇ、こいつはどこから?」

「禁術に没頭していた愚者のものだ。奴の計画に関する情報がある可能性が高い」

 ぺらぺらと手帳をめくりながら、ぶつぶつと何かをつぶやいている。支部長の紹介なだけに変人はあっても悪人ではないんだろうが、端から見た時には危ない人にしか見えない。

 このままだといつまでも手帳を眺めていそうなので、思い切って彼に問いかける。

「解読できそうか?」

「すっこぉ~しお時間をいただきますがぁ! 私に不可能はありまッせんッ!!」

「具体的には?」

「十日……いえ七日ッ! 七日いただければ十分ですともッ! よろしいですかな?」

「ああ、頼んだ」

「ではまた七日後に。ヒャッホウ!」

 話を終えると、自分の部屋に引っ込んでしまった。……大丈夫だろうか。

「え、えーっと、これで話はおしまい、でしょうか?」

「……ああ、恐らくは。それじゃあ、七日後にまた来るとしよう」

 困惑しながらも、いつまでもいても仕方ない。俺達はここで去ることにした。


     +     +     +


 帰り道。自由時間になった俺は、改めて彼女に問いかける。

「それで、セラ……だったか。強くなりたいと言ってたな」

「は、はい!」

「本気で強くなりたいと思っているか?」

「もちろん本気です!」

 ……その目に偽りなし、か。

 改めて彼女の覚悟を確認した俺は、最後に予定を確認する。

「予定は空いているか?」

「え? は、はい! 開拓記念祭が終わるまでは、たぶん大丈夫です!」

「そうか、ちょうどいい」

 俺も記念祭が終わるまでは自由時間フリーだからな。都合がいい。

「明日から開拓記念祭までの間、みっちり稽古をつけてやろう。短期間だが、すこしはマシになるはずだ」

「……! あ、ありがとうございます!」

「感謝するには早い。成果が出るかは、お前の努力次第だ」

 感謝を述べ、頭を下げるセラ。そんな彼女に、厳しい言葉を投げかける。

「稽古は冒険者協会の第二トレーニングルームで行う。場所の予約は俺の方で行っておこう」

 さらさらと予定を手帳に書き込み、ページを破ると彼女に手渡して、

「稽古は朝七時からだ。遅れるなよ」

 そう言ってこの場は解散することにした。……さて、これから忙しくなりそうだな。

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